第16話 昨日クラッシュ


「ごめんなさい、実は先日、あなたたちの探偵社が再び『サイコネフィス』と戦うという予知ヴィジョンを見たの。それで、端末を覗くついでに最近の調査記録を見させてもらったというわけ」


「ああ、あの小型端末……」


 私はようやく、雛乃がオフィスに入り端末を盗んだ本当の理由を理解した。


「でも「P-77」は「狂戦士」たちと一緒に全滅したはず……」


 私はぎりぎりの所で終えられた初期の調査を、ほんの少しのほろ苦さと共に思い返した。


 『狂戦士』というのは『P-77』によって肉体のあらゆる部分を戦闘向きに作り変えた、要するに「兵器人間」のことだった。


「それがどういうわけか一体だけ、残っていたのね。「P-77」を宿したまま日常に戻った人物はある時、多草博士の研究施設に助手として潜りこんだ。そして精神感応力を持つ『フローラ』と出会い、意気投合した」


「苔の一種と蛋白質の一種が、意気投合ですって?」


「ええ。両者には共通する体験があったの。それはつまり特定の探偵社に煮え湯を飲まされたという「屈辱の記憶」よ」


「まさか、苔と蛋白質がうちの事務所を恨んで復讐を?」


 私は頭がくらくらした。確かにそう考えれば最初に石さんとテディを狙ったのも説明がつく。まずは七年前の復讐、そして今度は……


「厄介なのは、敵も超能力を持っているということ。人間じゃないからと言って侮ると、七年前の私の轍を踏むことになるわ」


「じゃあどうすればいいんです? 超能力もなく雛乃さんとは比べ物にならないほどポンコツな所長の私に、何ができるんです?」


「ある人の力を借りましょう。姿だけなら、あなたもヴィジョンの中で見ているはずよ」


「私も見ている……あっ、鵡川博士」


                ※


 古民家カフェの奥はどうやら「家」――つまり、普通の居住空間として使われているようだった。


「どうぞ。こっちよ」


 雛乃が引き戸を開け奥に向かって「鵡川博士、今大丈夫ですか?」と問いかけると、しばらくして見覚えのある――ただし、やはり髪が白くなって七年分老けた女性が姿を現した。


「鵡川博士、こちらは『絶滅探偵社』の二代目所長、汐田絵梨さんです」


「所長さん。へえー。ということは、明島君の親戚の子かしらね」


「姪です」


「そう、姪御さんね。……で、今日はどんな用かしら」


「英子さん、実は『フローラ』……あ、つまり『サイコネフィス』が七年ぶりに目覚めて汐田さんの会社に復讐しようとしてるんです」


 雛乃が言うと、英子の目が途端にすうっと細められた。


「そりゃあ穏やかじゃないわね。詳しく聞かせてくれる?」


 英子は険しい表情でそう言うと、私たちをどこか懐かしい匂いのする奥の間へと誘った。

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