こうして物語はまた始まった。
最悪な贈り物
第1章
第0話
朝日が差し込み、布団に寝ていた私を起こした。
「ふわあー。」と私はあくびをした。
小さな窓から差し込む光は私に朝だという事を告げる。私は壁にかけられている時計を確認して、今が6時48分だということを確認し、布団を畳んで押し入れに押し込む。
畳の上を歩き、廊下を通って階段を降りる。
そして私は台所へと向かった。
扉を開けて、台所に行くと、そこにはいつもの食卓と、水道やコンロの並んだ、少し使い慣らされている台所に目をやる。私は台所に手を置いて、リビングに設置されているテレビをつける。
「2024年、4月10日のニュースです…」
窓からは桜が散るのがよく見えた。
「さてと!今日から一日がんばるぞー!!」
私は朝ごはんを作ろうと、昨日炊いておいた白米をお茶碗に盛る。
「ようやく高校生だし!これくらい食べられるよね!!」
大盛りに盛った、白米を食卓に置くと、私は昨日の残り物の味噌汁をお茶碗に盛ってそれも食卓に置いた。
私は箸を一膳、食卓に並べて、棚から取り出したコップにお茶を注ぐ。
椅子に座って私は家全体に響くような声で、「いただきまーす!!」と手を合わせてながら言った。
白米一粒一粒を口の中に掻き込んで、白米を完食すると、次に味噌汁も全て秒で飲み尽くす。
早々と「ごちそうさま!!」というと、私は楽しみにしていた、「アレ」の支度をしようと2階に駆け上がる。
2階の押し入れから、「アレ」の入っているを袋を取り出して、鏡に向ける。
そこには、セーラー服を掲げた私の姿があった。
「んー!!可愛い!!」
少し、古くなってはいるが、まだまだ使えそうだし、これから行く中学とも同じデザインなので、このセーラ服は難なく使える。
「お姉ちゃん。セーラー服ありがと…」私は小さく呟く。
スマホの時計を見ると、時刻は「7時18分」私は一番に中学へと登校するべく、急いでお下がりのセーラー服に着替えた。
やっぱり…可愛い!!
私は白く長い髪を結ぶと、鏡の前で一回転する。私は階段を降りて、リビングにある、昨日の内に準備しておいたバックを取り出して、玄関に向かった。
玄関で靴を履き、下駄箱の上に置いてある、写真に目を移した。
そこには幼い頃の私と、「時の魔王」を封印したあの、メンバー全員が映っている。
この写真はみんなで遊園地に遊びに行った時の写真だ。私はじっくりと写真を見た後に、
「行ってきます。」
とだけ言って、家を飛び出した。
______2024年 4月10日。
「あのねえ!!!君の代わりはいくらでも居るんだよ!?!?僕はねえ!!君がやりたいと言ったから任せたの!!!なんでこうなるかぁ!?!?」
会社のオフィスには大きな野太い声が響き、オフィスにいた全員の社員が肩をビクリと揺らす。
机を挟んで、偉そうに座っているこの人、もとい私の働く会社の部長は今、顔を真っ赤にさせていた。
「す、すいません!!すいません!!!」
なぜこうなったのか。それは、私のちょっとしたミスからだった。
2014年 3月18日。
私は営業会社に勤めている26歳。名前は足立マナ。
私は今から大体5年前、ずっと前から働きたいと思っていたこの会社「INFINITE」に就職した。
それではいざ!!と働いてみるものの、あまりにも業務は難しいものばかり、私のような何も出来ない人材は足手纏いでしかなかった。
それでも、私はメンタルが壊れようとも働くことを、努力することを、やめなかった。
その努力が報われたのか、私はようやく実力が認められ、ある大手企業との契約を結ぶための橋係を任された。
私は準備を進め、そのプレゼン用の資料を作成した。
ここまでは順調どころか、完璧だったのだ。だがしかし、私は致命的なミスをした。
それは契約を結ぶためのプレゼンの際、私はうっかり自分の資料とは違う、別の資料を会議室のホワイトボードに映し出し、大失敗をした。
その所為で、大手企業との契約の話は取り消しとなり、今までの多くの人の苦労が無駄の2文字で収められた。
協力してくれた人、契約先の会社の人、数えきれない程に私は迷惑をかけてしまった。
そして、その結果が今、この現状なのだ。
「謝れば良いってもんじゃないでしょう!?もう、どうしようもないんだよ!どうしてくれんのさ!!」
拳の振り下ろされた机はドン!とオフィス内に強く、響き渡る。
部長の拳は少しだけだが赤く染まっていたが、それ以上に顔の方が赤く染まっていた。
立腹している部長に怖気付き、私は頭を深々と下げて「ごめんなさい!!!!」と言う。
目元が湿る。顔を見せたくない。
背中が何かを駆け巡る感覚に私は吐きそうになった。
そして、部長は「本当に使えないやつだなぁ!!!」と大声で追い討ちを掛けた後、続けて私に刃物のような言葉を無数に放つ。
「はあ、もう良いよ。クビだクビ」
「え?」
クビ?それってどう言うこと?
