第1話

「普通ですね。異常は見当たりません」

「「え!?」」

私と名のない少女はほぼ同時に呟いた。

白い病室で、ホワイトボードに映し出される脳の写真を金属の棒で指しながら、神経内科の医者は言葉を続ける。

「まあ、みてもらってもわかる通り、こっちにあるのが通常の脳です。」

何が異常なのかも、医学の知識もない私なので、あんまりよくわからなかったが、とりあえず頷いておいた。

そして神経内科の医者はその隣に貼ってあった脳の写真をパシンと叩く。

「そして、こちらがあなたの脳です。ですが、異常が何故か見つからないんですよ。」

頭を掻きながら医者はその言葉を発した。

「と、ということは…?」

医者は金属の棒を畳みながら、言った。

「まあ、簡単に言えば、あなたの脳は健康体ですね。」

すると少女は、白と黒の混色の髪を揺らしながら、医者に攻め寄る。

「そ、そんなはずがない!!記憶がないんだぞ!?わたしの脳は完全に健康体なんかでは無い!!!」

そう言って彼女は医者の胸ぐらを掴んだ。

「そ、そう言われましても…こちらとしても、何も出なくて…こんなことはこちらとしても初めてなんですよ!」

私は仲裁に入り、少女の医者を掴んでいる手に触れる。

「や、やめてあげて…この人も悪くは無いからさ!ね?」

そういうと、少女は手を離して小さく「わかった…」と呟くと手を離して、医者を床に落とした。

「はあ、はあ、はあ」

「だ、大丈夫ですか!?」

私はしゃがんで、医者の床に座り込んだ目線に合わせる。

「いや、大丈夫です。元はといえば、こちらの責任です。もしよかったら脳の写真をもう一度撮り直しましょうか?」

私は少し、黙った数秒後に口を開く。

「いえ、大丈夫です…残念ではありますが、他にも回ってみたいと思います。」

その言葉を置き去りにして、私はその場を去った。


「良いのか?」

私は口角を少しだけ、無理矢理に上げた。

「まあ、私は良いかな…残念ではあるけど、神経科ではわからないってことが分かった訳だし…」

「・・・」

私はまた、何もできないのかな…

私は少女が黙ったままなのが気まずくて、必死に話を逸らそうと何か、文を考える。

「そ、そういえばさ!!あなたの名前、今は忘れてるからさ!!なんか、名前考えようよ!!」

「は、はあ…まあ、良いけど…」

私は頭を抱えて必死に考える。

何か、名前…何が良いかな…?うーん、マナ、マナ、マナ、まみむめも…ま、み、み…


「ミナ!!!ミナとかどう?」

私は少し大きい声でその名前の候補1を言った。

「み、ミナ…うん!!良いじゃないか!!気に入ったぞ!!今日から私はミナだ!!」

ふふん!何故だろう、私がつけた名前が気に入ってもらえるのはなんだかくすぐったいな…

「じゃあ、よろしくね!ミナ!!」

私はニコっとした笑顔で、ミナに言う。

「ああ、よろしく!マナ!!」

ミナも嬉しそうな顔を浮かべる。でも、彼女は何か、勇敢そうな顔であった。



それからしばらくして…

「とりあえず、足立ミナとして色々な病院に回ってみたけど…何も手がかりとか掴めなかったね…」

「ああ…どれもこれも、分からないしか答えが出ていないな…」

私は真上に空が広がり周りにビルで埋め尽くされ、屋上に設置されたカフェのテラス席にてゆったりとコーヒーを飲んでいた。

「はあ、どこに行けば良いのやら…」

そう言って私はコーヒーを啜ろうとした時だった。

「おねえちゃーん!!!」

と遠くの方から小さい子供の泣くような声がした。

「迷子か?」

「え?どうだろう…」

誰だろうか、確かにこのカフェのテラス席の近くには子供用の遊具があるため子連れの人も多いだろうけど…

「おねえちゃん!!!」

「ゴッふう!!!」と私は何故かさっきまで飲んでいたコーヒーを吹き出した。理由は何故か、重たいものが鳩尾にクリティカルヒットしたからだ。

私の、その重い物が当たった声にミナが反応する。

「ど、どうした敵か!?」

私は体の痛みに耐えられずおもわず、お腹を抱え込む。

あれ?なんだろう…お腹にもふもふの何かがある…

私は目を開くと、そこには白い、綺麗な細い糸の束のような物があった。

