第17話 父の意外な一面


「あの……ちょっと、竹中さんならどうするか聞きたいんですけど……」


 いつになく神妙な面持ちで黒田がそう切り出した。

 ただ事では無い雰囲気に、俺は一度アイスコーヒーの入ったグラスを置く。


「なんだ。どうした」

「……少し長くなるんですけど、大丈夫ですか?」

「良いよ」

「……前に、ウチの父の話をした事ありましたよね?」

「黒田のお父さん?……あぁ、無口なんだっけ?」

「はい。基本的に『お早う』『行ってきます』『ただいま』『お休み』『そうか』しか言わないNPCなんですけど」

「実の父親をNPC扱いするんじゃねぇよ」

「その父に、最近自我が生まれて……」

「元から親父さんには自我があるだろ」

「この間『コミパに出たい』って言い出して……」

「あん?“コミパ”?」


 話のトーンと似つかわしくない、意外な単語に俺は思わず聞き返した。

 コミパとは年に2回開かれるオタクの祭典だ。よくは知らないが、開催時期になると、ニュースでアニメキャラのコスプレをした人達の特集が組まれているのを見る。なんでもスゲー数の人が集まるらしい。


「コミパって、あのオタクが集まる、コスプレのヤツ?」

「はい。お盆と年末にお台場でやるアレです」

「その……『出たい』っていうのは?」

「『コスプレイヤーとして出たい』そうです」

「あぁ……良いんじゃねぇの……?」


 ちょっと拍子抜けしつつそう答えると、黒田は眉間に皺を寄せ


「……父がやるキャラが“葬儀屋のフリーレン”の主人公でもですか?」


と静かに言った。


「……あの漫画の主人公って……」

「はい、女性です。つまり女装です」

「………そうか……」


 俺は一度、話を変える事にした。


「その……親父さんは元々オタクだったのか?」

「いいえ、まったく。ちょっと前に葬儀屋のフリーレンのアニメを観てオタクになったそうです。あのアニメ、サタローの後にやってたでしょ?映画を観た流れでアニメも観てハマった、と」

「なるほど……俺もちょっと観た事あるけど、あのアニメ、映像とか凄かったモンな……でも、なんでコスプレ?」

「……『主人公の副社長が大好きで、本人になりたいと思った』と、父は言ってました」

「おぉ……。……それってさ、ヒンメル社長の方じゃ駄目なのか?」

「俺も言いました。ですが、父曰く『俺が社長をやるには荷が重すぎる』と」

「見た目10代女子の副社長の方がハードル高い気がするけどな……」

「コミパ用に作った衣装も見せてもらったんです」

「『作った』?!!」

「はい。既製品と見紛う位、ちゃんとした出来でした」

「それは凄いな……」

「……本人は、来週開催される夏のコミパに出るつもりだったみたいなんですけど、ネットで調べたら【初心者は、夏はキツ過ぎるから避けた方が良い】との事だったんで止めました。」

「熱中症になったら大変だもんな……」

「でも結局、冬のコミパまで問題を先送りにしただけっていうか……。竹中さんならどうします?止めます?それとも行かせてあげます?」


 黒田が迷子になった子供のような顔で、こちらを見つめてきた。


「……俺なら止めない。」


 そう答えると、目の前の男はハッと息を飲んだ。


「親父さんには親父さんの人生がある訳だし、お前の気持ちで止めちゃいけないと思う」

「でも……俺、嫌ですよ……!父さんが、ツブヤーク辺りで『ジジイがフリーレンやってるwww』とか言われて晒されるの……」

「本人はそれも覚悟の上で、フリーレンの格好しようとしてるんじゃねぇの?」

「……………」

「お前だけは『よくこれだけのモノ作ったね。似合う。』って言ってやれよ。だって、既製品と間違える位の出来なんだろ?それだけ本気って事じゃん」

「…………はい」

「じゃあ、邪魔しちゃいけねーよ」

「…………そうですね」


 黒田は渋々だが頷いて、オレンジジュースを一口飲んだ。


「そう言えば。お前のお母さんは親父さんのコスプレについて、何て言ってるんだ?」


 俺は先程から気になっていた事を黒田に訊いてみた。


「母は特には……。『行くならカメラマンやるわよ』とは言ってましたね」

「お母さん肝座ってんな」


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