第3話
「……こんなんじゃダメだ」
削除キーを長押しして書いたものをすべて消す。
書けない。
コンクールの話をもらってから自室でパソコンと向き合い、プロットを何度書いても納得がいかず、未だ一文字も構築できていない。
「魂を込めた作品ってなんだよ……」
自分が引っかかっているのはそこなのだ。
自分の作品は普段、[CALM] や自室でパソコンに向き合いひたすら打ち込む。
東雲は逆でいろいろな場所に行き何を見て自分がどう感じたかを大切にし、自分のすべてを落とし込む。
どちらに魂がこもっているか、だれが見ても明らかだった。
「少し休憩するか」
伸びをして時計を見ると、時刻は二十三時を回っていた。
もう五時間近くも画面と睨めっこしていたのに何一つ進まないことに絶望を覚える。
何か温かいものをを飲もうと自室から出て階段を降りた。
「あ、夜鷹。終わったの?」
足音で気づいたのか母親がこちらに向いて話しかけてきた。
「いや、休憩にと思って」
「そう、ちょっと待ってて」
そういうとマグカップにさっと粉をいれ、ポットからお湯を注ぐ。甘い香りがほわっと鼻を擽る。
「今日はお父さんまだかかるみたい」
はいどうぞ、と差し出され素直に受け取る。
ココアだった。ふーっと息を吹きかけ一口飲む。
「ごめん。普段コーヒー飲んでるの知ってるんだけど、もうこんな時間だし、今日はココアでね」
「ありがとう」
「コンクール、出すんだってね。この間夕凪ちゃんから聞いたよ。朝陽ちゃんも書いてるんだって」
母親は夕凪さんの学生時代の先輩で、当時から仲が良く、たまに喫茶店にも行っているらしい。
「これで本当に最後にしようと思ってるよ。本当はこの間のコンクールで終わりのはずだったんだけど」
「いいじゃない。私は辞めなくてもいいと思ってるわよ。……まあ、夜鷹が苦しいなら無理に続ける必要はないとも思っているけれどね。苦しくならないような書き方ができるようになれるといいと思うわ」
母親はずっと俺のやりたいことを尊重してくれている。初めて小説を書きたいと話した時も嬉しそうに話を聞いてくれ、小説家の夕凪さんを紹介してくれた。東雲も小説を書いているんだと話した時も[CALM]に一緒に来ればいいと仲間ができたことを喜んでくれた。
「母さん。俺が小説を書くこと、才能がないのに続けてたこと、全部尊重してずっとやらせてくれてありがとう」
「なによいきなり。夜鷹は自己肯定感が低いのよね。みんな言っているでしょう?貴方の小説はちゃんと面白いわよ。賞を取るのが全てではないわ。……っと、もう遅いし今日は寝なさい。明日も学校でしょう?」
マグカップを洗い母親におやすみ、と声をかけ自室へ戻る。
時刻は零時を回っていた。
部屋の中にはその他の音を取られてしまったように時計の音だけが鳴り響いていた。
「自己肯定感か……」
自分は自己肯定感が低いほうだと自覚はある。しかし才能がないことも話が面白くないこともすべて事実であるから自信など持てるはずがないのだ。
東雲はよく言う。「好きだから書くのだ」と。しかし俺は思うのだ。
好きだから書くんだったら、賞になんか出さなくても、誰かに見せなくてもいいだろう。
ひたすら自分の中だけで書き続け、誰にも見せずに自己満足で終わらせる。それだけでいいはずなんだ。
才能がないから、自信がないから、賞を取って認められたい。
それはきっと、ただの承認欲求だ。
「……我ながらみっともないな」
自分の感情を分解して咀嚼するのはとてもむず痒く、みっともない感情に苛まれるためとても嫌になる。
再び、机に座りパソコンに向き合う。
スリープモードから解除すると薄暗い部屋に一つも進んでいない画面が浮き上がり、思わず目を細めてしまった。
このままでは間に合わない。
まだジャンルもテーマも決めていない。
とにかく進めなければという焦燥感から見切り発車で書き始めたものの、結果はこのざまだ。
「本当に俺は……」
頭を抱えて机に突っ伏す。
頑張らないといけない。早く書き終えて添削して完璧な状態でコンクールに出して、せめて入賞しなければ、自分の価値はない。
そうやっていつまでも自分を責め続けても何も解決しないのに、ぐるぐると思考が止まらない。
今日はもう無理だろう。
パソコンの電源を落とし、布団に入る。
時刻はもう一時に近づいていた。
早く寝ようと目を瞑るがまだ少しも進んでいない小説のことが気がかりでなかなか寝付けなかった。
スマートフォンのメモ帳を開き過去に集めた今回のコンクールに使えそうなネタを探す。
そうしてさらに目は冴え、寝ることもできず、夢も見れずに夜は明けていくのだった。
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