第5話

「はあ〜。」

私は体を伸ばしたあと、いつものように布団から出た。

ここ最近の朝、必ず見る畳の部屋。真横には白い壁と、その壁に埋め込まれた押し入れ。

カチカチと時計の針がなった。視界がぼやけていたので、2回くらい瞬きをする。

「おはよお〜」

と隣に眠っているはずのミナに声かけたはずだった。だが、隣の布団にはミナの姿は無い。

私は枕元においてあるメガネを掛ける。

どうやら布団の中に隠れているとかでも無いようだ。

私はいつものように、布団をきれいに整えてから階段へと向かう。

階段を降りようとすると、階段の降りた先の廊下で、誰かが走っていた。そして聞こえる会話の声。

「それじゃあ、お願いしますね」

リビングにて誰かと会話を交わすリョウさんの声。何かを頼んでいるように聞こえた。

私がリビングの引き戸を開くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。

動きやすそうな Tシャツとエプロンを着る3人の女性。そして、その女性らに囲まれたリョウさんと私は目が合う。

「あ、おはようございます!えーとこの人たちはハウスキーパーの木村さんと、小林さんと佐藤さんです!」

紹介されたハウスキーパーと呼ばれる人らは少し会釈をして、真顔を保つ。そして、白い肌は若さを表していた。なぜだろうか、私より若いはずなのに…何か負けてる気がする…

「えーっと…よろしくお願いします…?」

とりあえず、私は床に敷かれた座布団に座る。私の座布団の隣には、静かすぎて気がつかなかったが、ミナが黙々と朝食を食べていた。

「あ、おはよう」

「おお!マナ!おはよう!」

挨拶を済ませると、またマナは朝食を口の中にかきこむ。

私はそのハウスキーパーの人たちをじっと見ていると、失礼します。と言葉を残した後に、引き戸から、廊下の方へ出て行った。

「さてと!いただきます!!」

目の前に座っているリョウさんは手を合わせて箸を取る。その動きを真似するように私は続いて箸を取った。

「久しぶりに見たな…」

私は意外と質素な茶碗を片手に持ってご飯を口の中に流しこんだ。


「え!?京都に行く!?」

私は口を開けながら、キャリーバックの中に服を詰め込むリョウさんに聞き返した。

「はい。実は冥界の結晶は、僕たちの親戚の家にあるんです。その親戚は実は今、京都の家に棲んでいるので、京都に向かわないとなんですよね。」

私は口を開けて

「き、聞いてないです…」

「言ってないです…すいません…」

と目を逸らしながら言う。

「でも、別にわざわざ付いて来なくても良いですよ。まだ、作戦に同行するか聞いてませんし…」

少し俯きながらその言葉を放つリョウさんはあまり私に期待の色を感じてないように見える。

「何言ってんですか?ここまで付いてきた仲じゃないですか。ここでお別れとか、寂しすぎますよ!」とニッ!と口を上に上げながら言った。

すると、その言葉を聞いたリョウさんは「あ、ありがとうございます!!」と目を輝かせて言った。

そして、そこに何故か準備をしたミナが私の方に手を置く。

「話はまとまったようだな!」

「うん!」

「それじゃあ、行きますか!!」

京都へ!!!


赤く燃えていた時期が過ぎて、その黒い灰と焦げ臭さは、全てを語っていた。

ついさっきまで、盛んだったのが伺える青空に向かって立ち上る白煙。8階あたりにぽっくりと空いた大穴。

そして、私を通さないと言わんばかりに、貼られている防衛線の黄色の「KEEP OUT」のテープ。

私の住んでいるマンションの周りにはパトカーと消防車が幾つも立ち並び、異常事態があったことがわかる。

それは、少し離れている私からも分かっていた。

「え」

それしか言うことがなかった。口を開けて突っ立てるだけ。でも、それをするほどに、ショックなことではあった。

周りの外野の人の声が聞こえる。

「なんか、8階で爆発が起こったらしいわよ。」

「怖いですねー。一年前も、近くのデパートで爆発事件が起こったみたいですし…」

どうやら、私の家が、何故か火事に遭ったらしい。

何故こうなったかというと、私達は京都へ向かうために、リョウさんの車で、新幹線に乗っていく予定だった。でも、私は京都に行ってしまうと、しばらく家を放置することになるので、冷蔵庫にある物をあらかじめ、何が残っているか確認しようと家に帰ったところなんでか、マンションの8階の私の部屋の8号室だけが、火事になっていたのだ。

