◆2◆ トラブルはトラブルを呼ぶ

 ベネットの案内で学園へと戻ってきた僕は迷宮へ誘う玄関口である【図書館】の真ん中に立っていた。

 目に入ってくる光景は圧巻であり、その人の多さと本棚の多さにただただ感嘆の声が溢れてしまう。


「それじゃあ、アーミー先生のところに行こっか」

「うん」


 ベネットの手を握り、転職をしてくれる先生の元へ僕は向かおうとしていた。

 その時、あるものが目に入る。

 それは石碑だ。


「えっと――〈旅立つ者達よ、大いなる夢を抱き、風と共に歩み出せ〉か」


 僕が持つ【詩詠み】には初期から備わっているスキルがある。

 それは太古から存在する石碑に刻まれている文字を読めるという能力だ。


 この古代文字は当然のように一般人だけでなく、腕利きの探索者も読み解くことができない。

 だからこそ、僕が持つ【詩詠み】があれば読み解くことができる。


 これがとても重要で、難所と呼ばれる迷宮や手強いモンスターの攻略方法が書かれていることもあるし、石碑の中には読み解くだけでスキルが解放されて能力アップや魔法や技の習得ができるんだ。

 一般的な後衛職だとレベリングや師の教習という名のミニゲームをして魔法や技を覚えるんだけど、詩詠みはその過程をすっ飛ばずことができる。


 だからこのゲームのRTAをするには必須といわれるほど重要なギフトだった。

 さすがに迷宮やモンスターの攻略方法はネットで検索はできたけど、それでも時間短縮には欠かせないものだったんだ。


 そんな最強ギフトが、最弱扱い。

 今でも信じられないよ。


「クロノ、それ読めるの?」

「うん、そうだけどどうしたの?」

「すごいよ! そのことを知ったらリリィ先生が喜ぶよ!」

「リリィ先生?」


「古代文字を研究している人。ちっちゃくてかわいい人なんだー」


 へぇー、古代文字を研究している人か。

 もしかしたら石碑のことをいろいろ教えてくれるかも。

 そうだなぁー、位置はだいたい把握しているけどわからないところはあるし、そのことを教えてもらえたらいいかもしれない。


 そんなことを考えながら石碑を見つめていると、「お熱いねひゅーひゅー」という軽薄な声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、大柄で筋肉質な少年が立っている。

