暴国タイラント

 ゼロは暴に満ちた道を進み続ける。この国からはもう平穏は失い、あるのは苦しみと狂気と死のみ。


 ゼロ「俺には…お前達を救えない。」


 本能のまま、笑みを浮かべ暴を奮う。民達はお互いに血を流す。殺し合い、肉を食らい、狂気が生まれ続ける。


 目を逸らすしか無かった。今の俺には救えない。俺が今できることはこの元凶を殺すことだ。


 ゼロ「だから…許してくれ。」

 オーク「師匠?」


 足が立ち止まる。辺りを見ると、あの異種族戦士と初めて会った酒場の前であり、オークは酒場の前で立っていた。アイツら生きているのか?もしそうなら一刻も早く安全な場所に行くよう伝えなければならない。もうこれ以上の犠牲は…


 ゼロ「オーク…?」

 オーク「やっぱり師匠っすか!丁度いいところに来やしたね!今いつもの酒場で飲み楽しんでるんすよ!」

 ゼロ「飲み…!?こんな状況だぞ!わかってるのか!?」

 オーク「怒らないでくだせぇよ!まぁとりあえず入ってくれよ!師匠!」


 酒場の中に入っていくオークを前に、俺はただ違和感があった。あまりにも冷静であり、狂気しか感じられなかった。まさか彼らも…


 息を呑み、酒場の扉を開ける。








 オーク「お〜来た来た!師匠!この飲み物うめぇんだ

 !」

 ゴブリン「師匠じゃねぇか!この肉美味ぇんだぞ!」

 獣人「師匠!俺達だけの貸し切りですぜ!ガッハッハ!」


 目に映るのは血に染まった酒場。床に散らばる肉片、顔から股まで引き千切られた人間、人間の頭に穴を空け血を注いでは飲み干すオーク達。


 ゼロ「お前達…まさか…」

 オーク「なんだ?暴に奮うことこそが俺達の幸せじゃないか!そんな面することじゃねぇよ!師匠!」

 ゼロ「ッ……」


 今彼らを止められるのは俺だけだ。これ以上、三人には罪無き人達を殺させることは避けなければならない。三人もまた暴悪によって暴に囚われてしまった被害者なのだ。なら、師匠の責任として俺は三人を…


 龍刀を創り出し、オーク達に向ける。


 ゼロ「俺は…お前らを……」


 殺さなければ。殺さなければ。殺さなければ。


 マスター「おい坊主、手が震えてるぞ。」

 ゼロ「ッ!?…マスター…?」

 マスター「おいおい、俺の酒場汚れてんじゃねぇか。」


 酒場に音もなく入るマスター。両手は血に染まっており、暴に囚われてしまったのか疑うが彼からは違和感を感じなかった。暴に満ちていない本来の自分だった。


 ゼロ「マスター…今すぐ逃げてくれ。暴に囚われた人達がいない安全な場所まで─」

 マスター「そんなとこねぇだろ。それに、俺の帰る場所はここだ。坊主、それにお前はコイツを殺すほどの覚悟は無いんだろ?」

 ゼロ「それは…ッ」

 オーク「マスターも来てくれたのか!飲み明かそうぜ!俺達といつもみてぇによ!」


 深い溜め息をつくと、マスターはゼロに問う。


 マスター「お前の殺すべき敵は誰だ?コイツらか?狂った民達か?それとも…」

 ゼロ「俺は…」


 そうだ。俺の今の敵はただ一人しかいない。この暴を創り上げた、七大悪三位暴悪が俺の敵だ。


 マスター「さて、ここからは大人の会話だ。坊主はさっさと出ていけ。こんなくだらねぇヤツら相手にするぐらいなら元凶ぶっ飛ばしてこい。」

 ゼロ「マスター…ありがとう。彼らを楽にさせてくれ。」

 マスター「………」


 ゼロは酒場を出る。マスターは変わり果てた三人を見て、ただ一言伝える。


 マスター「お前達との飲み、悪くなかった。だが…そろそろ閉店だ。またのご来店は、俺があの世に来てからだ。」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アルク「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」


 突然国民達が狂い出した!?外に充満したあの赤い霧の影響か!?とにかく、バトル達とどうにかして合流しなければ…宿になんとか逃げ込んだが、ここも長くは保たな─


 アス「見ィつけたァッ!」

 アルク「何ッ!?」


 背後から血に染まった槍を突き立て突進してくるのを間一髪で避ける。

 アスの片目は空洞になっており、血がそこから垂れ流れている。だが、アスは暴に満ちた笑みをただ浮かべていた。


 宿の裏入口から入ってきたのか…そしてこの子、ザックの…!