「な、なにこれぇ…」

「ぐうふううう!!!」

私はその細い糸の束を手でさすると声が泣いている声が聞こえた。

「お姉ちゃあん!!!!」

「だ、だれぇ?」

私は情けない声をあげた。

「お、おい!マナ、その子はだ、誰だ!?」

「う、うえ?」

その時

「おーい!!シズー!!」

遠くの方から誰かを探しているような声が聞こえた。

「さっきのことは謝るからー!!どこにいるのー!?って、居たあ!!!」

その大きな声はどうやら、私に向けられているようだ。

「貴様、この子の保護者か?」

私の前に立っているミナは私に話かけた、いや多分お腹に突進をしてきた生き物に話かけた男の人に、ミナは質問した。

「あ、はい!!それよりもすみません!!!こ、こら!!シズ!!」

どうやらこの人はこの、お腹の上のこの、シズという子に用事があるらしい。

「ご、ごめんなさい!!さっき、もう帰るよって言ったら急にこっちの方に走り出したみたいで…」

「い、いえいえ…私は大丈夫なんで…」

「マナ、どうみても大丈夫な顔してないぞ…」

痛いお腹をよく見ると、座っている膝の上で何かが私のお腹を引き締めているように見えた。

「し、シズ!!もう帰るよ!!!」

そう言って男の人は私のベルト代わりとなっている「シズ」と呼ばれる子を引き剥がそうとする。

「ほら、かえるよ!!!!」

その踏ん張った声に抗うように、私にしがみついている「シズ」と呼ばれる子は「ウウウウウ!!!!」と獣のような声をあげる。

「一緒にいるうううう!!!!!!」

「だめだぁ!!帰るんだぁ!!」

「う、うぼぼぼぼ…!!」

私は抑えられているわけなので、間接的にだが、男の人の力がお腹に加わる。

「だ、大丈夫か!?!?」

ミナは私に心配の一言をかけると、男の人はどうやら気づき

「あ、す、す、すいません!!!!」

と、甲高い声で謝った。

「と、とりあえず離れてえええ…」

私が不安定な声で言うとシズと呼ばれたこの子は力を弱めて

「あ、ご、ごめんなさい!!」

と謝罪の一言。

すると、シズという子は体勢を変えて、左腕に掴む位置を変えた。

「し、シズうううううう!!!!!!」

と男の人は強い口調の声。

そして、それを見守るミナは「やれやれ…」と一言呟くのであった。


***

「待ってー、シズちゃーん!」

「おねえちゃん、こっち!こっち!」

遠くでマナとシズちゃんの遊ぶ声が聞こえる。それを遠くでわたしは、シズちゃんの兄、__キリヤさんと眺めていた。

キリヤさんは青色の髪色というなんとも珍しい髪の色の青年で、パーカーに布製の上着を羽織り、首にはアクセサリーを吊るしている。

背中には黒く、細長い物を背負い、テーブルに肘を突いている。

なんとなく、優しそうな気がする。

「そういや、ミナさんは今日はなにをしていたんですか?」

と、急にキリヤさんは訪ねてくる。

「えーと、わたし実はだな。少し前の記憶が吹っ飛んでいてな。まあ、いわゆる記憶喪失ってやつだ。」

そのことを答えるとキリヤは目を大きく開いて繰り返した。

「き、記憶喪失!?だ、大丈夫なんですか!?」

「まあ、本当の名前も覚えてないし、自分の家もどこなのかよくわかってないんだ。」

「大変ですね…」

わたしはワンテンポ、見逃してから

「ま、今のままでも十分に生活していけそうだがな」

「あんまり、前のことに固執しないんですか?失礼ですが、記憶喪失の人ってそういうの気にしたりとかしないんですか?」

わたしは「うーん」と考え込む

「でもまあ、わたしが特殊なだけなんじゃないか?分からないけどな。それにわたしは何故か、マナと波長が合う気がするんだ。今のわたしにとってはそれで十分くらいだ。」

「へー。ちなみにどれくらい波長が合うんですか?」

「さあな。まだ出会ったばかりだし、わたしもマナのことを知ってから12時間も経ってない。」

「そ、そんなに!?」

キリヤさんは意外と、面白い反応をした。

「へへ、驚いたか?そうなんだ!こう見えても、今日の朝に知ったくらいだからな。ま、今、わたしがキリヤさんとこんなに喋れてるし、もしかしたらわたしが人になれるのが早いだけかもしれないがな!」

