◆3◆ 勘違いって怖いよね

 魔法を使ったところをリリィ先生に見られた僕はそのまま彼女の研究室へ連行されてしまった。

 ベネットが呆れつつも心配してついてきてくれたけど、リリィ先生が「君はここで待つように」といって締め出してしまう。


 そのまま研究室へ放り込まれた僕が「あーれー」と言っている間に出入り口である扉に鍵をかけられると、リリィ先生は不敵に笑った。


「フッフッフッ、これで君は逃げられないぞ」

「そ、そんなっ」


 はわわ、とオロオロしているとリリィ先生が怪しい笑顔を浮かべながら近づいてくる。

 危険な香りと貞操の危機を感じ、僕は思わず逃げようとするがそこそこ狭い空間のためそれは叶わない。


 ということで僕はあっという間にリリィ先生に捕まってしまった。

 正確には逃げられないように壁ドンをされてしまったんだ。


「せ、先生ッ」

「観念しろ。君にはたくさんやってもらいたいことがある」

「そ、そんな……僕達はまだそんな関係じゃ」

「これは命令だ。君に拒否権はない。ほら、さっそく働いてもらおうか」


「そ、そんなッ! あ、こ、これは、黒くて、すごく、おっきい……」


 なんということでしょう。

 リリィ先生の気迫に気圧されて気づかなかったけど、部屋の奥に大きく立派な黒い石碑が置かれているではないか。


 まさかこんなところで石碑を拝めるなんて思わなかったよ。


「ちょッ、クロノ!?? 何されているの?」

「あ、あの、先生。これ、触ってもいいですか?」

「やる気になったね。ああ、いくらでも触りたまえ」

「クロノ!??? ちょ、何しているのアンタ達!!?」


「すごい。こんなに大きいのがあるなんて」

「たくましいだろ? もっと触ってもいいんだぞ」

「あ、ああ。こんなものがあるなんて。僕、幸せです」

「クロノ、クロノ!!! ちょッ、ダメッ。そっちの世界に行っちゃダメだからぁぁぁ!!!!!」


 なんだかベネットがうるさい。

 扉をドンドン叩いているし、叫んでいるし。

 どうしたんだろうか?


 それにしても、この石碑すごいな。

 ゲームをしている時はこんなもの見かけなかったよ。


 そういえば特別な石碑があるって話を攻略サイトで見たな。

 出現場所はランダム。

 時間は決まってゲーム時間で黄昏になっている時とあった。


 もしかすると、これはその幻の石碑なのかもしれない。


「先生、これどうやって手に入れたんですか?」

「勝手に生えてきた。元々ここは訓練場だったんだが、歴史的重要な資料が出現したからな。私の研究室にしたんだ」

「え? そんなことよくできましたね」

「欲しいものを手に入れるには対価を支払うか力を見せるかのどちらかしかないものさ。ちなみに私は後者を選んだよ」


 力づくでこの部屋を手に入れたって、すごいなこの人。

 どんな力を持っているんだろう。


 いや、そんなことよりもこの黒い石碑の詩はどこに刻まれているんだろうか?

 石碑があっても詩が読めなきゃ意味がない。


「あらあら、楽しそうねリリィ」


 僕がそんなことを考えているとおっとりとした声が耳に入ってきた。

 振り返るとそこには、黒いローブに身を包み笑っている女性が立っている。

 その手にはマグカップがあり、それを見たリリィ先生が叫んだ。


「アーミー、お前また勝手に私のコーヒーを取ったな!」

「いいじゃないですか。どうせ安いものでしょ?」

「私の給料だと高いコーヒーなんだよ! ガバガバ飲むんじゃない!」


 リリィ先生が絶叫する中、アーミーと呼ばれた女性は微笑む。

 そんなことで誤魔化せる訳じゃないと思うけど、敢えて触れないでおこう。


「それにしても、なんだか盛り上がっていると思ってきたらこんなことだったんですね。貴重な魔法石を使って損しましたよ」

「こんなこととはなんだ、こんなこととは。これは闇に包まれた歴史が解明できるチャンスなんだ。この重要性がわからんのかッ」

「はいはい、わかりました。そう思うなら外で泣いている子にちゃんと弁解してくださいね」

「? よくわからんがわかった。後で説明しよう」


 僕とリリィ先生は互いの顔を見て頭を傾げた。

 ひとまずやれやれと頭を振っているアーミー先生は、そこら辺に置かれていたソファーに腰を下ろした。

 美味しそうにコーヒーを啜る姿はどこか優雅であり、とても落ち着いた聖職者という雰囲気が醸し出されている。


 あ、そうだ。

 転職したいからアーミー先生のところに行こうとしてたの忘れてたよ。

 今、ちょうどいるし頼もうかな。


「アーミー先生、頼みたいことがあるんですけどいいでしょうか?」

「なんでしょうか? あ、もしかして外の子をからかうのですか?」

「ベネットをからかってどうするんですか。そうじゃなくて転職の儀をお願いしたいんですよ」

「転職? あら、突然どうしたの? 見た感じ、騎士をやっているみたいだけど」


「そうだったんですけど、違う職業のほうがいいなって感じまして。お願いできますか?」

「なるほどね。ちょうど時間はあるし、いい暇潰しにもなるからいいわよ」

「ありがとうございます!」


 よし、よし、よぉーし!

 これで当初の目的の転職ができるぞ。

 もし【詩詠み使い】があったらそれになろう。


 僕がそんなことを考え、ウキウキしていると唐突に後ろからものすごい音が聞こえてきた。

 振り返ると閉ざされていた扉が切り裂かれており、その奥に立つベネットが涙を流しながら眉を吊り上げて僕を睨みつけていた。


「あらあら~」

「おお、これはものすごい殺気だ」


 なんだかわからないけど、ベネットは僕に殺気を向けている。

 え? 何? 僕何かしちゃった?


「え、えっと、ベネット? ど、どうしたの?」

「ごめんね、クロノ。アンタの貞操を守れなくて、ごめんね」

「え? 何のことを言ってるの?」

「私が弱かったから。だから、ね。責任を取るわ」


 責任を取るって何?

 なんで責任取るためにレイピアを抜いているの!?


「あ、あの、ベネット、さん? その、なんでレイピアを抜いているんですか?」

「アンタを殺す」

「なんで!?」

「大丈夫、あとで私も追いかけるから」


 全然大丈夫じゃないよ、それ!!!

 え? 何? この短時間にベネットに何があったの?


 というかマジでヤバいよ、これ。

 ベネットの目が座っているし、ゆっくり近づいてきてるし。


「あ、あの、先生方。その、助けてくれませんか?」

「残念だが私は非戦闘員だ。自分でどうにかしてくれたまえ」

「自分が蒔いた種だと私は思います。だから頑張って弁解してくださーい」

「そんなぁッ」


「覚悟しろ、クロノォォォォォ!」

「嫌だァァァァァッッッ」


 こうして僕はベネットの誤解を解くために逃げ回りながら弁解をする羽目になる。

 せっかく転職できるってのに。


 ひとまずちゃんと説明し、何もなかったことを理解してもらうのに一時間ほどかかってしまった。


 だから僕は決意したね。

 今後はベネットに変な誤解を与えないように気をつけるって。


 でもなんでベネットは怒ったんだろうか。

 よくわからないけど、気をつけよう。うん。

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