第2話──1


  1


『セーンパイ? 今度オフコラボしない? どうせ引きこもってて予定とかないっしょぉ?』

 そんなメッセージが届いたのが、事務所での邂逅から二ヶ月後。ちょうど夏の暑さ真っ盛りの八月のことだった。

 差出人はもちろんよしかである。彼女はもうすっかりいつもの調子を取り戻して、えな、もとい、空似ライメイとの距離感を心得ていた。

 VライバーとしてのRPが巧みなのだろう。コラボ配信の頻度も週三回に戻り、コンビでの活動の様になっている。彼女は絶対そめいよしかを崩さない。視聴者には見えない、こういうプライベートなやり取りでさえも。それが彼女なりのプロ意識であり、線引きであるのかもしれない。リアルとネットとの。

 とはいえ、えなにはどうしてもよしかと接している時も、中の人である小春のあの清楚で大人びた女性の姿が絶えずフラッシュバックしてしまう。それだけでドギマギを抑え込むのに苦労しているのに、何とオフコラボをしたいとよしかは言う。

 当然えなは、平常心でいられるはずもなく。

「どうしよう茉子ぉ! オフコラボとか絶対やばいってぇ! 小春さんの姿見ながらよしかとして接するの無理ゲーが過ぎるよ! だってすっごい美人だしたおやかだし、でも声も態度もメスガキでめっちゃ頭バグっちゃうのー! ガチ恋不可避でしょこんなのー!」

「うるさっ。そっちは防音室だろうけど私の鼓膜は貫通しまくってるからね。とりあえず落ち着いて、状況説明してもらっていい?」

 デスクの傍らにあったペットボトルの水を呑んで、えなは深く深呼吸する。それから事のあらましを、通話越しの茉子に説明した。正気度がやや下がっていたので、不明瞭な伝え方になってしまったのは否めないが、そこは安定の茉子。すぐ言いたいことを読み取ってくれた。

「まあ、コンビ配信を売りにしている以上、避けては通れない道なのかもねオフコラボって。視聴者側も結構盛り上がるし。そめいさんもそういうの加味して、そんで自分のコンプレックスも押し殺して誘ってくれてるわけだよね。えなだって、それわかってて受ける気はあるんでしょ?」

「……ご名答、痛み入ります……」

 こちらの心情もよしかの心情も汲み取った彼女の指摘に、えなは何とか絞り出した声を上げる。

 よしかが、メスガキVとしてのRPを徹底しているのはわかる。そして、それに反する自分の年齢と中の自分の容姿をコンプレックスに感じているのも何となく。あの顔合わせの一件以来、裏で連絡を取り合う時ですら彼女はそめいよしかとしてブレなかった。

 そんな彼女が、オフコラボを提案してきた。つまり彼女は、配信者としてのステップアップするつもりなのだ。自分のことは差し置いて、えなとの「ネットの頂点の景色を一緒に見る」という約束を守ろうとしてくれている。

「もちろん受ける! んだけどぉ……あたしだけ、よしかというか、小春さんに邪な気持ち向けたまま、オフコラボとかしちゃっていいのかなぁ。向こうは配信者として本気なのに、あたしはあの人とオフであってドキドキしちゃうとか、そういうことばっか考えちゃってて。……何かあんまりにも、不純すぎるというか……」

「そりゃ、しゃあない。えなも割り切って、配信者としてちゃんとそめいさんと向き合いなよ。……でも、自分の気持ちまで貶す必要はないんじゃない? そういうのって、結局どうしようもないものだし。だから恋愛って、小説になったり漫画になったりアニメになったりし続けてるわけなんだからさ。大事にしていいと思うよ、えなのそめいさんに対するその想いは」

「茉子ぉ……っ。愛してるぜぇ……っ」

「愛はいいから金をくれ。とにかく配信はちゃんと上手くやりなよ。向こうを困らせないように! 終わった後にいくらでも泣きついてくれても構わないから。私も見てるからね」

