誰だと思う?

 高校生のHさんが、ある日の夜、家のリビングで勉強をしていた時のこと。

 玄関の開く音ともに「ただいまー」という声が聞こえてくる。パート勤めの母親が帰ってきたのだ。

 すぐにリビングの扉も開き、買い物袋を手にした母親が入ってくる。

「おかえりー」

「ただいま。すぐご飯作るから」

 そう言うと母親は、いつもどおりの流れで夕飯の準備をし始めた。

 Hさんは、夕飯ができるまで勉強していようと思い、再びリビングテーブル上の参考書に目を向けた。すると、そのすぐそばに置いてあったスマホが、バイブレーションしているのに気が付いた。

 誰かから着信が来ている。

 スマホを手に取ると、画面に「お母さん」と表示された。

(……え?)

 自分の母親は、今真後ろのキッチンで、トントントンと食材を切って夕飯の準備をしている。

(どっかで落としてきたのかな?)

 Hさんは恐るおそる電話に出た。

「……もしもし」

「あーH。ごめん今日お母さんちょっと遅くなるからさ、ご飯先に食べてて」

「……は? 何言ってんの?」

「何言ってんのって……だから遅くなるよって。今日体調不良で休んじゃった子がいてさ、どうしてもスーパーの締め作業手伝わないといけなくて」

「今どこにいるの?」

「スーパーに決まってるでしょ」

 その瞬間Hさんはすぐに電話を切った。

 わけがわからない。

 ちらっとキッチンに立つ母親を見る。後姿だが、間違いなく母親である。

「……ねえ、お母さんだよね?」

「それ以外の誰に見えるっていうのよ」

「そ、そうだよね……」

 ふとHさんは、耳に入るトントントンという包丁の音に違和感を覚えた。

 椅子に座ったまま体を後ろに少しずらし、母親の手元を見る。

 包丁はリズミカルに上下していたが、まな板の上に食材が何も乗っていない。

「ねえ、今日ご飯何食べるー?」

「何って……お母さん何も切ってないじゃん……」

「ねえ、今日ご飯何食べるー?」

 Hさんの返事など最初から聞くつもりがないかのように、同じ質問が繰り返される。

「ねえ、今日ご飯何食べるー?」

 包丁の音は、いつしかドンドンドンという鈍い音に変わっていた。包丁がただひたすらに、まな板にたたきつけられている。

「誰……?」

「誰だと思う?」


 「ちょっと、どうしたの!」

 その声でHさんは意識を取り戻した。目の前には、パートから帰ってきたと思われる母親がいる。

(私寝てたの……? じゃあさっきのは夢?)

 一瞬そう思ったHさんだったが

「あんた、キッチンで何してたの?」

 という一言にハッとして、キッチンに目を向けた。

 そこには、傷だらけになったまな板が残っていた。

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