「足立マナ君。君はウチの会社の労働力にならない。」
部長は左の眉をピクピクと動かしながら続ける。
「君はいわゆる、労働力の欠如ってやつだよ。だから、私は君をクビにすることにした。」
ご丁寧にその真意を説明した後、部長は席から立ち、ピクリとも動けない私のすぐ隣に回った。
そして、他の会社員に聞こえないくらいの小声を私の耳元で囁いた。
「もう一生この会社に来るな。君みたいな何も出来ない、生きてる価値も無いような、気持ち悪い人間が俺は一番大っ嫌いなんだよ…!!!反吐が出る!!!」
部長はその言葉を放った後、遠くを見つめる私の肩に手を置いた。
「それじゃあ、今日中にあの机から全部荷物片付けてね〜」
そして明るい声の部長は自分の机に戻り、何もなかったかのようにパソコンを開いて何かを打ち始めた。
肩の力を失った私は床のタイルを眺めながら…正しくは下だけをずっと向きながら私は自分の仕事用の机に向かった。
目の焦点が合わない。
それでも開こうとする瞼。
息が荒い私はとりあえず顔を両手で隠した。
隣の席の人に気づかれないよう、私は机に座って肘を机に突き手の中を涙で埋め尽くした。
心が落ち着いた私は指と指の間から、その使い慣れた机を一目見る。
すると机を見ただけで、今まで出来事がモノクロ映画のように蘇ってくる。
全く色のない仕事の日々だったけども、私にとっては色彩あふれた日々だった。気がした。
初めてこのオフィスに来た日。私は自分の机に荷物を運び、「これからよろしく」と一言、この机に挨拶をしたことを今でも覚えている。
でも仕事がうまく出来ない私は、他の社員達に避けられて、会社内の友人は作れなかった。
それでも、私は諦めずこの机と向き合って、業務をこなした。
残業の日にはパソコンの隣にコーヒーの缶が何本並んだのだろうか…
沢山ありすぎて、今は覚えていないけど私はそれなりに残業は頑張っていたと思う。
契約の話を持ち出された時だってあの机と仕事という冒険を共にした。
あの机は勇者でいう所の剣に等しい。
私は勇者で、魔物を倒しに行くけど魔物は倒せたはずなのに自分は死んじゃった…みたいな?
私はそんな冒険の相棒の剣を、机をここに置いてオフィスを出ないといけない。
「はぁ、支度、しないとだよね…」
顔を覆っていた両手を剥ぎ取ってティッシュで顔を拭く。
よく見ると、机の上、汚いな…
私の机の上は仕事の資料で埋め尽くされていた。
そういえば、部長に呼び出される前に掃除をしなければ、と思っていたんだった。
まあ、今からしなくてはいけないことだ。念願…ってほどではないけど、ようやく掃除ができる。
散らかったファイルと資料を綺麗に整頓してファイルの中に私は仕舞った。
缶コーヒーはしばらく離れた自動販売機の横に置いてあったゴミ箱に捨てる。
「もしかしたら、この缶コーヒーも飲まなくなるのかな…?」
私はそんなことを呟くと首を横に振ってから振り直り、私は机の片付けをまた始めた。
1時間掛けて全てのことが終わると時計は午後4時をさしていた。
いつもより2時間早くの退勤。私は社員の後ろを通って出入り口を目指す。
このオフィスにも5年間の思い入れがある。最後に迷惑かけちゃったし。
ありがとうの感謝の一言くらい良いかな?