「茉子……。レターパックに現金詰めて送るね……」

「それ、詐欺だからやめてね」

 茉子との通話を切った後。えなはゲーミングチェアに大きくもたれ掛かり、深く深呼吸をした。

「よし!」

 気合を入れるために大きく声を出して、マウスを握る。表示したのはDiscordの、よしかのチャット欄。実は、オフのお誘いが来たのは今日だった。それが来てからずっと悩み続けてディスプレイの前で悶絶し、耐えきれなくなって防音室から飛び出してリビングを転がり回って小一時間。自分では勇気が出ないと決して、茉子に話を聞いてもらったのだ。

 日を跨いだら、おそらくよしかは不安になってしまうだろう。返事は今日中にと決めていた。そして、それに対する返答も。必要だったのは、覚悟だけだ。

『オッケー! オフコラボいいね! よしかの都合のいい日っていつ?』

 あえて爽やかに簡潔な文を送る。エンターキーを押すのにまた十分ほど要した。えなにとってはそれくらい勇気のいることなのだ。

 だって未だに、小春の姿が思い浮かぶ。喫茶店で顔を合わせた時。『よしかがいないとダメなんだから。ザコ、だねぇ……?』とあえてよしかとしての言葉をその声で言った彼女を。黒髪の淑やかさのギャップで、完全に心撃ち抜かれた衝撃を覚えている。

 完全に恋だこれは。えなはその感覚をよく知っていた。

(……待てよ。オフって、どこでするんだ……? もしかしてあたし、小春さんの家に行くことになる……? やばい。やばいやばいやばいやばいぃ……っ!!)

 返信を送ってから頭を過った可能性に、えなはまた一人で頭を抱えてチェアの上でのたうつ。

 小春の配信する場所。生活圏。そんな至近距離で更に彼女と肩を並べて配信する。平静を保っていられるだろうか。想像するだけでこんなに乱れてしまっているのに。いや、気持ち悪いのはわかっている。でも気持ち悪いことは自分でも止められないからこそ気持ちが悪いのだ。

 ピコン、と音がした。頭を抱えて狭い防音室の天井を見上げていたえなは、ディスプレイに視線を戻す。

 よしかからすぐに返信が来ていた。


  2


(……まぁ、普通に考えてそうだよね……。いきなりお互いの家とかハードル高すぎるもんね……)

 別に期待していたわけではない。期待していたわけではないけれど。などと言い聞かせて、えなは電車の外を流れていく景色を見渡していた。

 向かう先は、スタジオである。だがえなたちの事務所に専属のスタジオがあるわけではなく、貸し出しの一般的なものだ。最近は配信者用にちゃんとしたスペックのPCにモニターも二つ備え付けられた防音のスタジオがあるらしい。多様性のある世の中で助かった。助かった、けれども。

(惜しい、とか。思っちゃう自分が憎らしい……)

 電車のドアの窓に頭をぶつけたくなる衝動を抑えつつ、えなは大きくため息をついて自分を律する。

 小春の家に行きたくなかった、と言えば嘘になる。が、自分のこの不純な気持ちを配信にまで持ちだしたくなかったのも事実。彼女に会いたい、家に行きたいなんていう自分勝手な願望を叶えるのに、配信を口実にしたくはないのだ。

 配信は今の自分の中心。そしてえな自身の夢へと続く道でもある。

 よしかにとっても、配信はそういうことだろう。じゃなければ、自分をオフコラボに誘うことはないはずだ。

 彼女と真剣に向き合う。そう志を改めるためにも、スタジオでの配信を決めてくれたよしかには感謝しなければいけない。

(よし、配信者として! よしかの先輩であり相棒として! 頑張るぞい!)