私の部屋で爆発が起きたと他の住人は言っていた。

「な、なんで…」

あの家にも、思い出が残っていた。

初めての一人暮らしの家。思い出の品の色々。初めてお金を使って買った物。

それが、たったの一瞬で全部吹き飛んだらしい。

「お、お姉ちゃん…」

「ま、そんなこともあるっすよ。」

頭を後ろへ向けると、私の肩を叩いていたのは、キリヤくんだった。

「おい!!キリヤ!!!」

「キリヤさん!!!」

私はその無鉄砲なキリヤくんの言葉によって、頭に血が上りすぐに心の感情を全てぶちまける。

「そ、そんな簡単に片付けないでくださいよ!!!!!!!あの家には沢山の思い出があったんです!!!!!それを数秒で全部吹っ飛ばされた人に!!!「そんなこともある」で、簡単に片付けないでくださいよ!!!!!」

「でも。前に進めないっすよ?」

私は思いっきり、キリヤくんの頬を叩いた。

「そういうことじゃないでしょ!!!!!」

私は涙を溜めながら、叫んだ。

「前とか後ろとか!!!!!!そう言う言葉で片付けないで!!!!!!!!」

本当に、運は私を嫌っているのかも知れない。

私は他の人と目が合わないように下を向いて人混みを掻き分けながら、だだ真っ直ぐに走った。


落ち着いた頃、何故か私は薄暗い路地の中に居た。

「う、うぐぅ…」

狭く、湿ったその暗い路地裏は世間から私を隠しているようで妙に落ち着いた。

「そんな所にいないで、京都に行かないと」

と、ここで静かだが、五月蝿い聞き覚えのある声が路地の光の差し込む方向から聞こえた。

「何しに来たの?キリヤくん」

私は嫌悪感たっぷりの声で追い払おうとする。

「連れ戻しにきたんですよ。なんか、勝手に走り出すから。」

「それは貴方があんなことを言うから。」

あの言葉で、どれだけ傷つけられたか、キリヤくんは絶対に知らない。

「少し前の話なんですけど、僕の兄と両親は一年前に起きたショッピングモールハイジャック事件で死にました。死因はリロック団によるショッピングモールを巻き込んだ襲撃です。僕はその事を聞いた時、深く絶望をしました。そんな危険な連中が自分の命を狙っている。その事と同時に、両親を亡くし兄を殺された憎しみと悲しみ。いろんな感情が混ざり混ざって自分の部屋にずっと篭っていた時がありました。でも、そんな時、シズが僕の事を心配してくれたんです。その時に、あることを思い出しました。兄が言っていたんです。お前は、シズとずっと一緒にいるから、よくシズの気持ちがわかる。シズが困った時に、一番にシズを助けるのはキリヤだろうな。シズを任せたぞって言ってんです。不思議ですよね。自分の死期が近い事を見据えたようにその言葉は兄が死ぬ、1ヶ月ほど前に言っていた言葉なんです。その言葉を思い出した時、シズの事を困らせているのは僕なんだって、初めて気づいて。僕はそこから、シズを困らせないように、ずっとシズの事を見守りっていました。」

「そ、それが私と何か関係があるの?」

「あ、いや…何にも関係はないです。でも、何か大事な物を失った時、深く絶望する時があると思います。でもその時に、心配してくれる人がいることを忘れないでいてほしいです。先が何にも見えないような、そんな心の中にいても、誰かが心配しています。僕の場合は、同じように悲しんでいた、シズがそうでした。」

