ウサギと亀

@sasapire19

第1話

 あるところに、一匹の茶色いウサギと、多くの亀たちがいました。

 丘の周りに住む彼らは、村の習わしで毎日、丘を駆け上がる競争をすることになっており、茶ウサギは亀たちにいつも負けていました。必ず、途中で昼寝をするという舐めプをするからです。

 そして、そのウサギは、自分が亀に負けることを全然気にはしませんでした。だって、本気を出したら自分の方が早いに決まっているからです。そう思っていた矢先、亀たちは徒党を組んで、競争のルールとしてウサギが走れるコースを新たに設定しました。亀は舗装された丘の上の道を真っすぐに行きますが、茶ウサギは遥か遠方の砂漠を通るように伝えられました。「茶ウサギが舐めた真似をしないように」という、亀たちの思惑でした。

 ウサギは、

 「そんなのは不公平だ。第一、あの砂漠は遠すぎる」

 と、訴えました。すると、

 「仕方ないな」と言って、亀たちはやり方を変えました。亀と同じ足の速さになるくらいに、ウサギの全ての足に重りを付けたのです。ウサギはまた不平を訴えましたが、亀たちはそれ以上は聞き入れませんでした。彼らは、「平等なルールのためだから、仕方がないよ」と言いました。

 ウサギは、これ以上何を言っても無駄だと思い、いつも通りに足を動かそうとしますが、重りのせいでうまく行きません。「なにくそ」と、ウサギは夜通し歩き方を練習しましたが、翌日はかえって寝不足で足元がふらついて、亀たちの見ている前で何度も転んでしまいました。周りの亀たちは、黙っていたり、クスクス笑ったりしました。

 そんな時、年老いた地位の高い亀が茶ウサギのところに来て、言いました。

 「ごらん、わしが歩き方を教えてやろう」

 ウサギは必死になって、その老いた亀の歩き方を勉強しました。その年老いた亀から「違う、足を交互に動かすんだ。何度言ってもできないな、まったく」などと怒られても、他の亀たちからはっきりと、「前までの威勢はどうしたんだ、こののろま」と悪口を言われても、彼は懸命に亀の歩き方を学びました。

 そして三年ほどが経ったある日、ウサギはついに、重い体をゆっくりと動かす亀の歩き方を会得したのでした。ウサギは、器用に四本脚を交互に動かし、てくてくてくてく、一歩ずつ歩きました。

 年老いた亀は、

 「よくやった。これでもう、お前は落ちこぼれなんかじゃないぞ」

 と言って笑いました。

 ウサギは、「そうだ、これで俺はもう、亀からバカにされずに済むんだ」と感激して、泣きながら、 「ありがとうございます、あなたのおかげです」と、年老いた亀にお礼を言いました。するとその時、ウサギが亀と競争していた丘の麓の平原から、茶色い彼とは別の白い三匹のウサギたちが、ものすごい速さで駆け上がってきました。

 重りを付けたウサギは、他のウサギに会うのが生まれて初めてでした。彼らは亀のような歩き方をする茶ウサギを見て、

 「何してんだ、あいつ」

 「しらね」

 「変わってんだろ、行こうぜ」

 と言って、丘を一息に駆け上がり、また遠くの平原へ目にも止まらぬ速さで走っていきました。

 残されたウサギは、年老いた亀の方を見ました。年老いた亀はニコニコと笑っています。やがて、彼は黙って、二歩、三歩と進みましたが、そこでピタリと動きを止めてしまいました。

「どうした、他の亀たちはもうあんなところまで登ってしまったぞ」年老いた亀は言いました。

 ウサギは、無言で、後ろ足に縛り付けられた重りをげしげしと蹴り始めました。

 「こら、道具を粗末にするな」年老いた亀は怒ってウサギに一歩近づきましたが、茶ウサギは、

 「うるせぇ!」

 と言って、年老いた亀の体をひっくり返しました。年老いた亀はコロコロと丘を転がり落ちていきました。

 ウサギは鎖の部分に噛みついたり、空いている足で強く蹴っ飛ばして、ついに全ての重りが足から離れましたが、最後の一つを外した弾みに、右の後ろ足を脱臼してしまいました。足が不自由なまま、茶ウサギは丘を走って下り、海の見える方へ、何度も転びながら進みました。

 はぁ、はぁ、と激しい息遣いでぎこちなく走りながら、しかしその目は、水平線の上に浮かぶ太陽の光を反射して、美しく光っているのでした。

 そのまま茶ウサギは平原を進み、途中でさっきの三匹の白いウサギたちに会いました。

 「なんだあれ」

 「変な走り方だな」

 「バカなんじゃないのか」

 と彼らは言いましたが、茶ウサギには聞こえていません。茶ウサギは彼らには目もくれず、海へ向かって一目散に走りました。

 そして次の瞬間、茶ウサギの体がふわりと宙に浮きました。海岸の崖の先に飛び出してしまったのです。

 しかし、茶ウサギは、自分が死んでしまうことが怖くありませんでした。むしろ茶ウサギは、「見ろよ、こんなに高いところを飛んだウサギは、きっとこの世で俺しかいないぜ」と誇らしい気持ちでいっぱいでした。茶ウサギは、どぼん、と海の中に落ちて、塩辛い水に溺れながら、「水の中をこんなに泳いだウサギも、俺しかいないだろうな」と思いました。


おしまい。

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