 気持ちを引き締めて、開いた電車のドアから勇ましく飛び出すえな。

 だがその数十分後。

「あ……センパ……じゃなかった。浜那須さん。お疲れ様でーす」

(……ダメだ。やっぱこの人、この子。好きすぎるわ……)

 前のめりになりそうな感情を何とか抑え込みつつ、えみは何とか爽やかに笑って手を振り返す。声も出で立ちも好きすぎる。おしまい。試合終了。不戦敗。

 スタジオの待合室で居心地悪そうにベンチに座っていた小春は、えなが入ってくるのを見つけるなり立ち上がって、はにかみつつ小さく手を振ってきた。その姿があまりに可憐で可愛らしくて、生じた目眩とクソデカ感情をぎゅっと我慢した自分をえなは褒めてやりたかった。

「は、早いね、よし……小春さん。もしかして待たせちゃった?」

「ううん、今来たとこ。スタジオってこんな感じなんですねぇ。初めてこういうとこ来ちゃったから、ちょっとそわそわしちゃったぁ」

 えなが来たことに対する安心と、不慣れな自分に対する照れを含んだ声を出す小春。油断なのか、よしかの時の口調も織り混じって、でも姿は小春で。でもはにかんだ表情は子供っぽくて、メスガキ然としたアバターの姿も横切って。つまるところ、えなの脳内はバグりちらかしていた。既に雲行きが怪しい。挙動も怪しい、かもしれない。

「あ、あ、あたしは何回か来たことあるんだ。と、とりあえず受付済ませよう、か。配信の準備もしないとだしね?」

「は、はい……。よろしく、お願いします、センパ……浜那須さん。急な誘いだったのに、快く承諾してくださって」

「そりゃ、大事な一人の後輩からのお誘いだもん。それにあたしもオフコラボ、楽しみにしてたし」

「えっ、そうなんだ……。あ、いや、そうだったんですね。よしか、いや、私もセンパイとのコラボ、楽しみにしてました」

 何だか距離感を掴みそこねているようにぎくしゃくと小春は言った。えなは『空似ライメイ』を意識して彼女と接しているが、彼女は小春自身か『そめいよしか』としてえなと接するべきか決められずにいるみたいだ。

「……ねえ、よしか。今はあたししか近くに居ないんだし。いいんだよ、よしかはよしかのままで、あたしと一緒に居て。その方が話しやすいでしょ? リアルもバーチャルも、最近は境界なんてあってないようなもんだしね?」

 受付を済ませて案内されたスタジオの一室に向かう最中。廊下を隣立って歩く小春に、えなはそう言った。

 にっと笑いかけたのは、彼女の緊張を解すためでもあり、未だに自分たちを阻もうとするリアルの壁を取り払うためでもあった。バーチャルでは先輩後輩として、相棒として築いてきた関係が、リアルでも変わるはずがないだろう。姿形なんて関係ない。よしかは小春でもあるが、よしかはよしかなのだ。

 小春はえなの言葉にやや迷ったように視線を泳がせた後。次にこちらを向いた時には、いたずらを思いついた子供みたいににんまりとした表情を浮かべていた。さっきの柔らかなはにかみとは、明らかに違う種類の笑み。

「……それってぇ、センパイ命令ってやつぅ? よわよわなセンパイがそこまで頼んだったら、しょうがないなぁ。ちゃんとオフでも、楽しませてね? よしかのことぉ」

 ぎゅうううんぬぅうううん。えなの胸のスターターが引かれてすさまじいエンジン音を立てた。不意打ち、スピード、タイミング。何から何まで完璧すぎる、「そめいよしか」への転化。これでガチ恋しない奴には心臓がない。

「……なんて。こんな感じでエンジン吹かすから。今日はよろしくね、センパイ」

 まだ小悪魔を覗かせつつも照れたように微笑む彼女は、大人の女性とメスガキのハイブリッドで。起動したままのえなの心臓のエンジンもすさまじい音を立てて唸った。

(……リアルとバーチャルの境界なんてとか強がったけど、やっぱダメだわ。心が、全然色々処理できてない……)

「望むところだよ」なんて軽口を返している仮面の裏でえなは悶え狂っていた。早くも前言撤回、敗戦宣言。やっぱりよしかとしての接し方と、小春の姿のギャップに自分は完全に打ちのめされている。ある意味、えなの恋心はリアルとバーチャルの境界を反復横跳びし続けている。

(マジでこのオフコラボ、無事に終われるかな……。無事に終わらせなきゃ……)