「…」

「そして、貴方を心配している人は…貴方の前に1人います。」

「どうして私が不安だってわかるの?」

「僕が、兄や両親の遺体が、ちっちゃな肉片しか無くて、それを見せられた時の僕の目に、とても似ていたからです。」

「…」

「まだ、不安でいても大丈夫ですよ。僕だって、死ぬのが怖いですからね。」


「リョウー!連れてきたぞー」

リョウさんはどうやら警察と何か話あっていたようだ。

「あ、キリヤ!!!ちゃんと謝ったか?」

どうやらプンプンのようだ。

まあ、そうなって当然のことだが。

「いや、そういえばまだ…」

と、ここでキリヤくんは数メートルぶっ飛ばされる。

「謝れ?」

キリヤくんは鼻血を出しながら地面に倒れこんだ。

そういえば、謝りの一言も聞いてなかったな。こいつ…


なんだかんだあり、キリヤくんは頭を地面に埋め込まれていた。

リョウさんの髪と瞳はいつの間にか碧色に変色していた。

これでいい。

「お姉ちゃん…大丈夫?」

さっきのキリヤくんの話にも出ていたが、やっぱりシズちゃんは心が優しいな。

「うん。大丈夫だよ。」

私はニッコリと優しく微笑んだ。

「よかった。」

と小さく、ミナの方向から、小声で聞こえる。

私はわざとらしさを強調しながら「どうしたのミナぁ?」と背中をツンと突いて問うと、ミナは「べ、別に!?な、なんでもないが!?」と顔を赤くして答える。頬にはさっきまで濡れていた痕跡があった。

こう言う時はミナって照れ隠しするよね。

「とりあえず、京都へ向かいますか?」

私はごちゃごちゃと演っている人に問いかける。

「あれ?家はどうするんだ?」

今、決心がついた。

「もういいですよ。今はみんながいるから。」

みんなは少し、間を開けてから、「そうか」とだけ言った。

「それじゃあ、京都へ!!」


全く揺れずに、静かに走行する新幹線。

最近の技術は飛び抜けて進化しているようだ。

まあ、ずっと前から知っていることなんだけど…

「そういえば、京都のその親戚の家ってどんなとこなんですか?」

私は窓側に座っているリョウさんにふと気になったことを質問してみる。

そういえば、まだその親戚の人のことについて話してもらっていなかったことに今更ながらも気づく。

「ああ。そういえば言ってませんでしたね。京都の親戚は確か、100年前に時の魔王を封印した時に別れた時巻家の血筋の人で、当時から冥界の結晶を狙う輩が増え始めたんで、冥界の結晶を京都の分家に移し、本家を東京に置くことによって、分家に焦点を合わせないという策略で作られたんです。そのおかげで、リロック団は本家に攻撃を仕掛けてきました。まあ、本家には何もないんですけどね。」

「そんなことが…」

「あ、ちなみにその分家には従兄弟がいるらしいんですが、まだ僕も会ったことなくて…どんな人かちょっとワクワクしてるんですよね。」

とリョウさんは腕を振りながら急に語り始める。

「は、ハイテンションだ…」

「ちなみに京都市のどこかに位置するらしいんだけど、地図よくわかんね、なんだよね。」

「へ、へーそうなんですかぁ…」

と、私はウキウキと腕を振りながら鼻歌を歌うリョウさんを横に途中で買ってきたファッション雑誌を開く。

なぜ、ファッション誌なのか。それは家が全て焼き飛んだことに理由がある。

そう。服が全てなくなってしまったのだ。

私の今着ている服だってもう、驚異の連続3日目に突入しているのだ。しかも初日焼肉。

どうにか消臭剤で誤魔化してはいるが、まあ、精神的にキツい。てかやだ。

いますぐにでも着替えた衝動を今、全力で抑えている事に気づいているのは、同志のミナくらいだろうか…

とりあえず、どこかで服を買わなければ!!!

私は財布を覗く。

えーっと諭吉が3枚。

まあ、別にある理由から金銭面に関しては困ってもいないし、京都に着いたらすぐに服屋に寄るとしよう。

「そういえば、マナさんの家が燃えていた理由。多分リロック団の仕業だと思いますよ。」

「え!?」

私は急に切り出された話題に口が塞がらなくなる。

「ど、どういう事ですか!?」

「実は、少し前にリロック団が爆弾を使った事件があったんです。その時に使っていた形式と形がよく似ていました。なので、多分ですけど、リロック団が犯人でほぼ確にでしょうね。」

「な、なんで、私を…?」

そういえば、ミナが私の家の前で時の魔王と言っていた時があった。だとすると、聞かれていたのか…?

