◆1◆ リスタート
最強であるはずのギフト【詩詠み】が最弱扱いされている。
このことに僕は大きな衝撃を受けた。
後衛職ならば喉から手が出るほど欲しいギフトのはずなんだけど、一体どうしてそんな扱いをされているのだろうか。
そもそもこの世界には魔法がないって言っていたけど、どうしてなんだ?
そう思いつつ考えていると、このクロノというキャラの記憶が自然と教えてくれた。
この世界の五百年前、つまり僕がゲームとして楽しんだ出来事は伝説になっていたんだ。
当然ながらその時より進んだ技術があるが、同じように衰退した技術もある。
それが魔法だ。
元々、才能を必要とする魔法はなかなか使い手が少なかったが、伝説となった時代を境に世界が平和になったため数が激減したそうだ。
結果的に現在、魔法を使える者は一人としておらず、代わりに魔力さえ持っていれば誰でも扱える【魔術】が発達した。
魔法とは違い魔術は、媒体と呼ばれる機器を使うことで誰でも発動できるそうだ。
ただ利便性が増したけど代わりに本来の威力や効果が激減し、魔法よりも劣ってしまうという欠点がある。
それでも多くの人が魔法よりも才能を必要とせず、近い効果を発揮できるということで魔術が発達したそうだ。
おそらくこの状況と環境が最強ギフトであるはずの【詩詠み】を最弱に陥れたんだろう。
でも、それはもう終わりだ。
だって僕はこのギフトのいい使い方を知っているし、魔法使いがいないならライバルがいないって言っているようなものだしね。
それにこのクロノは本来、敵視を集める前衛職じゃなくて後方から強烈な一撃を叩き込む後衛職が似合っているステータスをしている。
だからそっちの方面で能力を鍛え直そう。
あ、でもせっかく前衛職をやっていたんだからそっちの経験も活かしたいな。
そうすれば困った事態が起きても対応できるし。
「――イン、クロノ! ちょっと話を聞いてる?」
そんなこんなといろいろ考えているとベネットが僕を呼んだ。
何か話していたみたいだけど、考えごとをしていたせいか全くわからない。
「ごめん、聞いてなかった」
「ったく、アンタねぇ……転職したいって言ったからやり方を教えてたのに」
「ごめん! 心の底から謝るから!」
「ホントにそう思ってるの? わかった、もう一回話すから聞いてなさいよ」
ベネットはちょっと呆れつつもまた同じ話をしてくれる。
僕はその話に耳を傾け、五百年前とどう違いのか考えながら覚えていった。
なんでも僕達は探索者を育成し、優秀な人物を輩出することが目的である【イクシオ学園】に所属しているそうだ。
もし自分の適性が違うな、他の経験を積みたいなって思ったらその学園で教鞭を取る聖職者【アーミー先生】に頼むことになっている。
もちろん、職業による様々な能力補正があるんだけどそれは現在あまり知れ渡ってないみたいだ。
とはいえ、このクロノは職業が騎士にも関わらずとんでもなく防御力が低い。
そして騎士にも関わらず結構足が速いというおかしなステータスをしている。
なら本来の適正な職業になったらどうなるか、という楽しみが生まれちゃう訳だ。
心がウキウキしちゃうし、なんならやったことのないブレイクダンスを踊っちゃうかもしれいないよ。
そんなウキウキを抱いていると、ベネットが話を終えた。
一度周囲を警戒し、安全だと確認した後に僕へ振り返る。
まだ簡単な迷宮だとはいえ、危険な状況には変わりないからね。
モンスターの警戒しないほうがおかしいだろう。
「――って感じかな。何か質問はある、クロノ?」
「上位職ってあるの? あるなら教えて欲しいんだけど」
「うーん、あるって聞くけどどんな職業があるかはわからないかな。後衛職は特にって感じでわからないや」
「そっか。わかった、ありがとねベネット」
何かしら増えてたりなくなってたりするかなって思ったけど、ベネットはわからないか。
そうだなぁー、僕の知識がそのまま使えるなら前衛職は【騎士】【戦士】【武闘家】【ダンサー】かな。
後衛職なら【治癒士】【魔法士】【祈祷士】【呪化士】だったはず。
隠し、というか特殊枠が【魔法騎士】【暗黒戦士】そして【詩詠み使い】だった。
職業【詩詠み使い】はギフト【詩詠み】がなかったらなれないから、そこら辺の上位職よりも強いんだよな。
でも、僕が知っている時と違うからもしかしたらこの職業がなくなっているかもしれない。
もしなかったら【治癒士】か【祈祷士】でもやろうか。
「あ、見て。出口よ!」
ベネットが無邪気に駆けていく。
僕はその後ろを追いかけるように走り、彼女のいう出口へ立った。
それは台座といえる迷宮の出入り口になっている門。
僕はその台座に彼女と立ち、そして迷宮の外へ出た。
まばゆい光と共に目に入ってきたのは、たくさんの人が闊歩している光景。
その人々の知識となる書物が敷き詰められるように収められた本棚がズラリと並ぶ。
それは圧巻であり、平和になったからこそ人が築き上げてきた象徴でもあった。
そんな光景を目にして僕は言葉を失う。
伝説と言われた出来事は僕にとってゲームでしかないけど、実際に目にすると感動を覚えてしまったからだ。
「すごいね、ここ」
「見慣れてるでしょ? ほら、呆けてないで」
差し出される手。
それはベネットにとって当たり前な行動だったんだろう。
僕はその手を握ってもいいのかと迷う。
だが、その迷いはすぐになくなった。
「行くわよ、クロノ。アンタの門出を祝ってあげるわ」
なんだかんだ言いながら、彼女は笑う。
おそらくベネットも気づいていたんだろう。
クロノは前衛職に向いていないって。
なら、余計に迷う必要なんてない。
「ありがとう、ベネット。また一緒に迷宮に行こう」
ここから僕の、クロノの新しい人生が始まる。
迷っている暇はない。
どこまでも駆け抜けていくんだ。
そんな思いを胸に僕は彼女の手を握る。
そしてベネットと一緒に、新しい一歩を踏み出したのだった。
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