 ぎゅっと拳を密かに握りしめて、使命感を取り戻すえな。

 そしてそんなえなを試すように、試練は訪れるのだった。


  3


【悲報】小春が予約した配信用のスタジオルーム、一人用だった。終わった。

「せ、センパーイ……。ごめんなさい……。スタジオの部屋の広さ、種類があるの知らなくて……」

「し、し、仕方ないよ、よしか。あ、あたしも多人数用の部屋あるのわからなかったし。それに椅子はもう一つあるし、問題ない! 問題ないからダイジョウブダヨー……!」

 えなの言葉の最後の方は、何とか感情を排そうとロボット感が出てしまったのを否めない。

 何せ、狭い。一人で使うのを想定したスタジオ部屋なのだろう。かろうじて、えなの家の防音室より広いくらいか。二人、モニターの前に並んで座れるのが不幸中の幸いだ。えなにとっては試練だが。

 PC本体はハイスペックでグラボも積んでいるらしく、モニターも二つある。マイクもケーブルも貸し出しがあるみたいだが、えなはキャリーケースを引いていつも使っているマイクとミキサーを持参していた。

 一人の時は歌収録用のノートPCを持参していたが、今日は配信だから必要ないだろう。スタジオのPCの中には配信に必要ないソフトが一通り揃っていた。ゲームを起動するアプリもあり、ログインしてそのままインストール出来そうだ。本当に配信者用のスタジオだった。

 イスも、本来使われているゲーミングチェアは小春に譲り、えなは簡易的な椅子を使うことにした。一時間程度の配信だから問題はないが、別の意味で問題がある。

 モニターの前で二人並ぶことは出来るが、物理的な距離が近すぎる。手をちょっと動かせば、えなの手が小春に当たってしまうそんな近さだ。

 だから慣れた様子を装って配信のセッティングをしつつ、えなは至近距離にいる小春に自分の爆音稼働心音が聴こえてしまわないか気が気じゃなかった。彼女は鼻歌交じりに配信用のソフトの調節や今日一緒にやるゲームのダウンロードをしてインターネットの方の準備をしてくれていた。不審そうにこちらを窺う様子はない。とりあえずバレてはいない、今のところは。というか、横顔まで綺麗だし、楽しそうに準備してるの可愛すぎないかこの人。魅力が無限すぎる。華があるどころか、彼女自身が色とりどりの花畑だ。そりゃ、配信者として人気も出るわけだ。

(っっっってか……っ。めっちゃくちゃいい匂い、してる。ずっとぉ……っっっ)

 視覚を何とか落ち着けど、次は嗅覚から攻められている。いや、小春が攻めているわけじゃなく、えなが勝手に苦しんでいるだけだ。

 柔軟剤か、シャンプーのCMかと思うほど、小春から爽やかな空気が香ってくる。主張しすぎにあくまで自然に、それでも意識せずにはいられない漂いにえなはくらくらしてくる。近すぎるから、尚更その存在感に圧倒されるのだ。気を紛らわせないとやばいのに、どうしても鼻の機能を働かせずにはいられない。

(いや変態じゃないんだから、しっかりしろあたし……っ! 先輩らしく……せめて、人間らしく振舞え……っ。平常心、平常心……っ)

 距離感→触覚。麗しい横顔→視覚。漂ういい香り→嗅覚。ハイトーンだけど耳障りのいい甘いメスガキボイス→聴覚。これで味覚まで喰らったら完全にアウトだ。いや、そういう意味ではなくて今のはあやというか……。とにかく落ち着けあたし。

 一時間。空似ライメイとして、彼女の先輩兼コンビとしてオフコラボ配信に徹する。簡単なことだ。深呼吸したら小春の香りを喰らって意識を失いかねないので、頭の中で必死に自分を引っ叩き続けた。行ける。行かねばなるまい。

「あ、アバターも動いた。えへへ、準備完了ですね、センパイ。見えてる聴こえてるー?」

 まだぎこちない口調の小春が設置したスマホのカメラに向かって笑うと、モニターに表示された『よしか』のアバターが無邪気に微笑む。「うおっ! まぶしっ!」と思って慌てて顔を逸らしたら、今度は満足そうに笑う小春の清らかな笑みが視界に入って白目を剥きそうになった。

