横断歩道
サラリーマンのMさんの体験。
ある日の仕事帰り。家に向かっていたMさんは、途中で赤信号につかまった。
少し経って信号が青に変わる。同じく信号待ちしていた多くの人と共に、Mさんも横断歩道を渡りはじめた。
すると、周囲を歩く人が、なぜかMさんの方をみてクスクスと笑ってきたという。同じスーツ姿のサラリーマンから、おばあさん、女子高生、買い物帰りの親子連れまで……
誰も彼も、人を小馬鹿にするような、嫌な笑い方をしていた。
(ズボンのチャックでも開いてる?)
と思って確認しようとしたその瞬間、体に強い衝撃を感じる。そしてそれを最後に、Mさんの意識は途絶えた。
気がつくと、病院のベッドに寝ていた。
起き上がろうとしたが、体がまるで動かない。目線だけ動かして自分の全身を見ると、どこもかしこも包帯を巻かれ、固定されている。
「先生、息子の意識が戻りました!」
その声は、Mさんの母親のものだった。
「あれ……俺、家に帰る途中で……」
「車に轢かれたのよ。もう、本当に心配したんだから……」
(そうか、あの衝撃は車の……じゃあ俺以外の人も轢かれたんだ……)
そんなことを考えていると、それまで心配そうな表情をしていた母親が、一転して顔をしかめる。
「それにしても、信号無視なんてするからこんな目に遭うのよ」
「……は?」
こっちが信号無視した? そんなはずはない、確かに青信号で渡ったはずだ。
「いや……信号無視は俺じゃなくてドライバーの方だろ」
「何言ってんの! あんたが赤信号なのにいきなり飛び出したんでしょうが」
「ちょっと待ってよ、じゃあ、俺の周りにいた人も信号無視だったって言うのか?」
Mさんがそう反論すると、母親が怪訝な顔をする。
「……轢かれたのはあんただけよ」
後ほど訪ねてきた警官にも話を聞いたが、信号を無視したのは、間違いなくMさんだという。
その証拠に、ドライバーが警察に提出したドライブレコーダーには、Mさん一人が赤信号の横断歩道を渡っている瞬間がしっかりと映っていたそうだ。
ほかの通行人は呆然と見ていただけで、Mさん以外に横断歩道を渡ろうとした人物は誰もいなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます