第11話 『エキドナ』

 私達は声のする方を向く。

 今のは人間の子供の悲鳴…森の先で何かがあるのか?

 もしかしてリードさんが言っていた『子供を誘拐する何か』⁉


 私は恐怖のあまり体が縮んでしまいそうで、この場からすぐに逃げたい気持ちでいっぱいだった。

 けれど、それではいけない。二人をしっかりと抱えてから逃げ出さなくては…


「あれ⁉ガキンさんは?」


 私は両手の子供を確認して気付く、ガキンさんを抱えていた方の右手が開いていることに。


「あ⁉ガキン!!」


 キズ―さんの声に、私は顔を上げる。

 ガキンさんは既に、声のした方にあった茂みへと消えていくところだった。


「もう!あの人は…」「あのバカ!!」


 私とキズ―さんは、ガキンさんを追いかけ、茂みの中へと進んでいく。


 茂みに隠れ、声のした方を見ると、蛇の足を持った金髪の何かが、緑色の髪をした、人間族の子供に対して何かをしているようだった。

 その様子は金髪の何かの体に隠れ、よく確認することが出来なかった。

 子供の方は座り込んで、泣いていた。


「リチュお姉さん、あれ。」


 キズ―さんが静かに、金髪さんを指をさし、こちらを見る。

 私はそれに対して、キズ―さんの方を向いて頷く。


「はい、さすがにあの生き物と戦うのは、危ないと思います。

 あの子には申し訳ありませんが、ここは見なかったことにして、この場を去りましょう。」


 私達はお互い頷き、「分かった?ガキン。」「分かりました?ガキンさん。」と、ガキンさんがいた方を見る。

 しかし、そこにはガキンさんの姿は無かった。


「おい!そこの化物!!その子供を放せ!!」


 ガキンさんの声がして、私達は金髪さんがいた方を見る。

 当然というか、思った通り、ガキンさんは金髪さんに向けて剣を向けていた。

 私達は「あぁ…」と頭を抱える。


「『なんじゃ、お主。この童の兄か何かか?』」


 金髪さんが振り向き、ガキンさんの方を見た。

 その血塗られたような真っ赤な目は見るものを恐怖させ、私達はその場から動けなくなる。


「そ、そんなんじゃねぇが、子供が化物に襲われるのを、黙って見てるわけいかねぇんだ。

 勇者として!!」


 ガキンさんの声と足は震えていた。

 金髪さんは、ガキンさんのその言葉を聞き、ゆっくりと彼に近寄る。


「『ほう?それで、そんなに怯えた身でどうするのじゃ?』」


「お、お前を倒す!!」


 震えた声のまま、その言葉を言うガキンさんに向かって、金髪さんは笑い出した。


「『あはははは、妾を倒す、か。』」


「な、何がおかしい。」


 馬鹿にされたと思ったのか、ガキンさんは金髪さんを睨む。

 しかし、金髪さんの口から出た言葉は、ガキンさんを馬鹿にするようなものではなかった。


「『いやぁー、愛い奴よのぉ。そんなに震えた体に鞭打って、妾のような化物を倒そうとする。』

 『見たところ齢十三であろうに、立派な勇者じゃのぉ。』

 『我が子が勇気を出す姿に、妾は感激じゃよ。』

 『撫でてやろう。よぉしよし。』」


 金髪さんは笑顔のまま、ガキンさんの頭を撫でる。

 普段の立ち方だと、ガキンさんより背が低い為、彼女は蛇の部分を普段より後ろの方で立っていた。


「やめろ!!俺にお前みたいな化物の母親はいねぇよ!!

 第一、お前見たところ俺と同じ歳だろ!!」


 ガキンさんは赤くなって、金髪さんの手を振りはらう。

 そんな態度を取られたにもかかわらず、金髪さんは笑顔のまま胸を張る。


「『何を言う。』

 『妾はこの世界…いや、全世界の生きとし生ける者全ての母、『エキドナ』じゃぞ。』

 『気安く『母上』でも、『お母さん』でも、『ママ』とでも、呼ぶが良いぞ!』

 『ところで…』」


 突然、エキドナさんがガキンさんの後ろを見るように、顔を斜めにして私達のいる茂みの方を見る。


「『お連れ様はずっと、そこにいるつもりか?』

 『そろそろ、その姿を妾に見せておくれ。』」


 エキドナさんは私達がいることに、すでに気付いていたらしい。

 私達は茂みから顔を出し、彼女に姿を見せる。

 すると、彼女は目を丸くした。


「『なんじゃ、珍しいの。』

 『そうか、お主が『モルガナ』ちゃんの言っていた…』」


 モルガナさんの事を知っている?