 やばい。本格的に脳がバグる。モニター越しによしかが、隣には小春がいて同じ声で話している。ちなみにどっちも距離は近め。

 これで平常通りに配信できるのか、いよいよ怪しくなってきた。

「センパイも笑ってみてくださいよぉ。せっかくよしかが隣にいるんだからぁ」

 よしかのアバターがいることで調子が出てきたのか、聞き慣れた感じで小春が声を掛けてくる。えなもぎこちなく笑うと、よしかの隣に並んで表示されている『空似ライメイ』が快活に微笑んだ。心中常時穏やかではないが、とりあえず配信上では取り繕う出来そうだ。少なくとも表面上は。喋りに動揺が現れないようにせねば。

「んふふぅ、そうそう。センパイの笑顔、やっぱり素敵ですねぇ。まあ、よしかちゃんには負けちゃうけどぉ? じゃあ今日、このゲーム、一緒によろしくねセンパイっ!」

 話し方がよしかを取り戻してきた小春が、マウスをいじって落とした購入済みのゲームの起動画面を表示する。えなは驚かずにはいられない。

「えっ、ホラーゲーム……? よしか、ホラー苦手だって言ってなかったっけ……?」

「あれ、センパイに話してなかったっけ……? あ、ごめんなさい言った気になってたかも……。せっかくセンパイとのオフコラボだし、ただ普通にゲームするだけなのもアレかなって思って。ホラーゲームにした方が、視聴者さんたちも楽しいかもって……」

 表示されているのはインディーズの短編ホラー。一時間くらいで出来そうなボリュームと、今結構SNSでも取り上げられている話題性もあるゲームと采配はgoodだが、よしかはホラーが苦手を公言している。実際、ホラーゲームをやっている時は阿鼻叫喚だった。一度空似もオンコラボでやってみて、彼女の取り乱しっぷりに心配が勝ってしまったほどだ。

 彼女が本当にホラーが苦手なのは間違いない。今だって目の前の小春は、ゲームのサムネをあからさまに見ないようにしている。……怖いもんねサムネ。わかるよ。視聴者さんの盛り上がりも考えてくれるのは配信者として花丸満点上げたいところだけれど。

「ほ、ほんと大丈夫……? いくら配信とはいえ、無理しない方が……」

「ううん、平気っ。むしろ、どんとこいって感じっ。せっかくのセンパイとの初オフコラボだもん、いっぱい人に見てもらいたいし! ……それに、見るんでしょ? ネットの頂上の景色。よしかもセンパイと一緒に見たいもん」

 不安げだった表情が、えなを見てにっこりと変わる。画面上のアバターは薄ら笑いなのに、目の前にいる小春は、どこかやっぱり大人びていて、優しい。とくんと、今度は綺麗な音で鼓動が高鳴った。

「……そうだね。でも、無理は本当に禁物。よしかがダメだって思ったら正直に言ってね。雑談に切り替えることだって出来るし……オフコラボだって、今日で終わりじゃないんだからさ」

 我ながら、先輩としてうまく笑い返せたと思う。なるべく格好良く、安心させるように。すると彼女もそれに応えるように、大人びた表情を崩して、無邪気に笑う。清楚な顔にその無防備さは、あまりにえなには効きすぎる。

「……一人だったら無理かもだけど、今回はセンパイも一緒だしね。よしか、楽勝すぎて逆に配信盛り上がんなくなっちゃうかも」

「ふふっ、その意気その意気」

 色々懸念要素はあるが、とりあえず小春がよしかとしての調子を取り戻してきているのはいい兆候だ。

(……これもしかして、定番の腕に抱き着いてくるやつとかないよね……)

 ちらりと小春が座っているゲーミングチェアのアームレストを見て、それが一番下まで収納されているのを確認してしまう。おそらくえなが少しでも狭くならないように彼女が気を遣ってくれたのだろう。

 いや、何邪なこと考えてんだ。集中しろ集中。そう気を引き締めるも、やっぱり手と手が触れ合いそうな彼女との距離が気になっては振り払ってを何度も繰り返す。

 そしてえなのその邪な想いは、確かにまあ実現することにはなるのだった。

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