わたしはポニーテールの髪を揺らしながら、言った。

「な、なるほど…そうだったんですね…」

「それじゃあ、さっきまでキリヤさんが質問攻めだったし、わたしが今度は質問攻めをするとしようかな!」

わたしはコーヒーカップを置いて、身を前に傾ける。

キリヤさんはそれに少し慄き、体を後ろに傾ける。

「それじゃあ、まずあの子は誰なんだ!?」

わたしは声を張ってキリヤさんに聞く。

キリヤさんは少し迷ってから、口を開く。

「え、えーと…あの子はシズと言うんですが…ま、まあ僕の妹ですね…」

わたしは顎を手で撫で回しながら「ほう?」と合いの手を打つ。

「僕の上に、もう1人、兄がいるんですが、今日はバイトがあって、来なかったんですよね…」

「じゃあ、キリヤさんは次男か?身長的にも中学生って所か?」

「あ、正解です。でも、僕は次男じゃなくて、三男です。長男は一年前に起きた、ショッピングモールハイジャック事件で死にました。両親も一緒でした。」

「あ」

とわたしは言葉が零れてしまった。そこからしばらく沈黙が片手に収まるくらいの秒数で襲った。

そして、先に開いたのはわたしの口からだった。

「す、すまん…」

キリヤさんは控えめな笑顔を作る。

「まあ、大丈夫です!僕はもうどうしようもできませんから…それより、僕たちだけでも生き残れたし、シズもこのことに気づかせせないように、してますし…僕は大丈夫ですよ!!」

