第6話

「なー日暮、朝陽と出かけたって本当?」

 学校に着き1時限目の準備をしているとクラスメイトの1人に話しかけられた。

 確かこいつは朝陽と同じグループでつるんでいる……名前はなんだったか。

 さりげなく教室を見回すと、東雲はまだ来ていない。向こうのグループと目が合った。中心にいる男が目を逸らし周りとコソコソ言い合っている。

 ああ。

「おおかた、東雲に好意を寄せているあいつが聞いて来いって言った感じか?」

 クラスメイトはきょとんとして視線を宙にさまよわせ、ニヤリと笑った。

「そんなとこ。話が早くて助かるよ。付き合ってるんじゃないかとかな」

 やはりそうか。

 東雲はクラスの中心のグループにいて、みんなから慕われている。

 そのため俺みたいな人間と話していることもましてやどこかへ出かけたという事実も、好意を寄せている側からすればたまったもんじゃないのだろうな。

「出かけたけどお前らが心配することなんて何もないよ。俺は東雲に対して恋愛感情はないし東雲もそうだ。ただ趣味が同じなだけのただのクラスメイトだ」

 止めていた手をまた動かし始め、もう話すつもりは無いという意思表示をする。


 それがな、とクラスメイトは続けた。

「あいつ、朝陽に告白したんだよ」

「え?」

 弾かれたように顔を上げると、相変わらずニヤリとしたクラスメイトと目が合う。

「朝陽は誰とも付き合う気がないってさ。第一、小説を書いてるなんてってバカにしてきたくせに私のこと好きなんて嘘じゃない!って言われたってよ。まー、あいつはその場で冗談風に言ってたけど朝陽のこと結構怒らせちゃって。だから誰とも付き合う気がないなんて言って日暮と仲良くしてるのが気に食わないんだろうよ」

「……ぶっちゃけ恋愛感情に巻き込まないでほしいよ。そんな理由で疎まれるのは心外だ」

「お、言うねぇ。……俺、日暮のこと勘違いしてたかも。いっつも下向いて暗い顔して、誰とも話さないから怖いやつなのかと思ってた。全然そんなことねぇじゃん!俺こう見えて小説読むんだけど朝陽の小説は読ませてもらってるんだ。日暮の小説気になるわ、今持ってね?読ませてくれよ!」

 グイグイ来るなぁ、こいつ。

 でも良い機会なのかもしれない。今まで限られた人間にしか読んでもらってなかった小説を、全く違うジャンルの人間に読んでもらい感想を貰えたら。

 魔が差した、と言うべきか。

「……いいよ」

 以前書いた短めの小説を取り出す。題名を指でなぞり深呼吸をする。手は少しだけ震えていた。

 緊張、しているのか。

「誰にも見せないでくれるなら返すのはいつでもいい。……良ければその時に感想でも聞かせてほしい」

 クラスメイトはきゅっと顔を引き締め手を出した。

「わかった。ありがと!大事に読ませてもらいます!……あ、俺の名前!和泉だよ」

 思っているより丁寧に受け取ったクラスメイトはじゃあ、と言って自分の席へ戻り大切そうに鞄に閉まった。

 そしてグループに戻り、いつもと同じ顔で楽しげに話す。


「みんなおはよ!」

 元気で爽やかな声が聞こえた。東雲が登校してきた。机に鞄を置き、教科書、ペンケースを取り出し鞄は横へ。よし、と小さな声で言いグループへ加わる。

 最初からそこにいたかのように自然な溶け込み方をしてコロコロと笑う。

 先程のこともあってかぼーっと東雲のことを追ってしまう。

 ふとこちらを見た東雲とバチッと目が合ってしまった。

 おはよ、と口パクで言いにっと笑う。控えめに手をあげてそれに答えると、後ろの東雲に好意を寄せている男がじろりとこちらを睨む。

 頼むから余計なことをしないでくれ。

 ガラッと前の扉が開き、担任が入ってくるとぞろぞろと席へ戻っていく。

 朝のホームルームが始まり、ほっとため息をついた。


「……っていうのを朝聞いたんだけど」

 さすがに聞いてしまったことを隠しておくのは不誠実だと思い、昼休みに飲み物を買おうと外に出た東雲に伝える。

「……そうだったんだ」

 ガコンっ。

 いつも飲む強炭酸のサイダーを自販機から取り出し、両手で大事そうに抱える。

 そしてこちらに向き、大きく息を吸い大袈裟に身振り手振りを加えて話す。

「だってあいつ!『小説を書いてるところはちょっと変だと思うけどまあ、辞めてくれるなら付き合ってもいい』……なんて上から目線で言うの!

 小説を書いてない私なんて私じゃないのに、それって本当に私が好きなの?って問い詰めて断っちゃった。

 ……好いてくれることはありがたいって思うよ。でもさ、私の好きな事否定してそれ辞めたら付き合うなんて、丸ごと愛せよ!って思っちゃうんだよね。それ私の事好きなんじゃないでしょって思っちゃうよ」

 変なのかなぁ。

 ぽつりとそう言った東雲は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「……わからないけど、それでこそ東雲って感じだ」

「それもそうだね。……あっ、それより和泉くんに短編読んでもらうんだって?さっきこっそり和泉くんが教えてくれたんだ。私結構読んでもらってるんだけど色々な人から感想貰えるのって良いよ!」

「いい刺激になると思って。初めてなんだ、親と東雲と夕凪さん以外には見せたことなかったから」

 少し緊張したよ、と言うと東雲は笑った。

「感想貰えるの楽しみだね」

 そうだ。緊張もしているが楽しみでもあるのだ。俺とあまり仲良くない人間から貰う率直な意見を楽しみにしている。

 そしてこれを機に他人と少しだけ関われたら。

 

……なんてことを思ったから、バチが当たったのかもしれない。

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