第5話
美術館を出て歩いて少し行ったところにあるダムに移動した。
夕凪さんのお願いを果たすために景色の写真をたくさん撮る。
「夜鷹、撮るだけじゃなくてちゃんと見なね」
少し前を歩く東雲は晴れやかな表情で笑った。
ダムは涼しく先程までの空気をすうっと入れ替えてくれるような、そんな気がした。
「夕凪さんにお土産買っていこうか」
「お土産屋さんのお饅頭が美味しいんだって!行こう!」
本当に楽しそうに笑うからこっちまで思わず顔が綻んでしまう。
パシャ。
気づいたら東雲の笑顔を写真に収めていた。
「あ、ちょっと〜。……可愛く撮ってよ?」
わざとらしくむすっとした顔を作りその後すぐに笑ってポーズを取った東雲はキラキラとしていた。
東雲が入っているのも合わせてざっと60枚ほど。これだけ撮れば十分だろうかとカメラをしまい、お土産屋さんに向かった。
自分たちの分と夕凪さんの分、いつもお世話になっている常連さん達へ買いその場を後にしようとした。
「……あれって」
建物の裏に細い道が出来ている。
看板は朽ち果てていて見づらかった。
「……、」
「夜鷹?行くよ〜!」
少し遠くで東雲が呼んでいる。
「ああ、すぐ行く」
また後で調べればいいか、とその場を後にした。
電車に乗り込み向かい合って座る。
「……楽しかったな」
窓の外をぼうっと眺めながら少し眠たげな東雲が呟いた。
「ねえ夜鷹、この間のコンクールで私が出した小説、読んでみない?」
急な提案に少し驚く。
「……いいよ」
ぱあっと顔が明るくなり、いそいそと冊子を取り出す。
いつからだったか。東雲の小説を俺は読めなくなっていた。断っていた。
自分のダメさを自覚している上に追い討ちをかけられるような気がして読めなかった。
「日暮夜鷹さん。よろしくお願いします」
改まって渡される。少しだけ顔が強ばっていた。
「……こちらこそ」
「私は……寝てもいい?着く前に起こしてね」
そう言ってまた外を眺めていた。
深呼吸をしてページを開く。
ガタンっ。
列車が揺れて我に返る。
手には気づいたら読み終わっていた東雲の小説がある。読み終わってからしばらく小説の世界から戻ってこられなかった。
やはり東雲朝陽はすごい。
心理描写が緻密で、自分が主人公になったような感覚さえ覚える小説の中で、この短時間で長い長い旅を、人生を生きていた。
自分の感情まで主人公に持っていかれ、上書きされてしまうような。
そして何より、読んでいて。
「……楽しかった」
目の前にいる東雲を見る。
長い睫毛を伏せ、すやすやと眠る彼女を西日が照らしていた。
「敵わないな」
この間のコンクール、自分の作品がいかに幼かったかを自覚した。
取って張りつけたような心理描写では没入できる小説にはならない。
もっとちゃんと勉強しなければ。
「……ん」
東雲がゆっくり目を開けた。
「東雲、読み終わった。すごく、楽しい小説だった」
何か言いたげだが上手く言葉にならないのか、まだ意識がはっきりとしていないのかほわほわとした表情で笑う。
「よかったぁ。私、楽しい小説書くのが楽しいの。夜鷹が楽しかったなら、嬉しい」
電車がゆっくりと速度を落とし、ホームに入っていく。
「また行こうか、今度は全部終わったら」
「うん!今日はありがとう。また学校でね」
東雲を家まで見送り、家までゆっくり歩く。
今回はたくさんの収穫があった。
自分の未熟さもしっかりと自覚して受け止められる。
頑張ろう。素直にそう思えた。
最近身体を動かしてなかったからだろうか、身体が重だるい。
背伸びをして空を見上げる。半月より少し大きい月が光り輝いていた。
今日はよく眠れそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます