第26話:演技の裏側

「お兄ちゃん。しっかりして」

私は急いで口を塞いだ。


お兄ちゃんが役に入り込みすぎているのを見て、少し焦る。


私が止めなかったら、キスしていたところだった。


「…あ、ごめん」


ようやく、元のお兄ちゃんが戻ってきたみたいだ。


「もう。お兄ちゃんって憑依型でしょ」

「憑依型?」


お兄ちゃんの困惑した顔を見て、私は少し笑ってしまう。


「役になりきっちゃうんだね、」


「そうなのかな…よく分からないや」

「そうだよ」


まさか気づいてなかったとは。


「というか、美月も十分上手いと思うけど…何か心配なことでもあるの?」


私もびっくりしてる。


今まで自分の思い通りに演技できたことなんて、なかったのに。


「いや、なんか…。お兄ちゃんとなら上手くいくんだけど、なんでだろう」


蒼大が下手って言ってるわけじゃない。


プロ顔負けの演技をしてくれる。


でも、なぜかお兄ちゃんと一緒だともっと自然に演技ができる気がする。


「もしかして、蒼大くん演技下手なの?」

「え、いやいや。すっごく上手だよ」


お兄ちゃんの質問に少し驚きながらも、すぐに否定する。


蒼大の演技力は本当に誰が見ても凄いんだと思う。


「ふーん」


「多分、見てる人がいないからだと思う。見られてたら緊張して、」


今はお兄ちゃんしかいない状態で芝居をしてたから、緊張しなかったのかも。


うん。きっとそうだ。


「そっか」


「お兄ちゃんが劇に出なかった理由って、もしかして…。役になりきりすぎて、みんなのこと困らせたから?」


お兄ちゃんが役に憑依しすぎて、現実に戻すのが大変だったから。とか?


「まさか、違うよ」

「え、じゃあなんで」


演技上手いのに。やらないなんて勿体ない。


お兄ちゃんの理由が気になる。


「なんでって…裏方の方が性に合うから…かな?」

「へぇ、」


お兄ちゃんの答えに少し驚きつつも納得する。


そう言われてみれば、昔から人前に立って何かをするよりも、いつもサポート役が得意だった。


「ひとつおまじないしてあげようか」

お兄ちゃんが突然言い出した。


私は少し驚きながらも、興味を持った。

「おまじない?」


お兄ちゃんの言うことはいつも、なんやかんや言ってためになることが多いから。


私は少し身を乗り出して聞いた。


「緊張した時は手に」


もしかして、


いや、まさか…


「手に三回人って書いて飲み込めばいいって?」


お兄ちゃんの言葉を遮るようにして、私は自分の知っているおまじないを口にした。


「そうそう。先に言われちゃった」



お兄ちゃんは少し笑いながら答えた。

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