でも…どうやって?

謎は深まるばかりだ。

と、ここで、予想もしない…いや、予想できたことが起きてしまった。

膝に載せておいた財布が、諭吉3枚が盗まれてしまったのだ。

「あ」

人の居ない、ってか私たちしかいない車両内を黒い男が車両の奥に向かって駆けて行く。

だ、大胆だ!!!!

「どうしたんですか?」

「やばい、今スリが!!!」

「え!?!?」

「ちょ、ちょっと追っかけてきます!!!」

「あれ?マナ?」

私は急ピッチでシートベルトを外し、後ろの座席のミナとシズちゃんの間の通ろを通り抜けて、走ってスリを追いかける。

「ま、待てえ!!!」

ま、まずい!!!あれはヤバい!!!流石にヤバい!!!!!

なぜなら!!!!ちょっと前にハマってたちょっとアレなアイドルのカードが入ってるからだ!!!!!あれを見られたら流石にキャラにあってなさすぎて引かれる気がする!!!返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!!!!

と、ここで私は髪色が赤く染まることに気づく。

「こ、これって魔法!?」

ま、まあ!!とりあえずなんでもいいから!!なんか魔法出ろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

と念を送ったが、特に豪華演出も無く、スリとの距離は伸びていく一方だった。

と、その時。

「うりゃアアアアアアアアアアアア!!!!!!」と後ろから気迫のある声が迫る。

後ろをむくと、こんな民衆の集まっていそうなところで堂々と魔法を使って飛んでいるミナの姿が迫っていた。

「み、ミナ!?」

と私が言った時には、私の上の小さな隙間を通り抜けて、水色の髪の毛の少女は堂々と、スリの男にスイロウと同じようにライダーキックをかまし、その場に平伏させた。

「グワア!」

そして、ミナはスリが片手に持っていた財布を奪いとった。

「おー」とあたりからは拍手や感嘆の声が上がる。

ミナは鼻を高くして、微笑みながら私に財布を差し出した。

「あ、ありがとう!!!」と言いかけた途端。財布からプラスチックのカードがヒラリと落ちる。

「あ」

細くスラリとした瞳。髪をかき上げて、こちらの方を見つめている上半身半裸の筋肉質な男性。

あ、ヤバい。

「あ?え?な、なんか落としたぞ??」

と、ミナはプラスチックでできたカードを拾い、少しだけ見た後に、明らかにわかる苦笑いをする。

「こ、これって…ま、マナの?」

と聞いている頃には私は手を前に振ってオドオドしながらも「ち、ちが!!その…こ、これは血迷ってた時のであって!!!!」

「う、うん。マナのなんだな…」

「そ、その、これは!!!!!!ああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

私の大事な名誉がぁ………


__________________________________________________________________________________________________________________________________________


私たちは新幹線から降りて、駅のホームに取り付けられている時計を見る。

時刻は15時27分。新幹線の上に広がる青空にはまだまだ天高く日が上っている。

「それじゃあ、とりあえずタクシーでも捕まえますか。」

私たちは外に出てタクシーに乗り込むと、目的地である場所に向かう。

「にしても、久しぶりだなぁ…」と私は小声で呟く。

横に流れていく高層ビルは東京であれほど散々見てきたのに、やはりここでは懐かしい感覚が横切る。

「さっきから外を見てばかりだが、なんかあったのか?」

と、ここで私のことを気にしているミナが問いかけてくる。そういえばあのことを言ってないことに気がつく。

「そういえば、言ってなかったっけ?」

「何が?」

「実は私の生まれた場所は京都のここら辺の地域なんだよね。」

「え?てことは、ここら辺地元なの?」

「うん。そうなんだよね。実はさ、京都が地元で、長期休みの日とかによくここら辺来るんだよね。」

「これは奇遇ですね。」

「はい。高校の時に、東京に引っ越してきて、それからはたびたび来るような感じですね。」

私は背もたれに腰を体を預け、窓の外を見る。そこでは、私が実家に帰る時と同じ風景が未だに続いている。

「やっぱり懐かしいなぁ」

私はお母さんと過ごした日々のことを思い出しながら街の風景を眺めていた________________________________________________


