無限ループって怖くね

@ERGN7mMpryt3mfLffJ7mL

くりかえし

 ー


 怖い話というものはすべからく忘れらないものだと思っていました。忘れたいと願っても頭から離れず、思い出したくないと願ってもフラッシュバックする。だからこそ怖い話トラウマなのだと。


 ところが、この話を彼から聞いた後はその認識が変化しました。わたしにとって、それほど衝撃的な話でした。はじめてその話を聞いたのは、私たちが高校生の頃でした。


 ー


 高校最後のイベント修学旅行。私の通っていた高校は全体として大学進学の意識はなく、修学旅行は高校三年生の冬にありました。私たちにとって修学旅行は文字通りの意味でした。

 修学旅行そのものについて、特別なことは何もなかったので━━━私にとっては特別な記憶ですが━━━省略するとして、事件が起こっていたのはその日の夜です。

 今振り返れば旅行の内容自体は大したことないのですが、それでも私たちは興奮していました。さらに、旅館ではクラスの男子がまとまって一部屋で寝るのです。積もる話はいくらでもあります。当然、消灯時間だからと言って寝付けるはずがありません。見回りの先生に何度目かの注意を受けたのち私たちは怖い話をすることになりました。

 私も怖い話が載っている本の内容を幾らか改変したものを話したりしました。それでも興奮の熱は冷めず、しばらくすると怖い話も尽きてきました。沈黙が私たちに静寂な夜が訪れていたことを教えてくれました。


 そこで口を開いたのが彼でした。仮にWとでもしましょうか。Wは天才でしたが高校が家から近いという理由だけで、このあまり賢くない高校に進学してきました。

Wは記憶力が高く、一度読んだ教科書は完全に覚え、テストなんかで理由を問う問題に対して、教科書本文をそのまま書くので有名でした。ところでIQが20違うと会話が噛み合わないというのは本当なのでしょうか。少なくともWはクラスから少し浮いていました。

 故に私たちはWが怖い話に参加するとは思ってもいなかったので、Wが話し始めた時のことは印象に残っているのですが…


 ー


 私が中学生の頃、とある場所が話題にあがった。怖い話をする掲示板があるのだが、そこでの話題が学校にも広まった。


 複数の有名レビュアーがある心霊スポットに「行ってみる」と予告したことがあったが、彼らは揃って調査の結果や感想を述べることはなかった。他の話題の時その件について質問する人もいたが、レビュアーたちは言葉を濁した。


 加えて、怖い場所として紹介されているある場所について、「そこに行ってみる」という予告投稿とくらべて「行ってみた」という感想の投稿の比率が他の怖いスポット比べて圧倒的に少ない。計算してみると有言実行率とでも言うべきこの比率は標準偏差ばらつきが大きいものだったが、それでも有意水準を超えているの何かあるといえそう

 わずかにある感想の投稿も、実際には行かずに"かたる"人を考慮すると、実際に行った人の投稿は極端に少ないか、もしかするとゼロと予想する人もいた。


 だからこそ話題になったのだ。


 その場所について元々言われていた「いわく」よりも、実はもっと恐ろしいことがあるのではないかとも予想されていた。


 レビュアーが言葉を濁したことでその場所へ訪れることへのハードルが先送下がった。

 ほとんど確実に怖い体験ができるし、無事に帰って来れるのだ。

 その話がネットから学校へと広まってその場所は一躍有名になった。そして私は友達と一緒にその場所に行くことにしたんだ。


 ー


 そこまで話して、Wは一息つきました。ここからクライマックスといったところでしょうか。

 とはいえ私の意識は朦朧としていました。彼が話し始めるまでの、しばしの沈黙に引っ張られて眠気が襲いかかってきていたためです。

 彼はきっと再び話し始めたのだろうけど、それを聞くことはあたわずに眠りに落ちてしまいました。


 …


 翌日、バスでの移動時、私は昨日のWの話が気になって、隣に座る友達にどんな話だったのか続きを聞きました。


 瞬間、友達は言葉を失いました。そしてしばらくして、こう言いのけました。


 「あれ?Wって昨日参加したっけ?」


 隣に座る友達は怪談に最後まで参加したと言い張っているが、もしかしたら、途中寝てしまったのかもと思い、前後の人に話を聞くもやはり、皆揃って「知らない」という。

 たしかに、昨日のことなど覚えていない可能性もあるでしょう。わたしだって昨日の最初の怪談は何だったかと問われてもわかりません。それでも、誰が参加したかぐらいは覚えているはずです。そしてWが参加したことは印象的でした。

 昨日確かにWは語りました。私は自分の記憶が間違っていると考えられず、Wに直接聞くことにしました。彼が証言したら流石に信じてくれるだろうし、話の続きも聞けるしちょうど良い。それに、もしもWが話していないのだとすればそれはそれで怪談としては大成功です。参加していない人が怪談に参加する。それが体験できたのだと思えばプラスでしょう。そんなことを考えていると、いつの間にか Wの怪談についての話は流れ、別の話題に移っていました。


 ...