「今まで、ありがとうございました!!!」と私は心の中で叫んだ。
最後に目の中に映ったのは誰も私のことを気にも留めない、あまりにも無惨な情景だったことは無理矢理にでも気にはしなかった。
私は廊下を走り、エレベータに駆け込む。
エレベータの「1」と書かれたボタンを押すのに躊躇った手で私は、思いっきし、勢いよく「1」のボタンを押した。
ガクンと下に降りるエレベーターの間隔がすると、エレベータは沈み始める。
バイバイ。私の仕事場____________
職場を出ると、冬という事もあり太陽は赤く染まり、すっかり夕方となってしまった。
「はあ。これからどうしよう…」
私の通っている会社はビルが幾つも建っている都会の中央あたりに塔のように空へと伸びている。
この会社もそれなりに繁盛していたらしいが、今となっては関係ない。
「はあ、仕事、探さないとなー」
この後、何をするか迷った後、すぐ目に入ってきた商店街に私は足を運んだ。
「お!マナちゃん!!良い肉入ってるよ!!買ってく?」
まず、商店街に入って一番に声をかけられたのは行きつけのお肉屋さんだった。
お肉屋さんには「和牛カルビ、100g、250円!!」と書かれた売り文句がずらりと並べてあった。
以上に安いこのお肉屋さんにはいつも助けてもらっていて、すっかり私も常連の1人になっていたのだった。
「そうですね…どうしようかな…」
私はお肉屋さんの店主とは比べ物にならない位にドンヨリと落ち込んだ声で返事をした。
「マナちゃんどうしたん?なんか元気ないよお?」
「あ、すいません…今日、実は仕事をクビになってしまいまして…」
私は作り笑顔を貼り付けて店主に返事をした。
私は多分、今ひどい顔をしているんだろうな…
「だ、大丈夫かい!?仕事クビって…相当お金とかきついだろう?」
少し暗い声で店主は言った。
「ご、ごめんなさい…」
私は今まで閉じていた、もう済んだことを思い返してしまい、不意にその声が店主にまで届いていた。
「だ、大丈夫かい!?お肉タダであげるから元気だしな!!」
私はなぜか申し訳なくなってしまう。
「な、なんかすみません…」
私は暗い表情で言ったのかもしれない。
「いやいや!!困った時はお互い様とかいうだろう?とりあえず、家でなんか美味しいものでも食べな!!和牛ロースとかサービスするから!!」
ドンと出された肉は意外と大きく、自分1人では食べ切れないかもしれない。
「はあ…節約しなきゃなのに…」
ドッサリと今晩のおかずの入ったビニール袋を両手に抱えて私は呟いた。
すっかり夕方になり、日も沈みかけていた午後5時48分。
スマホの暗い画面にはメガネの下にクマを隠した、黒髪ショートヘアーの私の姿があった。
買いたかった物を全て買い揃え、私は人の流れに乗っ取り商店街の出口へと向かっていた。
商店街は人が行き交い、これから買い物をしようとする人。買い物を済ませたであろう人など、様々な表情が瞳の中に映る。
その表情の中で私は見覚えのある2つの表情があった。
ニコヤカな、とても、シアワセそうな表情。
「え?なんで…ここに?」
その表情とは、昔の高校生時代の親友、「ミオ」の幸せそうな表情、そして、私の元彼、「リュウイチ」の顔だった。私には見せてくれなかったあの顔。
ミオは隣でリュウイチと指を交差して手を繋いでいたミオの頬は赤く染まっていた。
気づくと私はなぜか走って逃げていた。
耳元で風を切る音が聞こえる。
リュウイチ、前まで好きだった人。恋人同士にまで発展した人。何度も何度もお金を貸してしまった人、挙句果てには一年前、用済みと言われ、あっさりと縁を切られた人。
彼に貸した金はいまだに帰ってこない。
その時、私は「ああ。利用されたんだな」と思った。
少し振り返ると、ミオは高級そうなカバンをぶら下げて、高級そうな上着を着ている。
もしかして…
だめだ。考えたくない。
私の稼いだお金って…
やめろ、考えるな…!!!
考えたくもない事なのに、頭のエンジンがフル回転で機能する。
「お前は必要ない。さっさと死ねよ、ブス!!!」
フラれる前、最後に聞いた彼の強い口調。
片目を少し半開きで、笑わないで言われたその言葉の針の痛みが今になって反芻する。
「はあ、はあ、はあ…」
いつの間にか止まってしまった足、動かそうとする気力も出ない。
「さっさと死ねよ、ブス!!!」
なぜだろう。今になって刺さった言葉が、
今になって蘇った言葉が、
今になって気づいた言葉が、
呪いのように、病気のように、私の体を蝕んでいる。
「お前は必要ない。」
本当にその通りなのかもしれない。
嫌だ!!認めたくない…!!!
仕事もできない私。利用するしか価値がない私。それどころか利用価値もなく、切り捨てられた私、この世にいて良いのだろうか?