 アルク「私だ!ゼロ達の仲間のアルクだ!分からないのか!?」

 アス「アルクさん!暴に満ちた武器使う!私の槍で貫いてみたい!」

 アルク「ッ!?」


 躊躇無くアルクに槍を突き立て突進してくるアス。アルクは瞬時に避けるとアスの槍は建物の壁に突き刺さる。


 アス「あれ?槍が離れないねー!今抜くからー!待っててねー!」

 アルク「待たずに離れさせてもらうわよ…!」


 宿の上の階に行き、自身の部屋へ。部屋のベッドには先程まで手入れをしていた銃が置いてあり、いつでも使える状態だ。


 アルク「よし…後はここを出て─」

 アス「どこに隠れたのかな?アルクちゃん!」

 アルク「ッ…!もう来たか…!」


 覚悟を決めるしか無い。この銃をアスに向けなければ、下手したら私が殺されてしまう。それに先程アスを観察して理解した。魂の底から悪の魔力に汚染されており、既に間に合わない。この苦しみから解放するためにも、今ここで殺さなくてはならない。

 足音が近づくと同時に、アルクの心臓は鼓動を激しくする。そして、足音が扉の前で止まる。


 ……………………………………………


 アス「アハッ!こっちだよォッ!!」


 部屋の窓ガラスを勢いのまま槍を突き立て突進して突き破る、…だが、アルクは突き破るより前に部屋の外に出ており、部屋の扉を開けた状態で部屋の窓ガラスにスナイパーを向けていた。


 アルク「ごめんなさい。私にアナタを救えなくて。」


 スナイパーの引き金を引き、アスの魂を撃ち抜く。最期は何かに解放されたことに感謝してるのか、暴に満ちた笑みとは裏腹に優しい笑みを浮かべ死亡する。


 アルク「……安心して。アナタ達を苦しめた元凶は私が撃ち抜くから。」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 イゼ「はぁ…とりあえず、30人以上はここに避難できたわね。それにしても悪の魔力に魂が染まらなかったのはどういう条件なのかしら…?」


 この国の教会のような場所に、暴に染まらず生き残っていた民達を避難させたイゼ。民達は怯え、恐怖し、絶望に堕ちていた。


 男性「どうしてこんな…妻は…なんであんな目に…」

 娘「パパ………」

 イゼ「そこのお父さん!貴方まで不安になってどうするの!娘さんがこれ以上不安で苦しまないよう、頼りになるような様子でいなきゃ!」

 男性「妻が死んだんだぞ!?目の前で切り刻まれた!冷静でいてられるか!」

 イゼ「大切な人が失って心が不安定になるのもわかるわ!けど、今目の前にいる大切な人のためにも、貴方は今強くいなきゃ!」

 男性「っ…そうだな。娘は妻と私にとって命よりも大切な天使のようなもんだ。俺がこの子を守る気でいなきゃ駄目だよな。」

 娘「パパ…離れないでね……」


 民達の心を安定させるため回って話し合う中、外から濃い悪の魔力を感じる。教会にどんどん近づいてるのを感じたのか、イゼは外に出て様子を見ることに。


 イゼ「濃い悪の魔力が近づいて…止めなきゃ被害が出るわね。」


 教会の扉を開けると、そこには…


 ロイ「兄ちゃん…!俺…!もっと殺して強くなる…!」


 血に塗れた鉄球を素手に身につけたロイが教会に向かってきていた。


 あれは…ザックの弟じゃない…ザックには悪いけど、彼を止めるには…


 イゼ「ごめんなさい…!一瞬で、終わらせるから!」

 ロイ「あの女…!強いよなぁ…!俺が殺せば兄ちゃんの役に立つほど強くなったと証明できる…!」


 暴に満ちた瞳でイゼを見つめ、鉄球を掲げ走り出す。


 ロイ「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!!」

 イゼ「今解放してあげるわ…私の炎で……」


 鉄球がイゼを殴るよりも先に、イゼの炎はロイを一瞬にして焼き尽くした。痛みを感じる暇もなく、灰となる。


 イゼ「……ゼロ、アルク、大丈夫かしら。」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 歓声と熱響で溢れていたコロシアム、その中心に一人の暴がいた。

 そして、暴を終わらせに来た一人の戦士が、コロシアムに辿り着く。


 ゼロ「終わらせに来たぜ。暴悪」

 暴悪「来たか戦士…いや、ゼロ。これより先は暴の祭、真の暴を決める戦いである!」

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