「こ、ここって…!!!」

大きな和風の家。どことなく時巻家に似ている家。周りに建っている家よりも、遥に目立っている大きな家。間違いない。

「住所ここであってますよね?」

「知らねけどあってるでしょ。とりあえず中入ってみればいいんじゃないか?」

門の奥には中庭が広がっており、池の中には鯉が3匹泳いでおり、それを守るように松が立っていた。

リョウさんは目的地と思われる住所の家の扉を開く。中には木製の廊下が広がっており、目の前には階段があった。

「あの、ごめんくだ…」

「ただいまー!!」

私は思いっきり家の奥の方に声が届くようにして言う。私以外の人は目を丸くして私のことを見つめる。

もし…ここがそうならば…

「お帰りなさいませ。マナ様。」

「た、ただいま。」

やはりだ。

「え!?し、知り合いですか!?」

黒の服の上に白いエプロンをしたメイドを冠するこの人の名前は島津美沙(シマズミサ)この家の使用人だ。

「マナ様。そちらは?」

「この人たちは友達だよ。」

「え、えっとー…マナさん、この人は?」

「わ、私の家の使用人です…」

「え?ってことは!?」

私は一息飲んでから答える。

「この家は、私の実家です…表札にも、足立と書かれていました。」

「え」

「「ええ〜〜!!!」

と、玄関でみんなは複数の声を一つにして挙げる。

まあ、無理もない。なんせ、私も驚いているのだから。 

「と、ということは…僕たちの親戚ということですか…?」

「た、多分そういうことになるんですよね…」

と、ここで静かに見守っていたミサさんが口を開く。

「え、えっと…どういうことですか?」

「あ、そ、そうですね。ミサさんにも説明しなきゃ。そういえば、お母さんは?」

「え、えっとお母様は…」

と奥の方から足音が聞こえた。そして、しばらくすると、奥の方からシワ一つない青色の髪をした女の人がこちらへと駆け寄る。

「あ、お母さん…ぶふう!!!」

「ま、マナ〜会いたかったわよ〜!!!!久しぶりねー!!」

お母さんはそう言いながら私に思いっきりタックルしながら抱きついてくる。

「お、お母さん…ちょっと痛い…」

「あら、ごめんなさーい!」

と言いながらお母さんは力を段々緩めて手を離した。するとお母さんはみんなを見て言った。

「あれ?この子たちは?」

「この人たちは時巻家の人たち」

「え…」

私は息を整えて言う。

「もしかして、何か知ってるの?た、たとえば時の魔王のこととか…」

「え、えっと…」

もう一度、深呼吸をすると言葉を並べて私は言う。

「何か、知っていることがあったら教えて?」

するとお母さんは少しだけ目線を下げて低い声のトーンで言う。

「わ、わかったわ…とりあえず、茶の間で話しましょう…」

私はお母さんの暖かい表情が消えていくことに驚きを感じながらも家の中に上がった。

「その、お母さん…?」

「あんまり…話したく無いのよね。あなたには。」

私はその諦めきれないような、漫画の主人公が絶望した時のような声を聞き、何かを聞く勇気がなくなってしまう。

茶の間に座り、目の霞んだお母さんは静かに口を開く。

「時の魔王…できれば、マナの口から聞きたくなかったわ…」

私は唾を飲み、聞いた「なんで…?」と。

「これから分かると思うわよ。」


私は裕福な家で育った。

兄弟も全員が優しかった。特に私の長男はとても優しくて、良い人だった。困っている人には手を貸して、手助けをする。そんな善人代表のような人柄をしていた兄は、時の魔王に殺された。そして、兄が死んだお陰で世界は今も続いている。

それは、私の兄が自分を犠牲にして、時の魔王を封印したからと聞いている。

私の兄は魔法使いで、運命の神と契約をしていた。運命の神から授けられた魔法は文字通りの身を削って運命を確立させるという魔法。

つまり、腕を一つ失う代わりに、大きな出来事を必ず起こさせるという能力。

でも、時の魔王を封印するには自分の身を全て削る。そのくらい巨大な確立された運命がなければ封印できず、兄は時の魔王を封印する代わりに死んでいった。私はその時、大切な人を初めて失った。