わたしはその控えめな笑顔に少し、口ごもるがその後に「そ、そうか…」とだけ言う。

「シズちゃんには言ってないのか?」

「はい。あの子が知ると多分、今のあの元気がどこかに行ってしまいそうで怖くて…」

「たしかに…な。」

沈黙が続く。

「あ、別に気とか使わなくても大丈夫ですよ。もう、涙は全て出し切りましたから…」

わたしは黙ってしまう。なにも言葉が出ない。

キリヤさんは多分…絶対に悲しいはずなのに、我慢してるんだ。

「それで、シズ、今日はここでおやつが食べたいって言うもんですから、今日ここに連れてきたんですが…」

「そしてすぐにマナに飛びついて行った…というところか」

「まあ、そんな感じですね」

わたしとキリヤさんはマナとシズちゃんの方に目を向ける。シズちゃんはとても良い笑顔でマナと遊んでいる。

「にしても、珍しいですね…あまりシズは人が苦手なはずなんですよね。だから、マナさんは意外とシズと相性がいいのかもしれないですね」

わたしは2人の追いかけあっている姿を見ながら「そうなのかもな…」と呟く。


「そういえば、記憶喪失って原因とかわかったんですか?」

わたしは体制をキリヤさんの方へ直して答えた。

「それがまだわかってなくてな。そもそも、わたしの脳に異常はないって言うんだ。変な話だよな。」

わたしは少しくらい顔で言う。

「何か、覚えている事とかなかったりするんですか?例えば、昨日、何してたとか」

「それがないんだ…でも一つだけだが覚えていることがあってだな」

それは当然、時の魔王というワードだ。

でもこれが人名なのか、物の名前なのか、はたまた何かの事件とかの名称なのか、全くわからない。

先ほど、「時の魔王」とインターネットで検索してみたもののそれらしい情報はなかった。

多分この人も知らないだろうと思いつつも言ってみることにする。

「それってどんなものなんですか?」



わたしは心の中にあった、あの、訳のわからない言葉を発する。

「時の魔王ってやつなんだけど、知ってるか?」




「なんでお前がそれを知っているんだ???」

「え?」

わたしはさっきまでのキリヤさんからは出るとは思えないような鋭い言葉を前触れもなく喰らった。

「なんで、お前が時の魔王の存在を、知っているんだと聞いているんだよ!!!!」

大きな声で、まるで人が変わったかのようだった。

「お、おい!!落ち着けよ、わたしだって、その時の魔王がなんなのかわからないんだぜ!?」

「だったら教えてやるよ…」

キリヤさんはわたしのことを鋭い視線でギロリと睨みながら言った。

「時の魔王ってのはなぁ、世界を滅ぼすことのできる''魔物''の名前だよ!!必ず50年に一度だけ、時の魔王の封印が解かれる日がある。その日に時の魔王を封印しないと必ず、世界は滅亡する…!!」

唐突に放たれた情報量の多さから、わたしは頭がついてこれなかった。

「す、すまん…どういう事かさっぱり分からんのだが…」

「はあ、要するに!!!時の魔王は世界を滅亡させる力を持つヤバい奴なんだよ!!!」

キリヤさんは体を前のめりにして、言った。

「とにかく!!お前は一体何者なんだ!!」

キリヤさんは机に衝撃波を伝える。

「わ、わたしはただの一般人だ!!記憶が曖昧な一般人だ!!」

わたしは両手を広げて無罪を主張する。

「うーん…信頼できん!!変な動きをされても困る!!今日は一緒についてきてもらうぞ!!」

「え、えぇ…」

この時、何故か急に「何か」が動き出した気がした。

だが、その「何か」がなんなのか、わたしたちはすぐに知ることになるだろう。


***


「で?連れてきたわけね…馬鹿か!!!」

住宅街の中央、和風の家の中で、キリヤくんの兄的な人に、キリヤくんは頭にチョップを喰らわせられ、手で頭を抑えていた最中だった。

「いっってぇ〜〜〜!!!!」

「お前なあ!時の魔王を知ってたからって、家に無理矢理連れ込むなよ!!!!迷惑だろうが!!!」

「は、ははは…」と私はミナと苦笑いをする。

先程まではカフェに居たのに、何故か私達はキリヤさんの家にお邪魔することになっていた。

「だ、だってリロック団かも、しんねーじゃん!!」

リロック団?なんだろうかそれは…

「まあ、確かにそうかもしれないけど、俺らだってリロック団がなんか行動起こすまで何もしないだろ?」

「ちッ!よう言うぜ!」

「と、まあなんか色々と面倒事に巻き込んでしまいすいませんねえ…」

「あ、い、いえ!全然大丈夫ですよ!!」

私は急に話をこっちに向けてくるので少し戸惑いながらも返事をした。

「そうですか?なら、いいのですが…」とキリヤさんの兄的な存在の人は呟いた。

「そういえば、自己紹介がまだでしたね!初めまして、私は時巻亮(トキマキリョウ)。この家、時巻家の次男です。で、あなた方を無理矢理に連れてきた、この戦犯野郎が次男の時巻霧矢(トキマキキリヤ)で、この子が長女の時巻志津(トキマキシズ)です。」

時巻亮と名乗ったこの人はあおいズボンを着て、上に緑色のパーカーを

私は少しミナの顔を伺ってから

「え、えっと…私は足立真奈(アダチマナ)と言います!!多分長女だと思います!!」

まあ、一人っ子だし、あまりわからないけど。

「えっと、私はミナです。記憶喪失だから苗字がよく分からないです。」

と、全員の自己紹介が一通り終わると、黒髪のリョウさんは時計を見ながら言った。

「あー、もう6時か。これからどこかご飯屋さんに行こうと思ってたけど、お詫びにどうですか?いらないとかならいいのですが…」

「えっと…せっかくお世話になるのもアレですし、私達は別に…」

と私が言いかけた時だった。

グー!!