上を見上げれば、綺麗な空が広がっていた。
生きる理由が欲しい…
いつの間にか、また足は動いていた…
風を切って、目の横から、涙が溢れる…
「私も、ああ成れたら、よかったのになあ…」そう思いながらも私は、両手の荷物のことなんか気にせずに、本気で何処かに逃げるように走っていった。
今日はホント、悲しい日だなぁ…
私って何なの?
自分に質問してみる。
私は必要とされていたか?
私は誰かの役に立てたか?
私は誰かに求められたか?
全てがNO。
なんにも出来ない奴は捨てられる。当然の報いだ。
そして、私は当然、そのなんも出来ない奴になってしまう。
認めたくないけど、それ以外の事実が見つからない。
なんも出来ない奴は、何も成せない奴は…何も行動できない奴は…
太陽が沈み、月が独り中に浮いていた8時23分。私は自分の住んでいるマンションにいつの間にか到着していた。
今日の1日のことがフラッシュバックする。
自分の顎に力が入り、奥歯がギシギシと音を立てる。
指先の爪が手のひらに食い込む。
「早く…今日は早く寝よう…」
私はその言葉を呟いて、マンションのロビーに向かう。
「あ…」
マンションのロビーを見ると、普段はいつも居ないはずの大家さんがなぜか、ロビーに置いてあるソファでくつろいでいた。
「はあ、嫌な運命だなー」
頬に手を当ててみても分かるくらい、目元には涙の後があった。これ以上、心配されるのも嫌だし私は階段で自分の部屋のある8階まで上ことを決意した。
非常口のライトが私を照らす。
コツン、コツンと靴が床を叩く音が響く。
何も考えない、何も考えない、何も…何でこうなったのかなぁ?
私、なんか悪いことしたかなぁ?
首に力を入れて、頭を上げると壁に「8」の文字が見えた。
早く、ベットに飛び込もう。全てを忘れてさ。
「え…誰…?」
階段を登り切り、冷たい風が吹く自分の家の前のマンション廊下で、私はその言葉を口から零した。
「808」と書かれた私の家の玄関扉、その扉の前に、1人の少女が目を瞑って扉に寄りかかっていた。
まるで人形かと思うような白い肌に白い髪の毛の姿、赤く風に揺られるワンピース。
全体を通して見る、その目を瞑っている少女はまるで、翼を失った天使のようだった。
私はその少女の美しさに見惚れていると私は現実に意識を戻す。
「ど、どうしよう…。起こさないと、だよね…」
私はその少女に歩み寄って雑に肩を揺らした。
「起きてくださーい。起きてー!」
「うう…ときゅのまおうう…」
「東京を舞う?まあ、いいや」
この少女が誰なのか、それは分からないが、どうやら一つだけ分かった事があった。多分この人はこのまま朝まで起きなさそうだ。
「どうしたらいいかなあ…」
黒く染まった夜の中、車がマンションを行き交う音だけが響き、凍える風が行き交う。
今日はとても寒い夜になりそうだ。
「はあ、とりあえず、家の中に連れて来ちゃったよ…」
もしかしたら、「誘拐」なんてことにもなってしまうのだろうか…
でも、こんなに足をそのまま露出した服装では風邪を引いてしまいそうなので、これはこれでよかったのかもしれない。
「明日になったら警察に預けに行くか?」
私の家はマンションの一室で、ベッドは一つしかない。
今日は多分、床で寝ることになるんだろうな…
私は先ほど自分のベットに運んだ少女の姿を見に行く。
部屋を区切る扉をそっと開けると、部屋の窓から月の光が差し込み、まるでどこかのお城で寝ているお嬢様のように静かに眠っていた。
「何度見ても綺麗だなぁ…」
この少女を見ているだけで、さっきまで荒れていた心が嘘のように落ち着いた気がする。
昼間のことを考えても、奥歯は音を上げないし、爪も自分の手のひらに食い込まない。
「みにゃあ…」
この人、寝言多いな…
やはりこの子には色々謎があるが、月明かりに照らされているこの名も知らない少女を見ていると、全てがどうでも良くなってくる。
「ねむぅ…そろそろ私も寝ようかな…おやすみなさい」
私はそう告げると、少女の眠っていたベットから離れた。
_________________ 0 _________________
「にゅうう…………ッハ!!!」
目を強く塞ぎたくなる様な光でわたしは目を覚ました。
「んな!?ここはどこだ!?!?」
周りを見渡すと、四方には壁、真上には白色の優しい色の天井。そして、本棚に一つの窓と部屋と部屋を区切るだけの扉。そして、この感触は多分だけど、ベットだろう。
何でここにいるんだ?そういえば昨日何をしていたんだっけ?
昨日の事を思い出そうとする。
ん?そういえば、わたしは昨日、何をしていた…?