 バスから降りて到着した つまらない博物館を無視して、Wに話しかけました。


 「あのさ、ちょっと質問なんだけど。いいかな?」

 「ん?どうしたの」

 「昨日、怖い話をしてくれたよね?」


 W


 「うん。したよ。覚えてるの?」


 まわりの友達も驚いています。


 「みんな覚えていないからさ。僕が嘘ついてるみたいになっちゃって。確認したかったんだ」


 私は続けました。


 「実は昨日は君の話の途中で寝ちゃって。だから続きを教えて欲しいなと思って」


 W、再び話し始めた、はずです。


 その時の私は、一体何を聞いたのか。確かに話を聞いたはずだけど、きっと忘れてる。


 ー


 ここまでが高校生の時に経験したものです。

 その後再び、その怪談について思い出したのは高校を卒業した後で、もはや彼に話を聞く術はないと思っていました。

 しかし、偶然にも大学院生の時、Wと一緒する時がありました。

 私はあまり頭がいい方ではないのですが、私の能力からすれば数段レベルの上の大学に面接と小論文で運よく入学することができました。そしてそのまま同じ大学の大学院に進学出来ました。

 そこに彼がいたのです。彼は研究のためわざわざ低いレベルの大学院に進学したらしいのです。

 天才のすることはわかりませんが、例の怖い話について再び聞くことができるチャンスであることに違いありません。


 ー


 Wにここまでの経緯と正直に また忘れてしまったことを告げました。そして、その話を覚えていたら もう一度教えてほしいと。


 Wは驚きつつ、しかし快諾してくれました。私たちはそのまま近くのカフェに入り、コーヒーが届いてから彼が話し始めました。諸事情で場所は教えられないと前置きして。


 ー


 深夜。私は友達たちと例の場所にいった。とても暗い。そこは大した場所ではなかった。たしかにある程度は怖いが、それは暗いことに起因するものであって、その場所の"いわく"のせいだとはとても思えない。これなら、遊園地にあるお化け屋敷の方がこわいと思った。

 ところがしばらく進んで、道の途中、友達1人が気分が悪いと帰りたいと言い出した。やはり怖かったのだろう、それに便乗して一緒に帰った友達もいた。彼らは付き添いという大義名分を得たのだ。彼ら三人は身を寄せ合って今来た道を戻って行った。

 そんなアクシデントに見舞われた私達のテンションがしばらくの間は下がったが長続きもしなかった。心霊現象も起きない普通の道を歩き続けるのに飽きたのです。そして誰かが学校での話を始めると今さっきまでの空気が嘘のように盛り上がりました。深夜テンションというのもあるのだろうが、恐怖を紛らわせるという気持ちもあったのだろう。

 いよいよ話題も尽きた。終着点に付くかどうかという頃だった。なんとも都合が良いのか悪いのか。いずれにせよ。私達はそのゴールを静寂とともに迎えることになった。しかし、そこには何もなかったのだ。骸骨や凶器はもちろん、小さい子屋、地蔵、あるいは単に石が積み上げられてるだけであってもその時の私達は何らかの意味を見出し恐怖するだろう。そんな小さなケチさえつけれないほどに何もない普通の場所だったのだ。

 これでは有名レビュアーたちもコメントのしようがなかったのかもしれいない。

 帰り道も何もなかった。もはや私達が感じているのは恐怖ではなく疲労と退屈だ。この場所はハズレだった。先送りしていた結論を出すことになった。もはや途中で帰宅した彼らが羨ましい。


 昨日訪れた心霊スポットはハズレだった。そうであっても話題にはなる。翌日、学校で途中帰宅した友達に昨日の体験を話そうとしたら、俺と一緒に最後までいた友達は全員が忘れていた。たしかに怖くなかったが、それでもたった一夜で忘れてしまうはずがない。夜遅く未知の場所に子供だけで行く。怪異現象こそ起きなかったが、そんな体験を忘れるはずがない。

 例の場所に行ったことをそれなりに問い詰めても、友達は覚えている素振りすら見せない。でも例の場所の近くで寄ったコンビニのレシートは残ってるし、待ち合わせのための通話履歴もある。証拠はある。俺と途中帰宅した三人が夢を見ているわけではない。しかしみんな覚えてない。

 だからきっとそこには、人の夢を食べるバクのような、人の記憶を奪う何かがいるんだと思った。翌朝、確かにそこに訪れた証拠いくつかを携えて登校する。その考察を話そうとするも友達は前日に問い詰めたことも忘れてしまっていた。問い詰められた友達については言わずもがな、だ。


 一体何が原因で忘れるのかを調査することにした。友達に話しかけたことを覚えていないなら、その中に原因があるはずだと。いくつか条件を変えて実験した。ある人には録音を聞かせてみたり、別の人には一部を改変してみたりした。

 結果として、場所について発言したことが問題だと分かった。

 もしかしたら、君が覚えてないのは、私がその場所の名を発してしまったからかもしれない。


 ー


 「『そこには何もなかった』そういったけど、本当のところはわからない。もしかしたら私もも忘れているだけかもしれない」


 そう言ってWは話を終わらせました。


 私は言葉を失いました。

 そして同時に、私の友達がWの怪談を覚えていない理由を知りました。


 怖いもの見たさという欲求を満たすのに、怪談は最適です。自身は安全なところから恐怖を感じることができるのですから。また、話し手を間に挟みますので、どうしても怖くなれば、その話が嘘だと思い込むことで恐怖を軽減することができます。

 しかし、私は期せずして、怖い体験談を聞きながら同時に経験していました。

 私に恐怖を受け流す術はなく、全身が鳥肌立ちました。


 ー


 皆さんの中には、怖い話が好きで実際に事件や事故のあった場所に行ったことがある人もいるかもしれません。とはいえ、何も起こらなかったことも大いにあるでしょう。情報が間違っていたり、運がなかったり。


 しかし、本当は体験しているのかもしてません。あなたが覚えていないだけで。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無限ループって怖くね @ERGN7mMpryt3mfLffJ7mL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画