第10話 会食席から1000センチ


 顔の大半が巨大な「口となった「少女」は、両手で私の顔を押さえると女の子とは思えぬ力で無理やり自分の方を向かせた。


「や……めて……」


 駄目だ、呑みこまれる――私が覚悟を決めかけた、その時だった。視界の端に黒い犬が見えたかと思うと、テーブルに突っ伏している金剛の肩にいきなり噛みついたのだった。


「――ぎゃあっ」


 目を見開いた金剛は私のピンチを見るなり「わっ、ボス!」と叫んだ。次の瞬間、何かの力が強引に働き、周囲の全てがスイッチを切ったように別の風景へと切り替わった。


「……ここは?」


 気がつくと私はレストランのテーブルからショッピングフロアの床へと「移動」していた。


「――コンゴ!」


 私は近くで同じように尻もちをついている金剛に声をかけた。


「あ、ボス……なんか「飛ん」じまったようですね。くそっ、ワン公めわざとけしかけたな」


「そうしなきゃあの、緑の変な奴にやられていだろう、木偶の棒」


「なんだと」


「待って、とにかく逃れられたんだからよしとしなきゃ。ここはまだ危ないから帰りましょ」


 私が二人に声をかけ、歩きだそうとしたその時だった。


「――あっ」


 店舗同士が顔を突き合わせる通路の奥で、つい先ほど私を呑みこもうとした少女――『フローラ』がこちらを向いて立っているのが見えた。


「ちょっと、ここで待ってて」


「――あっ、ボス!」


 私は二人が制止するのも聞かず、少女の姿をした「敵」に向かって通路を進んでいった。


『フローラ』との距離が数メートルにまで縮まったところで私は足を止め、「うちの石亀と荻原にダメージを与えたのは、あなたね?」と叫んだ。

 近づくのは危険だとわかってはいたが、一言言ってやらないと気が済まなかったのだ。


 だが『フローラ』は私の問いには答えず、薄い笑みを浮かべたまま、無言でくるりと身を翻した。


「――待って!」


 そう叫んで私が一歩足を踏みだすと、『フローラ』もぴたりと足を止めた。次の瞬間『フローラ』の足元から緑色の細い触手が現れ、私に向かって床を這うように伸び始めた。



「うそっ」


触手は私の足元で動きを止めると、蛇が鎌首をもたげるようにひゅっと上に伸びた。次の瞬間、先端が瘤のように肥大し小さな『フローラ』の顔になった。


「――きゃあっ」


 私が思わず後ずさると緑色の『フローラ』はこちらに向かって口を開け、粉末のような物が混じった息を私の顔面に吹きかけた。


「――うっ」


 私は敵を侮ったことを後悔しながら、薄れてゆく意識の中で「なぜうちを狙うの……」と呟いた。

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