自分の家は…自分の家とは?そんなのあったか?
もう一度、あたりを見回す。
遠くの方から何かが近づいてくる音がした。
「も、もしかして起きた!?」
その言葉を放ちながら区切るだけの扉は開いた。
「き、貴様!!貴様誰だ!!!」
わたしはベットから起き上がり、部屋の角に移動する。
「あはは…そんなに警戒しなくてもいいのに…」
メガネをかけて、黒い髪を下ろしたショートヘアーの女は両手を前に出して「落ち着いて…」と言った。
「わ、わたしの名前はマナ!足立真奈!その、あなたが私の家の前で寝ていたから、家の外に放っておくのもどうかな…って思って、私の家の中に入れたんだ!!」
マナと名乗った女は明るめの声で自己紹介をした。
「誘拐ではないだろうな!?」
だが、わたしはまだ、信じきれなかった。
「え?うん!!誘拐とかでは断じてないよ!!」
マナはにこやかに笑いながらもわたしに話を続けた。
「その、嫌だったら自分の家に帰ってもらって構わないよ!!」
笑顔の状態のまま、マナは言った。
「………貴様のこと、信じるぞ?」
わたしはそういうと、戦闘体制の状態から普通の姿勢に戻り、少し距離を置くも、歩み寄った。
マナはさっきよりも明るい表情で「ありがとう!!!」と言った。
「そういえば、あなたの名前聞いてなかったね。お名前、なんて言うの?」
マナがそういうとわたしはすぐさま、答えようとした。
したはずだ。
「え、えっとお…」
なぜか、なぜか名前が出てこない…
どう言うことだ!?なぜ出てこない!?わたしの名前…わたしの大事な人が付けてくれた名前!!
「お、思い出せない…」
「え!?ど、どういうこと!?」
マナはメガネ越しに目を大きく開き、わたしを見つめる。
「その、お、思い出せないんだ…名前どころか、今までの記憶が…昨日、何をしていたのかが、思い出せないんだ…」
空白を開けながらも言った言葉だった。
自分でも正直驚いてるが、それ以上にマナはわたしよりも驚いた様子で言う
「そ、それって記憶喪失ってこと!?!?」
「あ、ああ…そういうことだ…」
わたしは、溜め気味に放つ。
「そ、それじゃあ、なんか覚えていることとかある?記憶の中でさ!!」
「ちょっと待っててくれ、探してみる…」
わたしは記憶の中を探る。
でも…
「な、何もない…すまん…」
「あ、う、うん…でも、何か異常があるといけないし…今日、病院とか行ってみない?もしかしたら、何か分かるかも…」
「あ、ありがとう…」
時計の針が動く音だけが響く…
ん?時計?あ!!そうだ!!!
「ま、マナ!」
「ん?何?」
わたしは慎重にその言葉を言った。
「その…一つだけ思い出したことがあるんだ…」
わたしは恐る恐るそれを言うと、マナは当然、明るい声で
「え!?本当に!?」
「あ、ああ…その、時の魔王って、知ってるか?」
不意に浮かんできた時の魔王というワード。
これはなにを意味するかは特にまだわからないが、とりあえず言ってみることにした。
もしかしたら、希望があるかもしれない…その希望を信じてだ。
でも…
「え?いや、知らないけど…」
マナは、何それ?と言わんばかりの顔をしている。
「でも、時の魔王という単語がとても、わたしにとって重要な気がするんだ!!」
「それじゃあ、時の魔王が何か、調べるの手伝ってあげようか?」
「い、いいのか!?」
わたしは顔をマナに近づけた。
「ま、まあ、今日…というか、これから多分、暇でしかないだろうし…」
「ほ、本当に良いのか!?」
わたしはさらに顔を近づける。
「ま、まあまあ…」
そしてわたしは少しだけ、距離を置かれる。
「それじゃあ、とりあえず、病院に行こっか!もしかしたら何かあるかもしれないし!!」
「わかった!!それじゃあ、行こうじゃないか!!病院へ!!」
私と名の知れないこの少女はようやく、足を部屋の外へと踏み出した。
私は昨日、痛いほどに自分が必要とされていないことに気付かされた。昨日は本当に死んでしまおうか…なんて思っていた。
でも今、私はこの、記憶喪失の少女の手を引っ張っている。
私は今、必要とされている。昨日までの自分とは訳が違う。
昨日までの私の物語は終わったかもしれないけれど、また新たな物語が始まる!!!
わたしの新たな、ストーリーが!!!
『こうして物語はまた始まった。』
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