その音の発信源はミナのお腹。

「すまん!食欲には勝てなかった!!」

「ふふ、で、どうなんですか?行くんですか?行かないんですか?」

私とミナは顔を合わせた。


***


「うわー!!!うまそぉー!!!」

焼肉クイーンと書かれた店の中で、ミナの涎を垂らした声が店内に響いた。

煙が店内に溜まり、肉の焼いた匂いが店の外と中を含めて漂う。

白い煙は天井から伸びている黒い管に吸い込まれた。

目の前には網状の鉄の上で焼かれている肉。その肉は次々にセットされては、次々に誰かの皿の上に運ばれて行った。

「いやー何から何までありがとうな!!」

「いえいえ…こちらの方こそ、キリヤが色々と面倒をかけた見たいですみません…」

ミナさんは豪快に口の中にタレをたっぷりつけた焼肉を頬張る。

「大丈夫ですよ。今こうやって焼肉にありつけたんですから」

「俺にも感謝しろってもんだぜ!」

「お前なあ!」

またもやキリヤくんは頭にチョップを喰らう。

「お、お肉かたいいいいい」

「シズちゃんシズちゃん!お肉切ってあげようか?」

「お姉ちゃんいいの!?」

「こんなのお安い御用だよ!」

と言って私は手元にあった、キッチンバサミを使ってお肉を小さく切った。

「ありがとう!!お姉ちゃん!!」

「お安い御用だよ!」

その会話を見ていた、キリヤくんと私は目があった。

「うん?どうしたの?」

「いや、なんか、1日も経ってないのにすげー仲良くなってんなーって、思っただけっすよ」

とキリヤくんは私とシズちゃんのやりとりをじっと、また見る。

肉を口に入れたリュウさんもそれに付け足すように

「あー確かに!今まで、こんなに懐いた人そんなにいなかったからねー」

「そうなんですか?」

リュウさんはお肉を飲み込むと続けて言った。

「実はシズさ、自閉症みたいなところがあって、あんまり家族以外に人と喋ることなんてあんまりなかったんですよ。だから、マナさんみたいな人がそばにいると、なんか僕らもほっとするんですよね。シズも意外と、成長とかしてきてるのかなーって。」

と言いながらリョウさんはシズちゃんのことを優しく見つめる。

シズちゃんはリョウさんと目が合い、にっこりとした表情を浮かべる。

「まあ、そんなわけでこれからも、時々あってくれたりすると嬉しいですかね。今日、知り合ったばかりのの人に言うのもなんですけどね。」

私は少し横に座っているシズちゃんのふさふさな髪の毛をじっと見てから言う。

「私も楽しかったです!私、一人っ子なので、そういう兄弟間の愛とかよくわかんなかったし、父も母もずっと仕事行っててあんまり愛を両親から注がれることも少なかったし…妹ができたみたいで楽しかったです!!もし、また会えるのならばシズちゃんとも私は遊びたいです!!」

