第14話 休憩ステーション


 叔父と雛乃が向かった先は、住宅が建て込んだ一角にある古い民家だった。


 ――あれっ、ここは……


 私ははっとした。目の前の民家が「七年後」、私が雛乃さんに会うため訪ねた古民家と同じ建物だったからだ。


 ――でも、さすがに七年前だと「ちょっと古民家になりかけ」ぐらいだな。


 引き戸を開け、中に向かって「ごめんください」と叔父が呼びかけると奥から小柄な年配女性が姿を現した。


「あら明島君、お久しぶり」


「先生、こちらの女性が以前言った、透視能力と予知能力を持つ女性です」


 叔父がそう告げると、年配女性は「まあ」と目を丸くし、「どうぞお上がりになって」と言った。


 私は「幽霊」なりに気後れしつつ、叔父と雛乃の後に続いて住宅の奥へと進んだ。


 こじんまりとしたリビングに招かれた二人がソファーに収まると、私もすぐ後ろに立って叔父たちの会話に意識を集中させた。


「はじめまして。私の名前は鵡川英子むかわひでこ。明島君は昔の教え子よ。私の研究は時空の性質に関するものなの」


「はじめまして、羽月雛乃といいます。明島先生の探偵社に入ったばかりの調査員です」


「予知能力があるそうね。よかったらどんな感じか話していただける?」


「はい。漠然とですが、何か起こりそうだと感じた直後に「未来」らしきものがふわっと見えるんです。ただ……」


「ただ、何?」


「ひとつじゃなく、いい未来とかよくない未来とか、いくつかの「未来」がうっすらと重なって見えるんです」


「ああ、やっぱりそうなのね。私が想定していた「予知能力」の考え方とほぼ同じだわ」


 英子はそう言うと、雛乃の答えに満足したようにうんうんと頷いてみせた。


「予知によって見えた未来が現在と地続きの未来なのか、それとも未確定の「可能性」の一つなのか……私はずっと過去の研究をしてきて「未来」の研究にはまだ手をつけていないのだけれど、とても興味深いわ」


「はあ……」


 雛乃が理解しきれないのか戸惑う様子を見せると、叔父が助け舟を出すように「先生は彼女にどんな協力を期待しているんですか?」と尋ねた。


「明島君の仕事の合間に、そう――お休みの日にでも私のところを訪ねてくれれば有り難いわ。今、私は「過去」に行く研究を始めたばかりなんだけど、その仕事を進める上でも「未来」に関する「予知」のデータは役に立つと思うの」


「過去に「行く」ですって?」


「ええ。正しくは「現在に繋がっているかもしれない可能性の一つ」であって、正式に「過去」と呼べる世界かどうかはわからないのだけれど」


「それは「見る」ことしかできないんですか?」


「いえ、「行く」ことも可能なはずよ。ただし「過去」には「過去」の自分がいるはずだから、会ったり会話したりはしない方がいいわね。最悪の場合「過去」の自分か「過去と現在に跨っている自分」のどちらかが消滅する可能性があるから」


「消滅……」


「まあまだ途上の研究だけど。羽月さんには明島君の仕事の邪魔にならない範囲で手伝っていただくってことで、どうかしら?」


「ええと……所長、本当にこちらのお手伝いをしてもいいんですか?」


「ああ、構わないよ。ただし本業の方で「超能力」を使うことがあったら、その直後は休んだ方がいいかな。消耗してるだろうからね」


「もちろん、そうします」


「できれば超能力の類を使わずに調査できれば、その方がいいのだけどね。とにかく雛乃君になら色々と「任せて」もいいと思っているよ」


「色々と任せる?」


「うん。……いや、今の言葉は忘れてくれ。余計な重責を感じさせたくないからね。とにかく我が事務所は立ち上げたばかりだし、無理をせず目の前の案件を片付けてゆくことが先だ」


 私は「幽霊」のような身体にも拘らず、叔父を問い詰めたい気持ちで一杯になった。


 ――叔父さん「任せる」って一体、何を? 調査を?


 ――それとも、もし自分に何かあった時の「次の所長」を?こんな素敵な女の人が私よりずっと前にいたのに、どうして私に「委任状」を残したの?超能力も人望もない私に!


 私は「現在」より少しだけ若い叔父の横顔を見ながら、半透明の両手で顔を覆った。


 すると次の瞬間、私の全身が周囲の風景ごと揺さぶられ、あらゆるものが一瞬で消滅した。

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