第7話 落とし物


 仕事からの帰り道、自転車を走らせていると目の前を30センチ以上はあろうかという亀が、夕暮れでオレンジ色に染まった道をのっそのっそと歩いていた。



「それで、その亀どうしたんですか?」


 一昨日あった事を、目の前でスープバーのコンソメスープを啜る男に語ると、そう返ってきた。


「取り敢えず捕まえて、交番持っていったよ」

「自転車は?まさか路駐ですか?」

「どこ気にしてんだ。近くに公園あったから、そこに停めてから亀を捕獲したの」

「ふーん。しかし、その亀ってアカピッピミシミシガメじゃないんですか?」

「………。ん?違くない?“アカミミガメ”だろ?」

「ん?ミシピッピアカミミガメ?」

「多分ピが多いな」

「アカデミックサイバー……」

「もうボケ始めてんじゃん。ミシシッピ!アカミミガメ!」

「あぁ、それそれ。それじゃないんですか?」

「いや。大きさ的に全然違う。普通にリクガメだと思う。」

「じゃあ、2メートル位あるんですか?」

「そんなねぇよ!それはもうリクガメの最大値だし、最初に30センチぐらいって言っただろうが!」

「30センチって言うとこれ位ですか。確かに水槽で飼うような亀より大きいですね」


 黒田は両手を軽く広げて、サイズを確認した。


「こんな大きさのある亀、よく捕まえる気になりましたね。ちょっと怖くないですか?」

「でもまぁ、猫とかそんぐらいだしな……というか、猫と比べると意外と軽くてビックリしたわ」

「へぇ。……それで、飼い主見付からなかったら竹中さんがその亀飼うんですか?」

「えっ」


 予想外の質問が来て、俺は困惑した。


「『飼う』?」

「えっ。だってペットって、飼い主が見付からなかったら、落とし物扱いで拾った人の物になるんじゃなかったですっけ?」

「……そこまで考えてなかった……いや、でも言うてリクガメだし、珍しいから飼い主もすぐに見付かるだろ……」

「その亀の年齢にもよりますけど、リクガメって最大50年生きるそうですよ」


 黒田は手元のスマホで検索したのか、そんな事を言ってくる。50年って……


「いやいや……そんな飼えねぇよ……」

「『飼えねぇ』って言ったって、生き物ですからね。最後まで面倒みないと」

「……というか、そもそもなんで俺が飼う事になってんだよ。普通に飼い主見付かるだろ!」

「いや、もしもの話なんで。3ヵ月後には腹決めないといけないかもしれませんよ?」


 男はそう言って、再びコンソメスープを啜った。



 その時は『大変な事になってしまった』と焦ったが、その翌日警察から飼い主が見付かったとの連絡を受け、そのまた後日、飼い主からお礼の品を貰った。


 普通に、杞憂に終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る