第18話 ディフィカルト・エンジン
「ここか、『
鵡川博士が私たちに伝えてきた「過去への入り口」のある建物は、小さな工場と倉庫がひしめく一角にある、場末感漂う展示場風の建物だった。
「七年前に戻って教授から依頼を受けるには、この中にある「入り口」を通らなくちゃいけないって話だけど……本当かなあ」
私はあちこちくすんでもはや利用者の有無も定かでないホールを見つめ、ため息をついた。
「でも博士が機械を設置して中で待ってるんですよね。とにかく入ってみましょうや」
金剛が言葉の中身とは裏腹に、気乗り薄な表情で言った。
「うまくいけば七年前の同じ建物に出るってことね。ちょっと怖いけど行きましょうか」
私が背後の部下たちに声をかけると、「精鋭」たちはばらばらに「はあい」と答えた。
「お邪魔……しまあす」
広い駐車場を横切り正面玄関の前に移動した私たちは、びっくりするほど不用心なホールの扉をくぐるとがらんとしたロビーに覇気のない声を響かせた。
「どうやら、チケットがないと前に進めないってことはなさそうですよ」
私は頷いた。ホールの様子を見る限り建物全体が開店休業中と思われるが、だとしたら不用心にもほどがある。
「ボス、なんかあっちで音みたいなものが聞こえるんですが」
後ろから強張った顔で私に告げたのは、金剛だった。
「音?」
「気のせいに決まってますよボス。こいつは人より気が小さい……あっ」
金剛を牽制しかけた大神がふいに口をつぐむと「……本当だ、聞こえる」と漏らした。
私は二人が揃って目を向けたのが奥のメインホールであることに気づくと、「あっちから聞こえたのね? いいわ、みんなで行ってみましょう」と言った。
先頭に立って進み始めた私は、正面を塞ぐ大きな両開きの戸がわずかに開いている事に気づき「施錠されてない」と呟いた。
「どうします?思い切ってみんなで開けちゃいますか」
大神がどこか面白がるような口調で言い、私は「博士が待っているとすれば、ここの可能性が高いわね。開けましょう」と返した。
私たちが左右に分かれ重い戸を一気に開けると、機械の作動音らしき唸りが周囲を満たし、中の様子が露わになった。
「ここは……」
広いフロアには謎の装置群がひしめき、床には色とりどりのケーブルが蛇のようにのたくっていた。
「……あっ」
私の目はホールの中央にある「家」のような形の物体に吸い寄せられた。
「なに、あれ?」
「キッズハウスって奴でしょう。子供が中に入って遊ぶ家です」
私は初めて遭遇する『キッズハウス』をまじまじと見た。その「家」は確か子供が三、四人も入れば一杯になりそうなサイズだった。
「いらっしゃい。よく迷わずに来られたわね」
私たちの前に現れた鵡川博士は、まるで装置の一部であるかのように異様な風景に溶け込んでいた。
「このキッズハウスが七年前と繋がっている『不確定フィールド』よ」
「これが……」
よく見るとミニチュアの「家」にはところどころにケーブルが潜りこみ、煙突には巨大なソケットが刺さっていた。
「この中に入って扉を閉め、フィールドを活性化させればれば七年前の同じ座標上に出られるわ」
「……ええと、それでなぜ「入り口」がこの形になってしまったのかしら」
私が最も疑問に感じたことを尋ねると、鵡川博士は「ああ、そんなこと」という表情になり「当時も存在したマテリアルで、この座標に運んでこられるものがこれしかなかったの」と即座に答えた。
「さあ、それじゃどんどん入ってくわよ。まずコンゴ」
「えっ、俺ですが。俺が入ったら半分以上は埋まっちまいますよ」
中を覗きこんだ金剛は本気で入るんですか? という目で私を見た。無理もない。身長百九十センチある金剛がキッズハウスに入ったらどうなるかぐらい、私でもわかる。
「……でしょうね。そうなったら後から入る人間が工夫するしかないわ。とにかく入って」
「わかりました。……やってみます」
金剛が大きな身体を縮こまらせるようにして押しこむと案の定、キッズハウスの残りスペースは畳半畳分ほどになった。
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