第4話──1
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「茜さん。あたし、これに応募したいです。してもいいですよね?」
事務所にて。対面での打ち合わせが終わったあと、えなはマネージャーの茜にスマホの画面を見せた。
そこに表示されているのは、VTuberの音楽ライブのオーディションだ。オリジナル楽曲の提出と、実際に踊って歌う姿を動画にして選考してもらい、最終的に誰が受かるかが決まる。
出演者は大手事務所所属のVTuberの先輩ばかりで、えなが狙うのはチャレンジャー枠だった。たった一枠。キャリアも話題性も関係なく、実力だけで選ばれる者への狭き門。そこに至れば、確実にインターネットの頂上の景色に近づける。この応募概要を見た瞬間、えなはそう確信したのだ。
「あたしたちの3Dも、もう少しで出来上がるんですよね? 最初は楽曲審査からで、その後に歌唱審査なんでたぶん時期的にはぴったりだと思うんです」
えなは真剣な眼差しを茜に向けたまま言う。彼女はこちらが本気であると受け止めてくれたみたいだった。深く頷いた後、自分のデスクのモニターに表示したえなの提示するオーディションの概要画面に目を通し、再びこちらを見る。
「なるほど。面白いですね。確かにこの時期なら、歌唱の選考に3Dのお姿の完成も間に合うと思います。もしこれで出演が決まったら、3Dお披露目にも箔が付きますね。……ですが空似さん。オーディションを通過できる自信はおありですか?」
茜はこちらを真っ直ぐ見据えたまま言う。こちらの内側にある心情を推し量ろうとしているみたいだ。彼女はえなに一年半以上付き添ってくれた配信活動のパートナーでもある。そんな彼女に今更取り繕ってみせる必要などなかった。
「……正直、受かるかどうかはわかりません。枠は一つだけだし、応募規定もチャンネル登録者数一万人以上のオリジナル楽曲のあるVtuberって条件だけだから、きっと倍率はすごいことになると思います。でもあたしは、目の前にあるチャンスを逃したくない。音楽って自分の好きな道に、全力でぶつかってみたいんです」
受かる自信はあります。有り余るくらい、とえなは言い切ってみせる。冗談じゃない本気だ。数多くの人が目指す狭き門を、必死こいて全力で一着もぎ取って駆け抜けてやる。そのくらい気負わないと、おそらくここは勝ち残れない。勝負事はあまり好まないけれど、ここは勝負所なのだ。
そんなえなを見て、茜は相好を崩し、微笑みかけてくる。
「……ですね。空似さんならそう言うって思いました。間違いなく通ると思いますが、一応上に確認取ってみますね。オーディションの選考までまだ結構時間は空いていますが、その間に応募用の楽曲を製作する感じですか?」
「はい。時間を掛けて捏ねくり回して、今まで以上にVシンガーな空似ライメイの姿を新生させたいです。あと──」
きっと茜は驚くだろうから、少し言い淀んでしまう。でも決めたことだ。えなはためらった口を開く。
「今回の曲も、オーディションも。あたし、よしかと一緒にやりたいんです」
案の定、茜は意外そうに目を見開いた。
2
「えぇ⁉ センパイ、よしかと一緒にそのオーディション受ける気なのぉ⁉」
そして案の定、本人にこのことを話したら茜以上にオーバーリアクションで驚かれた。ノイキャンがなかったら、今頃えなの鼓膜は犠牲になっていたことだろう。
えなはマイクの方に身を乗り出す。真剣モードだ。Discordにて夜、彼女に通話を繋いでいた。
「本気だよ。よしかと一緒に歌う曲作りたいし、一緒にライブで歌ってほしい。二人だけのステージを経験してみたいの。よしかは? 歌ったり踊ったりするの、あんま興味ない? あたしとそれするの、嫌かな」
「……興味ないわけじゃないけど。今までよしか、そういうのやってきたこと一切ないから」
もじもじとしている様子が見えるような声色で小春が言う。つまり、やりたくないわけではないのだ。もちろん、無理に彼女を引っ張り出すつもりはない。
「これからだって始められるよ。でも、あたしと一緒にボイトレとダンスレッスンに通わなきゃだと思うから、今までより忙しくなっちゃうと思う。ゲームの長時間配信も取れない日も出てくる。それが嫌だったら、ちゃんと言ってもらっても大丈夫だからね?」
柔らかい口調で聞いてみる。断ってもらっても大丈夫とちゃんと空気に含ませた。彼女の意志に委ねたいし、無理に一緒に受けたとしても勝ち残れるような場じゃない。お互いに本気にならないと、この階段は駆け上がれないのだ。
んふふっ、と抑えきれてない得意げな笑い声がイヤホンから聞こえた。もちろん小春だ。
「だーれに言ってんの、セーンパイ? このそめいよしか、楽しそうなことに誘われたら断らない主義なの。知ってたでしょー?」
「えっ、初耳……」
「ちょっと! とにかく、よしかも一緒にオーディション受けるから。ボイトレもダンスレッスンも、上手くなるまでいくらでもチャレンジするよ。せっかくセンパイが一緒にって思ってくれたんだもん。足を引っ張るマネはしない。経験不足は、才能と実力で補っちゃうもんねー」
だからさ、と彼女は不敵な声で告げる。
「センパイも、ちゃんとよしかに釣り合うように、しっかり頑張ってねー?」
その言葉に思わずえなも頰が緩む。どうやら余計なお世話だったようだ。いや、初めから彼女がこう答えてくれることを、えなはわかっていた。
もちろん額面通りじゃないのはよくわかっている。彼女だって初めてのことは不安だろうし、今回はたった一枠のライブ参加権を狙い合う激戦区の大舞台だ。少なからず彼女が強い言葉を使って強がっているのは承知だ。
でもそう自分に言い切ってくれた心意気に、えなも応えたいと思った。
「……りょーかい。伝わったよ。みんなに知らしめてやろうぜ。あたしたちは二人でいると、より一層光る逸材ってことをさ」
「まぁたセンパイはすぐ調子いいこと言うんだから。まあそこまでよしかのこと必要としてくれるんなら? 魅せちゃおっかなぁ。世界中によしかたちコンビが最強なとーこ! ダイジェストでも収まらないくらい魅力たっぷりに!」
彼女は高らかに宣言する。こちらが何を言わずとも、最初からやる気満々のようだ。
これは彼女の魅力に負けてしまわない、むしろたっぷりと引き立てられるくらいとてつもない曲を書き上げなければ。えなのやる気もモチベーションも、一人で決めた時よりもより強く燃え上がった。
メスガキだと思っていたVの後輩が年上の好みのお姉さんだったので一目惚れしました 青白 @aoshiro_yuri
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