第12話 探偵創業期二代目の旅


 私が立っていたのは、見たことのないビルのロビーだった。


 エントランスをぐるりと見渡した私は、壁のテナント案内の前で目を留めた。


 金属のプレートに記されていたのは『明島叡人あけじまえいと探偵事務所』という文字だった。


 ――これって、叔父さんの事務所ってこと?


 思いもよらない物を目撃したことで狼狽えた私は、何気なく足元を見てさらなる衝撃に見舞われた。なんと私の身体がロビーの床から五センチほど浮いており、しかも体全体が透けてうっすらと向こう側が見えていたのだ。


「……うそっ。もしかして私、幽霊になっちゃったの?」


 どうやら『フローラ』に妙な息を浴びせかけられたことで私は別世界に――事務所の名前が叔父さんの名前であることから想像するに、過去の世界へと来てしまったのだ。


 私は突然ある衝動に駆られ、気がつくとエレベーターのドアに向かって進み始めていた。


 閉じたドアが目の前に迫ってきても構わず進んで行くと、私の半透明の身体はすっとドアを潜り抜け、気がつくと真っ暗な穴の中に潜り込んでいた。


 ――案内板によると、確か事務所は四階だったわね。


 私はまたしても衝動に突き動かされるまま、「幽霊」の足で思いきり床を「蹴っ」た。


 すると私の身体は穴の中をぐんぐん上に上ってゆき、ある高さでふわりと止まった。そう、私は空中で止まっている自分をごく自然に受け入れていたのだ。


 私は目の前の閉じたドアを四階のドアだと確信すると、思い切って外に飛びだした。狭く薄暗い通路に出た私は、またしても何かに突き動かされるようにより暗い左手の奥を目指した。


 するとふいに『明島探偵事務所』と記された扉が、私の目に飛び込んできた。私は意を決すると、私の知らない過去の「職場」へと「幽霊」の姿のまま飛び込んでいった。


 狭いフロアに飛び込んだ私が最初に取った行動は、身を潜められる物陰を探すことだった。「幽霊」なのだから誰にも見とがめられるはずはないのだが、調査員特有の「身を隠す癖」がどうしても出てしまうのだ。


 とりあえず近くのキャビネットに身を寄せた私は、室内の様子に素早く目を走らせた。


 室内にいた人物は、客らしき男性も含めて五人ほどだった。


 一人は「今」よりかなり若く見える石亀、なぜかソファーの上で新聞に目を落としているこれまた若い荻原、さらに高校生のように幼い羽月雛乃、そして――


 ――叔父さん!


 私は来客らしき男性に対応している人物を見た瞬間、相手には聞こえない声を上げた。


 通った鼻筋、がっちりした顎、ウェーブのかかった髪――そこにいたのは若き日の叔父だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る