それを聞いたリョウさんとキリヤくんは少しだけ口角を上げた。

「それじゃあ、これからもよろしく頼みますよ」

それを聞いて、心の中でだけど大きく「はい!!」と返事をした。


「オレンジジュースお願いします!」

シズちゃんが小さな人差し指を一本立てて言った。

その言葉を繰り返した店員さんはすぐに、その場を離れた。

そのことを確認すると、私は小さな声でリョウさん達にある疑問をぶつけた。

「そういえばなんですけど…時の魔王とかってなんなんですか?」

リョウさんとキリヤくんは少し下を向く 。

「それは、後でで良いですか?そのですね…」

とその言葉を言ってリョウさんの目線はシズちゃんの方に向く。

「まあ、今話したら気まずいって事っすよ。それに、ここには他のお客さんもいるわけだし。」

とキリヤくんは小さな声で言った。

「わ、わかりました…」

「そんなにヤバいことなのか?」とミナが真っ直ぐな深掘り。

「え、まあ…どちらかというと、シズには言えない事情があるんです…」

「だからなのか?」

「ま、まあ…そうですね。」

一同が黙る。

「みんな何のお話してるの?」

と、ここで沈黙を破ったのはシズちゃんだった。

「私には言えないようなお話…?」

私達は必死にごまこそうと、身振り手振りを使ってシズちゃんに説明する…

「え、えっとね…お肉美味しいねー!ってみんなで言ってたの!!」

「そ!そうだ!!いやー肉が美味いなあ!!」

シズちゃんは少しだけ、「ふーん」というと肉を摘んで、「確かに!!美味しいよね!!」と言った。

その言葉を聞き、私達は胸を撫で下ろす。

「そうだ!!せっかくだし!生ビール奢りますよ!!」

「え!?いえ、そんなの申し訳ないですよ!!」

「いえいえ!!この機会だし、行きましょうよ!!それが僕らへの恩返しになると思って!」

私は横に座っているミナを見た。

「ま、そう言ってるわけだし、良いんじゃないか?」

「あ、そう…それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうっかな!」

私は思い切って言うと、すぐにリョウさんは店員さんをよび、生ビールを頼む。

そして、リョウさんは何かを思い出したように、店員さんをそこに呼び止めたまま、言った。

「そうだ!ミナさんもどうですか?」

その言葉に隣の座席のミナが少し動揺した様子になる。

「わ、わたしもか!?」

「はい!!」とにっこり笑顔でリョウさんは言った。

これはミナ、やられそうだなーと内心思いつつも、私はミナを見ていた。

「だ、だが、私は自分の年齢もわからないのだが…」

「大丈夫ですよ!!多分成人は行ってそうだし!!それに、脳は健康状態なんでしょう?ダメージも無いと思いますよ!」

「はあ、そうかあ…わかったよ…そんじゃ、ノンアルだけだぞ?」

「まいどありぃ!!」


ビールが喉を流れ、喉を冷やす。

「ぷはあ!!!うめええええええええ!!!!!!」

私は片手に持ったジョッキグラスを机に勢いよく置き、ドンと音を鳴らす。

「な、なんか酔ってるとすごいキャラ変わるタイプの人間なんですね…」

何故か苦笑いをしているリョウくんが見えた。

「ああ?なんか言ったあ????」

私が問いかけると「い、いえ。何でも無いです…」と言った。

「ま、わたしは意外と予想できてたかも…何故か、そんな気がした…」

「お、お姉ちゃん?」

隣にいるシズちゃんが何か、眉を山のように上げて、私の顔を見ている。

「ん?お姉ちゃんだよー。シズちゃんどうしたのぉぉ??」

私のうまく回らない舌で、言葉を発した。

「あ、いや、なんでもない、です…」

とシズちゃんは目を逸らして、言った。

「シズちゃんがなんか、怖がってるぞ…」

私はミナのその言葉に少し、怒りを覚えた。

「えええ?そんなことないよお!ねえ?シズちゃあん!!」

シズちゃんは少しだけ、目を逸らして

「え、う、うん!!ぜ、全然怖がってないもん!!」

と言う。

「やっぱりそうだよねぇぇ!!ほらミナァァ!!言ったでしょ?私は怖がられてないって!!店員さーん!!もう一本おねしゃあすウウウウ!!!」

私は大声で、ビールをもう一本頼むと、キリヤくんがリョウくんと同じように苦笑いでこちらを何故か見ていた。

「なかなか、ハイテンションっすね…」

少し小声だったので、聞き返す。

「え?なんてえ?」

「あ、いや...なんでもないです…」

「し、失敗したかもな…」

「どんまい…」


***


「すっかりマナも寝てしまったな…」

「そうですね…キリヤ、持ってくれるか?」

「えー、おれぇ?」

「すまんな…」

わたしは深々と頭を下げた。

「わかりましたよ…」

街灯が鈍く灯る夜。わたしはキリヤさんがお姫様抱っこで持ってくれているマナの代わりに眠ってしまったシズちゃんを抱える。なんだろうか、この懐かしい感じは…

「記憶がないからわからないけど…なんか、ちょっと前にもこんなことがあった気がする…」

とわたしはシズちゃんの目を見ながら言った。

「もしかして、家族がいるんですかねえ…」

わたしに家族か…いるのであれば、今はどうしているのだろうか…わたしを探している?それは無いような気がする。なんでか知らんけど。

「まあ、わたしは今日一日、マナと過ごしてみてだけど、意外とこんな生活もいいのではと思ったかな。別に記憶を取り戻したとしても、意外とこんな生活が続いたりしてな…」

「意外と、ありそうですね…」

少し横を見ると、まるでお姫様のように抱き抱えられているマナの姿があった。

何故だろう。なんでだ?なんで、キリヤさんは無言でお姫様抱っこをしているんだ…!?