「お、お母さん…」

茶の間は静かになり、誰も、何も聞こうとしなかった。ただ1人を除いて。

「その、良いですか?」

「え、えーと」

お母さんは悲しい笑いをしながら呟いた。

「亮です。その、あなた魔法使いですよね?」

「はい。」

お母さんは冷静な様子で静かに答えた。

「え、そ、そうなの!?」

「マナも魔法のこと、知ってたの?」

「え、あ、うん…」

亮さんは慎重にと言う具合でゆっくりと言葉を放つ

「もしかして、不老不死の能力とかですか?」

「よくわかりましたね…」

「ど、どういうこと!?」

お母さんは少し遠くを見ると、一息歪んだ空気を吐くと震えた声で言った。

「・・・ごめん…全部話すのは、明日の夕方でも良い?」

「な、なん…」

「マナさん!!」なんで!と言いかけた瞬間、私はキリヤくんに呼び止められる。

私はもう一度お母さんの顔をよく見た。

顔がとても歪んでいて、苦しそうに笑っている。目はいつも以上に光を反射していて、水を張っている。

私はその顔を見て、言葉が詰まってしまった。

「ごめんね。マナ…」

「い、いや…大丈夫…私も、ごめんね…」

すると、突如として茶の間の襖が開けられる。

「皆さま。食事が完成致しました。」

出てきたのはミサさんだ。

ミサさんは腰まで届くくらいのポニーテールを揺らして、和風の家とは似合わない服装を纏っている。

お母さんは目を手で拭って涙を拭き取った。

「わかったわ。今行く。みんなの分も用意したから、食べていって」

お母さんは畳から立ち、障子の取っ手に指を掛け「マナ…ごめんね」とだけ言い残して茶の間を出た。

「そ、それじゃあ、先にいってるぞ!」

と言いながらミナ達も廊下の方へと続いて出ていった。


静かになった茶の間。

私はその余韻に浸っていた。


「なんで教えてくれないんだろ…」



***

夜になり、わたしはマナの隣で布団をしき、その中で今日のあったことをおさらいしていた。

「マナ…寝たか?」

わたしは目を瞑っているマナに静かに語りかけたが、もちろん返事はなかった。

わたしは一旦、上半身だけを布団の中から出して、部屋の中を全て見回す。

ここはどうやらマナの自室なようで、本棚や勉強を目的とする机。その他にも学生服などが部屋の壁に掛けられていて、最後にいつ使ったのだろうか…とにかく古そうな物から、新しいものが転々として並べられている。

「こう見ると、意外と普通の女の子の部屋って感じなのか…」

まあ、マナは普通の一般人だけど。


とりあえず、今日は何があったか振り返ってみる。

まずはマナの家が火事になっていたな。リョウさんが言うには原因はリロック団にあるそうだが、わざわざ何のために?

まあ、わからないことは仕方ないのだが。

「もしかして…てかまあ…多分親戚なことが関係あるのかもしれないけれど…」

だとすると、もしかしてリロック団ってわたし達が思うより、時の魔王に関する情報を把握しているのか?


そういえば、電車の中でマナの髪が変わってたような…?もしかして魔法でも会得したのか?

電車の中でわたしはスリにあったと聞き、わたしはすぐさま犯人を取り押さえたが、その時に色々な人がいたため、どれがマナかわからなかったが少なくともそんな気がしたんだよなー。


はぁ…眠れんな…


わたしは布団の中に潜って両手で瞑った目を擦る。

眠くないな。

明日はこの服を新調したいんだよな…


わたしのこの時の魔王っていう記憶、この力…もしかしたらわたしは時巻家の血を引き継いでたりするのか?


