第4話
「ついた~!」
バスと電車に揺られて約二時間。どうしてこんな所にいるかというと。
時は一日前に遡る。
あれから数日。今日は[CALM]での作業。
「夜鷹、これ知り合いから貰ったんだけど一緒に行かない?」
ひたすら文字を打ち込んでいると、タイミングを伺うようにそっと話しかけられた。パソコンから目を離し顔を上げると、満面の笑みで『招待券』と書かれた紙を突き出した東雲と目が合う。
「どこの招待券?」
「美術館!ほら、ここ小さいころ学校行事で行かなかった?身体が不自由になった彼が口で詩と絵を始めてっていう……」
ああ、と頷く。
当時、幼い自分には理解しきれず、もやもやとしたまま帰ったそこで、今回は展示スペースに彼の作品とコンテストの入賞者の作品も展示されるらしい。
今行けば感じ方も違って理解できるのだろうか。少し遠いためこんな機会でもないときっと行かないだろう。
でも。
「悪い、俺はコンクールの準備しなくちゃいけないから今回はいいや」
「あら、行けばいいじゃない。息抜きしたほうが執筆も進むのよ」
お客さんが落ち着いたのかカウンターのほうに戻ってきた夕凪さんが話に加わる。
「私、残りのネタ集めのために行きたいんだ。小説も読んでないしずっと自分との対話しかしてないから外からの刺激が欲しいんだよね。でも一人だと親がちょっと許してくれなくてさ。夜鷹がいるならいいって」
東雲は執筆中に本を読まない。「他の作者さんの小説を読んじゃうと自分の言葉じゃなくなっちゃうんだよね」とのことだ。
というかおい待て。
「俺ならいいって、他のクラスの誰かを誘えばよかっただろう?」
「夜鷹がいいの」
真面目な顔でこちらを見てくる。だからそういう目で見られるの弱いんだって。
「夜鷹くん、近くにダムがあって、そこが結構景色いいんだよ。朝陽ちゃん、私のことも誘ってくれたんだけどカフェ開けないとだからさ、写真撮ってきてほしいな」
外堀から埋められていく。
「……はぁ。分かりましたよ。行きます。……東雲、いつ行くんだ?」
「明日」
「明日!?」
ちょっと待て。いくらなんでも急すぎるだろう?
「早い方が夜鷹もいいでしょう?楽しみだね、明日九時にバス停集合ね!」
半ば強引に時間を伝えて、東雲は帰る支度をする。
「じゃあ明日よろしく!夕凪さん、また来ますね!ごちそうさまでした〜!」
カフェにそぐわないほどの大きな声で元気よく帰って行った。
「うるさくしてすみません……。」
周りの人が微笑みながらこちらを見ているのがいたたまれなくなり、思わず謝罪の言葉を口にする。
ここの常連さんは温かい。
俺が小さい頃から通い慣れ親しんだここでは、俺も東雲も孫や自分の子のように可愛がってもらっている。
「実は東雲ちゃんね。夜鷹くんがずっと根詰めて書いてるから息抜きしてほしい〜って、相談されてたのよ」
夕凪さんがにこにことしながら言う。
そんなことだろうとは思った。
最近の俺は確かに傍から見たら危うい雰囲気を醸し出していただろう。
「気を遣って俺を誘ってくれたんじゃないかってなんとなくは。……そんなんじゃダメですね、僕」
「でも資料集めたいのも外からの刺激が欲しいのもきっと本当よ。楽しんできてね。あとこれ」
手渡されたのはクーポン券だった。
「もう期限まで何日もないから二人で好きに使って」
「ありがとうございます」
渡されたクーポン券を大事にしまい、お金を払って店を出た。
そんなこんなで到着した美術館はあまり人がおらず、回るのにはちょうど良さそうだ。
「緊張するかも」
隣でぽつりと呟いた東雲を横目で見る。
東雲はえんじ色のワンピースに赤い花の髪飾りをつけている。
化粧をした桃色の唇が少し震えていた。
「……行くか」
目を逸らして声をかける。受付に行き、招待券を渡し中へ入る。
中は薄暗く、作品にスポットライトが当たりぼうっと浮き上がって見えた。
通常の展示から順番に見ていこうと決め、それぞれ自分のペースで眺め始める。
ふと一つの作品が目に止まった。
思わず立ち止まってしまう。
この作品から目が離せないでいる。
「夜鷹」
凛とした声が響く。
はっとして振り向くと、少し涙ぐんだ東雲と目が合った。
「私、この作品好きだな。苦しみも悲しみも全部背負って前を向く感じが伝わってきて」
ハンカチで涙を拭って掌でパタパタと仰ぐ。
そうだ。この作品からは生きることへの力強さを感じる。
昔とは違う。ちゃんと感じることが出来る。
「東雲、俺……来てよかった。誘ってくれてありがとう」
「うん」
それからは作品を眺めては感想を言い合い、2周ほどしたところで次の所へ移動することにした。
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