 よく見ると目つきが悪く、さらに観察すると育ちが悪そうな笑顔を浮かべていた。


 まさに絵に書いたような悪人ヅラの脳筋だ。


「ガーランド! アンタよくもぬけぬけと!」

「何怒ってるんだ? そいつがひ弱なくせに騎士をやっているのが悪いんだろ?」

「だからって見捨てていいってことじゃないから!」

「見捨てる? 何言ってんだ? そいつは自分からオトリになってくれたんだぜ。じゃなきゃパーティーは全滅だったからな。そうだな、ホントよく生きていたなクロノ」


「アンタねぇッ」

「それとも、違うってか? そうなのかクロノッ?」


 なんだかこのガーランドに脅されているように感じるけど、まあ別にいいかな。

 それならそれで対処の仕方はあるし。

 とはいえ、このまま言われっぱなしは嫌かな。


 よし、それじゃあ正直に現状を話そう。


「うーん、悪いけど覚えてないよ。僕は君に脅されていたの?」

「はっ?」

「クロノ?」

「気絶したから、その前のことを覚えてないんだ。悪いけど教えてくれないかな? 僕は君とどんな仲で、どんな連携をして迷宮に挑んでいたのか」


 僕がそんなことを訊ねると、ガーランドは「ガッハッハッ」と笑い出した。

 何となくベネットに目を向けるとガーランドへ敵意を剥き出しにしている。


「こりゃいい。記憶喪失か。腹が捩れておかしくなっちまうぜ」

「ねぇ、どんな関係性だったか教えてくれよ」

「いいぜ。お前は俺の下僕だ。過去もこれからもな。そんでもっていい肉壁だ。だから、また俺の手足となって働いてくれよ」


 なるほど、どうやらこのクロノという人物はガーランドにいいように使われていたみたいだ。

 おそらく真正面からぶつかって、返り討ちにあった。力で敵わずそのままねじ伏せられたってところなんだろう。


 だいたい把握できた。

 じゃあ、いい感じにわからせてやろうか。


「ガーランド、アンタ!」

「事実だ。それとも、また勝負するか?」

「うん、しよっか。今すぐでもいいよ」

「ちょっ、クロノ!?」


「大丈夫だよ、ベネット。僕はもう、負けないから」

「ガッハッハッ! 記憶を失って頭がおかしくなったか? いいぜ、その勝負受けてやるよ――今すぐにな」


 ガーランドは拳を振り上げ、僕に襲いかかってきた。

 僕はそれを難なく躱し、ガーランドの後ろへ回り込んだ。


 そしてさっき覚えたばかりの【詩】を口にする。


「〈旅立つ者達よ、大いなる夢を抱き、風と共に歩き出せ〉――ウィンドカッター!」


 途端に鋭い刃となった風がガーランドへ襲いかかる。

 そして彼の自慢にしてそうな髪を剃り落とし、スキンヘッドへと変えた。


 はらりはらりと落ちていく髪の毛は、そのまま風に乗ってどこかへ飛んでいく。

 ガーランドが振り返ると、その笑顔はさらに凶悪度を増していた。


「避けるんじゃねーよ、クロノッ」


 僕は勝ち気なガーランドの顔を見てつい笑ってしまった。

 まさに悪人といった笑顔だ。

 髪がなくなったからさらに似合っている。


 ホント、これほど似合う人物はいないだろう。


 そんな僕と同じ反応をベネットはしていた。

 おそらく同じことを思っているんだろうな。

 だってそうじゃなきゃ笑うはずがない。


「なんだよお前ら、何がおかしい?」

「頭、触ってみろよ」

「あん? あ、あれ? あれ? 待て、ちょっと待て? いや待て。おい、マジかよ」


 ガーランドは僕の指摘を受け、慌てて背中に収めていた剣を抜く。

 そしてその剣身を使って頭を確認し、ようやく事態を把握した。


「俺の髪がぁぁぁぁぁッッッッッ」


 これほど絶望をした人間を見たことがあるだろうか。

 そして、これほど絶望した人間を見て面白いを思える光景があっただろうか。


 まあ、ガーランドをハゲにしたのは僕なんだけどね。


「くそ、くそ! てめぇ、許さねぇ!」


 でも、ちょっとやりすぎちゃったかな。

 ガーランドの怒りに火をつけてしまったようだ。


 あんまり魔法を多用したくないんだけど、あっちはやる気満々だし。

 仕方ない、次は本当に黙らせよう。


「待て、お前達」


 そんなことを考えて身構えていると誰かが声をかけてきた。

 振り返るとそこには、プラチナの鎧に身を包んだ凛々しい少年が立っている。

 顔は中性的、身体はそこまで大きくないけど小さくもなく、腰にはロングソードを帯刀している人物だ。


 見るからに僕やベネット、あと当然ながらガーランドとは違う存在の人間でもある。

 そんな一線を画した人物が、僕を守るようにガーランドの前に立った。


「私のいいたいことはわかるか? ガーランド」

「……チッ、見逃してやるよ。おい、クロノ。覚えていろよ」


 そんな捨てゼリフを吐いてガーランドは去っていった。


 突然どうしたんだろう。

 そんなことを思っていると、ガーランドから守ってくれた人が僕に振り返る。

 そして、彼はこんなことを言った。


「ハラハラさせるな、クロノ。私が出ていかなかったらとんでもないことになっていたぞ?」

「ごめん、ヴェニス。助かったよ」


 僕は陳謝しつつ、ヴェニスと呼んだ人物に感謝を伝えた。


 イクシオ学園はグランダ王国に所属しており、彼はこの国を治める王族の一人だ。

 序列は確か第五位で、将来国王になるという野心を持っている。


 どうしてそんなことを僕が知っているのか?

 おそらくこのクロノが彼と仲がよかったんだろう。

 だから記憶と共にそんな情報が頭の中に浮かんだんだ。


「全く、今度は気をつけてくれ」

「うん、そうするよ」

「そうしてくれ。ベネット、君も注意してくれよ」

「も、申し訳ございません!」


「それじゃあ、私はそろそろ行く。今度は助けられないかもしれないから気をつけろよ」

「そうするって。あ、ヴェニス!」

「なんだい? クロノ」

「僕、転職するよ。機会があったらパーティーを組んでくれない?」


「お、ついにその決断をしたか! わかった、時間を作ろう」

「ありがとね、ヴェニスー」


 僕はそう笑い、ヴェニスに手を振る。

 ヴェニスはその行動に驚いたのか少し目を大きくしたものの、手を振り返してくれた。

 さて、それじゃあ待望の転職をしにいこう。


 そう思っていると図書館の奥から何やら大きな声が聞こえてきた。


「待て待て待てぇーい! そこの学生よぉー!」


 誰かが大騒ぎしながら駆け寄ってくる。

 なんだ、また誰か来たのか?

 そろそろイベントはいいから転職したいんだけど。


 そんなことを思いつつ振り返ると、なんだか十歳ぐらいの身長で金髪をツインテール、そしてメガネと白衣に身を包んだ少女がいた。


「学生よ、今のはなんだ!? まさか魔法ではないだろうな!!?」

「え? えっと、まあそんなものですけど……」

「いや、絶対に魔法だ。君は見るからに前衛職で、媒体を持っていない。とすれば魔法でしかありえないと私の直感が叫んでいる!」

「ま、まあ、その通りですけど……」


「やはり魔法は存在したのか! して君、どうやって蘇らせた。魔法は現代だと使えるものは一人もいないはずだ!」

「それはその、石碑を読み解いたからですが」


「石碑を読み解いただと!!!? なんということだ、まさか石碑にはそんなことが書かれていたとは。よし、君。今すぐ私の研究室に来い! これから解読しまくるぞ!」

「えー! それはちょっと困りますよ」


 なんなんだこの人は。

 いや、そんなことを思うのはお門違いか。

 だってこの人こそがリリィ先生なんだ。


 身体が小さい割に押しがものすごく強い。

 妙な威圧感があるから、クロノは苦手にしていたみたいだ。

 そして僕も今、この先生が苦手になったよ。


「ベ、ベネット、助けて!」

「ごめん、こうなるとリリィ先生は止まらない。おとなしく連行されるしかないわ」

「そんなぁーっ」


 こうして僕はリリィ先生の研究室へ連行されていく。

 ああ、せっかく転職しようとしていたのにどうしてこんな目に合うんだよー!

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