わたしは何故かどうにも気にかかる。確かに、ここの通りは人の通りは少ないが、だが、流石にこれはないのでは!?と思ってしまう…そして、わたしはその思っていたことを口にだす。

「その…キリヤさん、ちょっといいか?」

「なんすか?」

わたしはタイミングを開けて、言う。

「あのだな…なぜ、そのぉ…お姫様抱っこなんだ?」

とわたしは気まずそうな声で言った。

すると、実に的を射た理由で返される。

「だって、この頃のお年の男子には、女性の胸を背中につけることができなくて…」

と、行ってキリヤさんはマナの胸元をちょろりと見る。

まあ、普通くらいだが…確かに、お年頃には顔も真っ赤になるくらいの弾力はあるかもな…

「な、なるほどな…聞いてすまなかった。」

「え、なんか舐めてます??」

「え、いや!!そう言うわけではないぞ!!決してな!!」

わたしは誤解を生まないように、手を使いながら言った。

すると、耳元でリョウさんが呟く。

「すまみませんね…あいつ、あれでも俗に言うインキャってやつなもんで…」

「おい、なんか失礼なこと言ってないか?」

「まあ、可愛いやつなんで、どうにかお願いしますね…」

「は、はあ…」

とわたしは少し適当な返事をした。



その時、ふとリョウさんが腕につけていた時計を見る。

「あ!まずい!!もうすぐで12時だ!!」

その言葉を聞いたキリヤさんも緊迫した表情になる。

「は!?い、急がねえと!!!」

と、ここでキリヤさんとリョウさんは突然、走り出す。

「え!?ど、どうしたんですか!?」

「魔物が…!!!来る!!!」

と、その言葉を聞いた時、同じタイミングで空に何かの遠吠えが聞こえる。

「フオオオオオオオオ!!!!!!!」

「まずい!!来た!!!!」

キリヤさんは汗を垂らして、言う。

わたしはシズちゃんを抱えたまま上を見上げると、何か光っているものが垂直に迫ってくる。

その、ただの輝きにわたしは何故か、恐怖を覚える。足が震えて、動けない。

「ミナさん!!避けて!!!」

とその声が聞こえるとわたしは、すぐ横に飛んだ。

そして、地面に何かが叩きつけられるような音がする。

「これって…」

その、叩きつけられた物は意外な物であった。

「これって…ホタルイカ…?」

そう。目の前にいたのは、青色の水玉状の輝く模様を帯びた、とても大きなホタルイカだったのだ。

「クッソ!!きやがった!!」

「ミナさん大丈夫ですか!?」

「わ、わたしは無事だ!!シズちゃんも!!!」

その言葉をリョウさんに告げると、「ふう」と一息吐く。

わたしはすぐに、地面から腰を浮かし、リョウさんの近くに回る。この巨大なホタルイカは地面にぶつかった衝撃で悶えている。

「そ、それより、これってなんですか!?」

と、わたしが言いかけた瞬間だ。突然、キリヤさんがわたしをわたし自身の後ろの方へと突き飛ばす。

次の瞬間、ホタルイカの触手が目の前を通る。多分、キリヤさんがわたしを突き飛ばしていなかったらと考えると、赤く染まった肉片が何故か、見えてくる。

「キリヤさん!!これってなんですか!?」とわたしが訊ねる。

「魔物っすよ。シズを狙ってるんです」

と、全く意味のわからない言葉が出てきた。

「どうする?コンボで行くか?」

「でも、ミナさんいるけど…」

リョウさんとキリヤさんはわたしのことをジロリと見つめる。

「え、え!?わたし!?」

とわたしは自分のことを指で指しながら、言う。

その時、さっきまで悶えていた、巨大ホタルイカがむくりと体を起き上がらせる。

「あ」

わたしは一瞬、ホタルイカと目があった。

あ、死ぬ_____

と思った頃には、そのホタルイカは大きな触手を持ち上げていた。

月と重なった触手に、わたしは腕をクロスに組んで目を精一杯に瞑る。


だが、いつまで待っても、ホタルイカの触手の衝撃はわたしの体を襲わなかった。

「ん?」

異変を感じたわたしは恐る恐る、目を開いた。

そこに広がっているのは、さっきまで目があっていたホタルイカの頭が刃物で切られ、イカの特徴的な上部だけがごっそりと切られていた、包丁などで刻まれたような死んだホタルイカの姿と街灯に照らされていた、日本刀のようなものを持ったリョウさんの姿だった。