 つまり、この人は、私がスライムと知っている!

 私は慌てて、口元に指を持っていき、スライムの件を黙っていてもらうよう、伝える。

 それに気づいたのか、彼女は口元を手のひらで隠すしぐさをする。


「んで?全世界の母さんよぉ。

 なんで、大事な子供が泣いてんだよ。

 嘘ついてんだろ、あんた。」


「『ああ、そうじゃったな。』

 『お主らはこの子の泣き声を聞いて、ここに来たんじゃったの。』」


 エキドナさんは先程から、目に涙を浮かべている子供の方に移動した。


「『どうじゃ?』

 『痛みは無くなったかの?』」


 エキドナさんは子供に向かって、優しい声をかける。

 私達は彼女の方に、集まる。

 すると、彼女は私達に話をする。


「『さっきまで他の子と、追いかけっこをしてたそうなんじゃが、どうもその時、転んでしまったようでな。』

 『その治療をしていたのじゃ。』」


 エキドナさんの話が終わると、子供が涙目で「まだ少し痛い。」という。

 怪我は見当たらないのだが、転んだ時にぶつけた手や、膝がまだ痛むらしい。

 その事を聞いたエキドナさんは、子供の手を撫でながら「『痛いの痛いの飛んでいけ』」と言った。

 それを聞いた子供は、安心したかのように笑顔になった。


「痛いの痛いの飛んでいけ?何かの魔法ですか?」


 私はその疑問を外に漏らしていた。


「『なんじゃ、このことは、まだ『ヒューマ』の人達から教わってないのか。』」


 エキドナさんが驚いた顔をして、こちらを見る。

 彼女の発言にガキンさんが質問する。


「なんで、あんた。

 リチュ姉が俺らの村で、物事教わってる。

 って知ってるんだよ。」


 その指摘をされ、エキドナさんは「しまった。」と言うかわりに、口を手のひらで隠す。

 その後、彼女は私達に目を合わせ無いようにしつつ、焦りながら答える。


「『ほ、ほら、妾は皆の母じゃし?』

 『我が子のことは何でも把握している的なー?』

 『ってことじゃよ。うん。』」


「おいこら、こっち見ろ。」


 ガキンさんが腰に手を当て、エキドナさんの事を睨む。

 ついさっきまで、怖がっていたとは思えない彼の態度に、私とキズ―さんは笑う。

 ついでに、キズ―さんが『さっきの魔法の言葉』が『子供を安心させる為の言葉』であると教えてくれた。


 ——————————


「で、なんで、お前はこんなに子供を集めてるんだ?」


 緑髪の子供の治療を終え、10人ほどの子供達を大きな洞窟に、寝かしつけたエキドナさんに、ガキンさんは質問をする。


「『集めておるんじゃないぞ。』

『この子らは皆、この森に捨てられたのじゃ。』

『そのままでは死んでしまうと思い、皆の母である立場上、他の生き物の食料を減らす悪い行為と分かっていたが、こうして育てているのじゃ。』」


 そう言って彼女は優しげな笑顔を見せる。

 それを見て、ガキンさんは「なぁ。」と一声かけて、自分の頬を掻く。


「お前を化物扱いして、倒すとか言っちまって。

 ごめん。」


 それを聞いた金髪さんは、驚いた表情を一瞬して、その後すぐに笑顔になって、彼の頭を撫でる。


「『しっかり謝れて、偉いのぉ。』

 『母として誇らしいぞ。』

 『良い子良い子。』」


「だからやめろって。」


 赤くなった彼は、彼女の手を振りはらう。

 手を振りはらわれた彼女は、「『可愛いのぉ。』」と言う。

 突如彼女が笑顔をやめる。


「『ところで、お主ら何故なにゆえこんな、森の奥に来たのじゃ?』」


 私達はその言葉を聞いて、「あっ!」と声をあげる。


「やっべ、俺達『ヒューマノン』に行かないといけないんだった。」


 ガキンさんのその言葉を聞いて、エキドナさんは口を手で隠す。


「『今からじゃ、『ヒューマノン』に着くころには、夜になってしまうぞ。』

 『ちょっとここで待つのじゃ。』」


 彼女はそう言って、洞窟の奥に行ってしまう。

 少しして帰って来た彼女は、歯車の付いたかごを引っ張っていた。


「『リアカーなるものを持って来たぞ。』

 『お主らさっさと乗るのじゃ。妾が『ヒューマノン』まで送っててやろう。』」


 私達は、彼女の言葉に甘え、『ヒューマノン』まで送って行ってもらった。

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