「わたしって何なんだろ…」

窓から差し込む月の光。

青い光を放つその向こうに魔物らしき存在が垣間見える。

魚のような怪物はチョウチンアンコウのような光の触覚を頭からぶら下げて悠々と夜の浮遊を続けている。

「最近多いな。魔物。」そう言いながらわたしは目を瞑る。

とりあえず、目を瞑っていれば、いつしか眠りにつくはずだ。

「おやすみ。」


________________________________________________________________________


「わー!!可愛いー!!!!」

「ちょ、マナ…これは少し恥ずかしいのだが…」

「ミナちゃんかわいいー!」

「し、シズちゃんまで…」

朝日が私の部屋に垂れ込み、時計が時を刻む。

今は午前9時。

私は昔、自分が着ていた服でシズちゃんと一緒にミナをおめかししている所だった。

「シズちゃんも着てみる?」

「え!いいのお姉ちゃん!」

「いいよお〜?」

私がその言葉を言うと、シズちゃんは目を輝かせて、部屋の中にある服を手に取り、鏡の前に立っては自分の前に掲げてみる。

「「かわいい〜!」」

私とミナがその言葉を言うと、シズちゃんは「えへへ」と言って頭を自分の手で撫でる。

「試しに着てみてもいい?」

私がコクリと頷くとシズちゃんは「やったー!!」と言いながらその場で飛び跳ねる。

「それじゃあ、私たちは外に出るね。」

「うん!楽しみにしててねー!」

私たちは一旦外に出て、襖を閉めた。

「にしても、意外とマナ服持ってるんだな。」

「うん!実はお母さんがいっつも買ってくれてさ!」

私は東京の高校に入るため、東京の方へと引っ越してきたわけで、長期休みなどで帰ってくるたびにお母さんは服を買ってくれたため、私の今のサイズは大量にある。​

まあ、それ以前に私は昔から服をたくさん買ってもらったし、お母さんからもらった物で、とてもお気に入りの物も多く、シズちゃんのような小さい子の服もたくさんあるわけだ。

「マナのお母さんは優しいんだな。」

「うん!だから…昨日はあんな笑顔の失ったお母さんの顔は見たくなくてさ…早く寄り添ってあげられたらな…なんて思ったりしてさ」

今、私はどんな顔をしているだろうか。ここには鏡もないけど、多分、あんまり、いいカオにはなってないんだろうな。

「そ、そうなのか…」

でも。

「でも…今日話してくれるみたいだし!できるだけ、力になれたらいいなって。早く親孝行がしたいんだ。」

「マナのお母さん。元気になれるといいな。」

私は明るみを込めた声で「うん!」と元気よく返事をした。


「できたよー!!」

その声と共に襖は勢いよく開いた。

「「う、うおー!!」」

襖の向こうには、白いワンピースを着こなして麦わらの帽子を被った、いかにも夏っぽい服装をしたしたシズちゃんがいた。

「か、かわいい〜〜〜」

私は一瞬でそのキュートな天使のような姿にメロメロになってしまう。

「こ、これは驚いたな…本当に夏の天使のようだ。何故か、懐かしいような気がする。」

と言いながらカタコトになっている武士のようなマナに私とシズちゃんはうっかり笑みを浮かべてしまう。

「そ、そんな昔の人みたいに…プププ…」

「み、ミナちゃん感想が…ふふ…」

それを見たミナは少し戸惑うように私とシズちゃんの顔を交互に見る。

「そ、そんなに可笑しいか…?」

「い、いや…そ、そうだね!!」

私は笑いを堪えながらも、前を向く。

「お姉ちゃん!!あれ何?」

と言いながら、私の学生服をシズちゃんは指さした。

「ああ、あれ?あれはね、学生服っていうんだよ。私が高校生の時に使ってた奴だね!」

私はシズちゃんに学生服のことを説明すると、シズちゃんは口と目を開けたままにする。

「かわいい…」

「え?」

「こ、これ着ていい!?」

先ほどと同様に、瞳をキラキラさせて私に問いかける姿に、私は反射的に「あ、いいよ」と返す 。

「でも着れないんじゃないか?シズちゃんには大きすぎると思うぞ。」

「えーそうかなー?」

シズちゃんは私の高校の制服をしばらく見ると

「私、高校生になったらこれ着たい!!」

「それじゃあ、着れるといいね。」

「うん!」


カチカチ。時計の針は時を刻んでいく。

こんな時間が、ずっと続いていったらいいんだけどなぁ…

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