「え、え?」

リョウさんは片手に持っていた刀についた青い液体を振り払い、刀を鞘に収める。

「あんがとよ」

「お安い御用さ。それより、ミナさんに説明しないとだね」

と、月夜の元でリョウさんは薄く笑う。



***


「まあ、今言った通りだ。」

「ぬーん…理解し難い…」

「まあ、そうなりますよねえ…」

わたしはとても広い和式の家の居間で、吊り下がった電灯一つの下、キリヤさんとリョウさんに先程のことについて説明を受けていた。

まあ、その内容がなかなか、ぶっ飛んでいるのだから、今、驚いているのだが…

「それじゃあ、もう一回言いますよ?」

俺らがさっき会ったのは魔物と言って、妖怪みたいな存在なんです。魔物の姿は色々で、人型や動物そのまんまの形、そして異型の形など、さまざまな形の魔物がいて、基本的には統一性がありません。

そして、魔物はいつも夜の12時きっちりから現れるんですが、基本的には人間には攻撃をしたりしないし、追いかけるなど以ての外!人間に干渉することは魔物はしません。

基本的に魔物は人に見えないし、物理法則も無視するなど、ぶっ飛んでいます。

でも、シズが12時以降、この家の外にいると魔物は血相を変えて、俺らの前に、姿をわざわざ見せて襲いかかるんです。

なんで、襲いかかるかは俺らでもわかりません。

「なので、基本的に夜の12時以降は出歩かないようにしてるんですが、今日はいつの間にか12時になっていて…もう少しでミナさんも巻き込んでしまうところでした…本当、ごめんなさいッス」

と、ここでキリヤさんは頭を下げる。

「い、いやいや!わたしこそ、12時まであそこにいさせてすまなかった!!と、ともかく、頭を上げてくれ!わたしにも非はあるから!」

とわたしがフォローをする。

「すいません…色々と気を使わせてしまって…」

「気なんて使ってないから!!」

暗い夜に一つの電灯を灯した居間に、時計の秒針が動く音がよく響いた。

「そういえば、時の魔王について…教えてもらってもいいですか?」

そこから少し間が空き、3回ほど、時計の秒針が動く。

「わかりました。教えます。」

ついに…!!記憶喪失の謎に迫ることができるかもしれない…そう思い、わたしは心の準備をした。

「それじゃあ、教えてくれ!!」

リョウさんは息を一息、外に出すと続けて言う。

「時の魔王とは、簡単に言えば、世界の時を支配する神のことを言います。時の魔王は冥界に居て、今は封印されています。時の魔王が死んでしまうと、この世界から時という概念がなくなり、世界は破滅します。そして、時の魔王は百年単位で封印が解け、世界を滅ぼそうとします。それが時の魔王です。」

「じゃあ、その、いいか?まずそもそも冥界ってなんなんだ?あの世のことか?」

「冥界とは、人間の能力を超越した神と呼ばれる存在が生きる場所です。神は魔物とは違って人格があり、この世の理を管理しています。つまり私たちは神に生かされているのと同じわけです」

「だ、だから時の魔王が死んでしまうと時の概念が消滅するわけか?」

「はい、そうです。神はこの世の理そのものなんです。なので、殺さないように、封印する必要があるんです。」

「なるほどな…じゃあ、なんでわたしはその時の魔王を知っていたんだ?」

「……すまん。それは俺らにもわからない。」

「まあ、そうだよな。思い出すまで、じっくり待っているとしようかな。」

「はい。そうですね。」


***


時刻は1時48分。わたしはマナの寝ているその横で布団に入っていた。

まさか、リョウさんの家に泊まらせてもらうなんて…

時刻は1時を回って居たのもあって、わたしはリョウさんの家に一晩泊まらせてもらうこととなった。

ねむ…

心の中でそう思った時には目を瞑り、暗闇の世界へと寝入っていた。

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