第17話 タイパ・マシン
「なるほどね、それなら敵に勝つ方法は一つしかないわね。……裏をかくのよ」
「裏を?」
「そう、七年前に「戻っ」て、『増強株』と『抑制株』を入れ替えるの。多草教授以外の誰にも気づかれないようにね」
「多草教授以外の誰にも気づかれないように、ですって? でも……でもどうやって七年前に「戻る」んです?」
私はこの前体験した、「幽霊」になって七年前の風景を見るという現象を思い出した。
あれと同じような物なのだろうか? しかし……「幽霊」の身体で果たして本当に『増強株』を『抑制株』と入れ替えるなどと言う事ができるのだろうか?
私がその疑問を思わず口にすると、英子は「それとはちょっと違うわね」と即座に答えた。
「実際に七年前に「戻る」には、私が開発したある装置の力を借りて戻るの。直接、見て貰った方が早いわ。……ちょっとこっちの部屋まで来てくれる?」
英子はそう言うと、さらに奥の別棟に通じているらしい扉を目で示した。
※
「この中よ」
「研究室」と記された扉を英子が開け放つと、目の前に想像だにしなかった眺めが現れた。
「――ここは!」
別棟の中は手前のカフェとも居住スペースともまるで異なる、謎の装置群で埋め尽くされた異様な空間だった。
「ここで私は長いこと、過去や未来を研究してるんだけど、やっと「可能性としての不確実な過去」になら行くことができるようになったの」
英子はそう言うと、空気を送るコンプレッサーに似た装置を指さし「あれを過去とシンクロする座標に置いて立つか座るかすると、向こうの世界に移動できるってわけ」と言った。
「ただし向こうの時間で十二時間、こっちの時間で十分に当たる間しか旅行はできないわ」
「十二時間……」
「そうよ。あんまりのんびりしているとあっという間にタイムリミットになってしまうわ」
私はぞっとした。もしそのタイムリミットを超えてしまったら、もう二度と「今」には戻ってこられないということなのだろうか。
「…さてと、命がけの時間旅行にならないよう、入念な計画を立てなくちゃね」
英子はそう言うと、緊張した顔を見あわせている私と雛乃に向かって親指を立ててみせた。
※
「――と、いうわけで十二時間ほど「昔」に行ってきます」
私が事務所の雑務全般を請け負っている島津久里子――通称『久里子さん』に報告すると、「たかが半日だろ?安心して行ってきな」という返事が返ってきた。
警備会社に留守番を依頼するより、『百人組手の久里子』こと元アクション女優の久里子さんに任せた方が事務所としても心強いのだ。
「それじゃ、申し訳ないけど戻って来るまでの間、留守番をお願いします」
「ああ、任せておきな。留守番のついでにあんたたちの机をピカピカにしといてあげるよ」
我が探偵事務所の「用心棒」はそう言うと、身長の倍はあるモップの柄を頭の上でくるりと回してみせた。
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