第1章 嵐を巻き起こす詩

◆1◆ 機巧剣【タクティクス】

 激しい風と共に消えたリリィ先生を探しに僕達は黒い石碑から生まれた迷宮へ飛び込んだ。

 転生して初めての迷宮探索になる僕にとっては、胸が躍るほど楽しみになっていた。


 その迷宮へ足を踏み入れる途中、一瞬だけこんな声が頭に入ってくる。


『詩詠みよ――我が【轟嵐の詩】を詠み給え』


 何を意味する言葉なのか。

 僕は思わずベネットへ振り返るが、彼女は何ごともなかったかのように進んでいく。


 気のせい、かな?

 僕はそう考えつつ、先を行くベネットを追いかけた。


「わぁー」


 深い緑が生い茂る空間。

 ウルフやゴブリン、グリーンスライムなどが闊歩する暗い森の中に差し込む光。

 どこか不気味で、なぜか神秘的な雰囲気があるその場所には穏やかな風が吹いていた。


 談笑しているかのように木の葉が揺れ、草花が笑い合う。

 暗いからかホタルらしき虫が飛び回り、愛を囁くように光っていた。

 そんな虫達を盛り上げるように風が吹き、彼らは踊る。


 まさに神秘的な迷宮。

 僕がゲームを通して見た世界が広がっていた。


「すごい。こんな迷宮があるなんて……」

「感動しちゃうね、ベネット」

「そうね。アンタはどうなの?」

「感動してるよ。ホント、すごい場所だよ」


 ずっとこのまま見ていたいな。

 だけど、このままじゃいられない。

 リリィ先生を探さなきゃいけないんだ。


 そんなことを考えているとベネットが頭を痛そうに押さえ始めた。

 ひどい頭痛なのか、膝をついて額から汗を吹き出している。


「ベネット!? 大丈夫?」

「う、うん……大丈夫。でも、ちょっと動けないかな」

「休もうか。何かいいのないか探してくるよ」

「うん、ありがとう。気をつけてね、クロノ」


 僕はベネットの助けとなりそうなアイテムを探しに探索を始める。


 さすがに一人だとモンスターとのエンカウントはしたくない。

 それに手持ちの武器が何の変哲もないショートソードだ。

 心もとないこの上ない。


 そう思いながら迷宮の奥地へ足を踏み入れる。

 見た限り、モンスターが好き勝手に闊歩しているから気をつけて進まないとね。


 それにしても、見れば見るほどすごい場所だ。

 たまに差し込む光がその神秘性を高めてくれる。

 なんだか綺麗だ、ここは。


「ん? あれは――」


 考えながら進んでいると光差す場所に何かを見つけた。

 なんだろう、と思い僕はそれを確認しに向かう。

 絡まるツタを使って昇り、地を這う根を跨ぎ足を進めていく。


 そして、ようやく辿り着くとその光の下には一本の剣が突き刺さっていた。


「綺麗だな、これも」


 所々が錆びつき、もはや剣としては価値のないもの。

 だけど、反射する光のおかげなのか突き刺さっている剣は綺麗だと僕は思った。


 なんだかわからないけど、触れたいと思った。

 そのまま握り締めたら、欲しいと思った。

 そして僕は、遠慮なく大地から剣を引き抜いた。


『タクティクス――』


 一瞬、声が頭の中に響く。

 それはどこか朧げで、とても霞んでいた声だ。

 だけど、ハッキリと名前が聞こえた。


 この剣の名前は【タクティクス】だ。

 これから僕の愛剣として存在する武器でもある。


「よろしくね、タクティクス」


 剣は答えない。

 だけど、なぜか返事をされた気がした。


「ムッフゥゥゥッッッ――」


 僕がタクティクスと言葉を交わしたその時、何かが雄叫びを上げ現れた。

 振り返るとそこには一体のゴブリンの姿をした大型モンスターがいる。


 灰色の体皮が不気味に輝き、目は赤く染まっていた。

 ひどく興奮している様子も伝わり、まさに手のつけられない獣と表現できる。


 あれは確か、ゴブリンチャンピオンだ。

 普通はゴブリンの群れにいて偉そうにしているはずなんだけど、どうして一体でこんな所にいるんだ?


 僕は身構え、威圧をかけてくるゴブリンに刃を向けた。

 初めての戦闘だ。

 ゴブリンチャンピオンと、しかもベネットがいない状態で。


 勝てるのか?

 いや、勝たなきゃ殺される。

 そんなのはごめんだ。


 緊張が全身に広がる中、また声が頭の中に響いた。


『恐れることはない。奴よりも君のほうが、強いのだから』


 タクティクスの言葉は本当なのか。

 わからないけど、どのみち逃げるなんてことはできそうにない。

 なら、戦って勝ち生き残るしかないんだ。


 僕は腹を決める。

 その覚悟が伝わったのか、タクティクスは応えてくれた。


『よく覚悟をした。我、前進する汝を主として認めよう――詩詠みクロノよ、共に頂きへゆくぞ』


〈タクティクスの封印レベル1が解放されました〉

〈使用者のステータスを10%上昇します〉


クロノ レベル3


HP:33/33(+3)

MP︰50/55(+5)


攻撃力:31(+3)

防御力:19(+2)

魔攻力:57(+5)

魔防力:48(+4)

俊敏力:44(+4)


回復魔法力:65(+6)

阻害魔法力:40(+4)

補助魔法力:61(+6)


〈機巧剣タクティクスの変化形態【エンチャットブーメラン】を解放されました〉


 な、なんだ?

 急にステータスが上昇したぞ。

 それに【エンチャットブーメラン】って何?


 あまりの突然の出来事に僕は驚いてしまう。

 そんな僕を見てか、ゴブリンチャンピオンが飛びかかってきた。

 思いもしないことに僕は対応が遅れる。


 ええい、ままよ!

 ヤケクソに剣を振ると、途端にゴゥッと音が響いた。


 飛びかかってきたゴブリンチャンピオンが咄嗟に右へジャンプしたため攻撃が外れる。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。

 いや、正確にはどうでもよくなったんだ。


「え?」


 振ったタクティクスの刃から斬撃が飛んだようだ。

 それは地を這うように張られた根を切り、伸びている立派な枝を切り、そしてとんでもなく長く生きたと思われる大樹の幹を切り裂いていた。


 過剰な攻撃力、いやオーバーキルをするのにふさわしい武器と言えるほどの威力を目の当たりにし、僕は当然のように戸惑う。

 そして同じリアクションをゴブリンチャンピオンもしていた。


「これ、すごいな」


 錆びついた剣とは思えないとんでも威力。

 そんな剣を手に入れた僕は、まだ戸惑っているゴブリンチャンピオンに目を向けると途端に威嚇してきた。


 それはそれはなかなかに激しいもの。

 だけどゴブリンチャンピオンの腰は引けており、心なしか後退りしているように見えた。


「悪いけど、逃さないよ」


 僕の初めての戦闘。

 転生してからの実戦。


 不安はないといえば嘘になる。

 間違って死ぬ可能性もあるから、不安がないほうがおかしい。


 でも、不思議なことに心が踊っていた。

 なんでかわからないけど、楽しめそうな気がする。


 そんなことを感じながら、僕はゴブリンチャンピオンとの戦闘を本格的に開始するのだった。

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