第12話 アフリカの風


「おっ、竹中さん。ハンバーグカレーですって」


 黒田がメニュー表の新メニューを指差しながら「アンタ、好きでしょ」と言った。

 値段を見た俺は「おぉ……」としか言えなかった。


「?どうしたんですか?」

「いやいや……俺、今日はポテトとドリンクバーだけにしよっかな~……あんま腹減ってないし」


 現在、中身が大分寂しい財布を思いながらそう言うと、目の前の男はジトッとした目でこちらを見つめ「アンタ、また競馬でスったんでしょ」と呆れたように言った。


「競馬じゃねぇよ!パチだよ!」

「結局ギャンブルじゃないですか……くだらない……」


 黒田は『やれやれ』といった態度で、メニュー表に再び目を落とした。


「くだらなくねぇよ!俺は夢と希望を金で買ったんだよ!」

「でも手元には何も残らなかったと……」

「ちがっ……途中まで勝ってたんだよ……!」


 そう勝ってたのだ。その日は7のつく日で、且つ新台。『これは勝ち確だろ』と意気揚々と打ちに行き、実際勝ってた。……から、欲が出てしまった。


「……あそこで止めてりゃあ、今頃ハンバーグカレーどころか、リブステーキが頼めてたんだよ……!」

「知らないですよ」

「あー……諸行無常……」


 あの時の悔しさがぶり返して、机に突っ伏すと頭上から


「竹中さん、ギャンブル以外の趣味見つけた方が良いですよ」


と至極真っ当な意見をぶつけられた。


「ギャンブル以外の趣味って?」


 やや不貞腐れて訊いてみれば


「楽器とか始めたらどうですか?」


なんて返ってきた。


「楽器~?無理無理。俺、鍵盤ハーモニカですら上手く弾けなかったから無理」

「鍵盤ハーモニカは無理でも別の楽器なら出来るかもしれないでしょ」

「例えば?」

「ギターはどうです?」

「絶対難しいだろ。皆、Aマイナーだかなんだかで躓くっていうじゃん」

「それ乗り越えたら、好きな曲を弾けるようになるんじゃないですか?」

「良いよ~……大体ギターってたけーし。もっと金掛からねー事が良いわ」

「……あっ。じゃあ、カリンバなんてどうです?5000円位で買えますよ?」

「“カリンバ”?何それ?」


 初めて聞く単語に聞き返すと、黒田は妙にウキウキとしながら


「アフリカの楽器です。持ち運びにも便利なんですよ」


と言い、リュックからポーチを取り出した。


「これがカリンバです」


 そう言ってポーチから、中央に丸い穴の空いた四角い木の箱に、鉄の板が複数枚乗った“カリンバ”を出し、机の上に置いた。

 置いた拍子に“コーン”という音が響いた。


「……えっ?お前、持ち歩いてんの?」

「はい。半年前位から始めて」

「半年っ?!!そんなやってんの!?」

「はい。中々面白いですよ」

「いや……つーか、言えよ。カリンバ始めた事。話題になるだろうが」

「?でも特に訊かれなかったんで……」

「普通訊かねーだろ!自己申告してこいよ!」


 俺はアフリカの謎の楽器“カリンバ”をまじまじと見た。

何これ?ちっちゃい鉄琴?


「店内なんで今は弾けないですけど、基本的に親指の爪先でこの銀の板を叩くんです」

「へぇ……」

「ドレミの順番がちょっと独特なんで覚えるまでは戸惑いますけど、慣れれば簡単ですよ」

「でもこれ……ちょっと鍵盤ハーモニカに系統近くない?」

「あぁ。カリンバは別名“親指ピアノ”って呼ばれてますからね」

「じゃあ、俺弾けねぇじゃねぇか」



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