第10話 感動体験


 「最近、感動した事があって」なんて、珍しく興奮気味に黒田が言った。

 俺はアイスティーにガムシロップを入れながら、最近始まったリヨン五輪の話かなとぼんやり考える。


「何?柔道とか?」

「は?柔道?」

「あっ、リヨン五輪の話じゃないの?」

「違います。そうめんです。」

「そうめん?!」


 意外な話題に思わず聞き返してしまった。


「えっ?そうめんで感動?」

「……実は俺、恥ずかしながら今まで伊勢の糸食べた事無かったんですよ」

「おぉ……まぁ、相場より高いもんな。でも、珍しいな。一回も食った事無かったのか?」

「記憶に無いですね。そもそも母がそうめん好きじゃないみたいで、そうめん自体食卓にあんまり上がらなかったんです」

「なるほど」

「それで。この間、贈答用の伊勢の糸を実家から送って貰ったんですよ。なんかお中元で貰ったらしくて」

「おぉ。贈答用って高級品のその又上じゃん」

「はい!それで『どうせなら、いつも食べてるそうめんと食べ比べてみよう』と思い立って、500グラム250円のヤツと食べ比べてみたんですよ」

「500グラムで250円っつーと……100グラム50円か。大分安いな」

「で、食べたんですけど……」


黒田は一拍置いて「まず太さが違う……」としっとりと言った。


「太さが……」

「伊勢の糸が人毛なら、いつものは毛糸。なんか食感ももっさりしてましたし」

「うん……」

「伊勢の糸はコシが凄くて水道のホースレベル。口の中で跳ねる位」

「おう……」

「味もねぇ……いつものそうめんは麺の味が無味って感じなんですけど、伊勢の糸は違いましたね。うどんの味がしました!」

「食レポ下手かっ!!!!!」


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