第9話 敵は探偵社の部下のように
「こりゃすげえや。ハンバーガーもシチューも竜田揚げも全部、一種のキノコだなんて」
金剛が取り皿を手に目を丸くして言うと、大神が「気づかないふりしてろよ」と言った。
当日、実際に集合した顔ぶれは大神、金剛そして私の三人だった。
慰労会にしては当初の予定よりずっと規模が小さく、ひとつのテーブルを囲んだ私たちは謎の親睦グループという感じだった。
「まあ全員、ぎりで二十代だしか兄妹か従兄弟……親族の集まりに見えないこともないかな。
「こんな兄妹いますかねえ」
私たちから少し離れたテーブルでは、大家の奈津子と友人らしき女性が談笑していた。こちらを一切、見ないのは気を遣わせたくないからだろう。
「そういえば、コンゴやウルフがうちに入った時って、石さんやテディよりかなり後なの?」
「そうでもないです。石さんたちの半年くらい後かな。羽月さんって人は、俺らが入った時にはもういませんでしたね」
「そうなんだ……」
「二十代前半だったはずだから、ボスの少し上くらいですかね」
――もう、せっかくの慰労会なのに、こんなことばかり気になるなんて。
私は自己嫌悪で料理の味がわからなくなっていることに気づいた。ああいやだ、気持ちを切り換えなくちゃと飲み物を取りに立ちあがりかけた、その時だった。金剛が低い声で「ボス、変です」と唸るように呟いた。
「変?」
「トイレに行こうと思ってるんですが、さっきから足に根が生えちまったように動けないんです」
「なんですって?」
テーブルの下を覗きこんだ私は覆わず「嘘でしょ」と小さな悲鳴を上げていた。床にある突起型の電源タップから緑色の物体が触手のように伸びて金剛の足元に絡みついていたのだった。
食事などしてる場合ではない、そう思って顔を上げた私は空ろな目でテーブルに突っ伏している金剛を見てまたしても悲鳴を上げそうになった。
「――コンゴ!」
「おい、どうしたんだよ木偶の棒!」
意識がどうかなってしまったのか、金剛は私と大神の呼びかけにもまるで反応しなかった。
どうしよう、とにかくあの足元にある奴を力づくでも引きはがさないと――
私が必死で頭を巡らせようとした、その時だった。金剛の肩のあたりから緑色の球根のような塊がひゅっと覗き、伸び縮みしたかと思うとなんと金剛の「顔」になった。
「――まさか! 嘘でしょ」
「畜生っ。しゃあない、こうなったら奥の手だ!」
大神がそう言い放つと、やおら天井を見上げ一点を凝視し始めた。大神の視線を辿った私はあることに気づきはっとした。大神が見ていたのは天井にある丸い照明器具だったのだ。
「……ウルフ?」
大神は「う、う」と一、二度ほど唸り声を上げた後、突然椅子の上から姿を消した。次の瞬間、金剛の肩のあたりにいた金剛の顔の「なにか」が「ぎいっ」と叫んで姿を消した。
「……ひょっとして!」
テーブルの下に目をやった私が見た物は、黒い小型犬と格闘している緑色の触手だった。
「無理しないで、ウルフ!」
黒い犬に噛みつかれた触手は、電源タップの穴に潜りこんで逃げようとしているように見えた。やがて触手が穴に吸い込まれる形で姿を消すと、黒い犬は「うーっ」と唸って椅子の上に戻った。
「コンゴを助けてくれてありがとう、ウルフ。お食事の途中だけど、そろそろ帰りましょ」
私がそう言って席を立とうと腰を浮かせかけた、その時だった。
――帰さないわよ。
どこからか声が聞こえ、私は思わずフロア内を見回した。すると少し離れた席にいる親子らしき二人組の前でなぜか目線が止まった。
「あの子……翠さんに見せてもらった写真の『フローラ』だわ!」
私は父親らしき男性と向かい合っている「少女」を見た瞬間、確信した。
「少女」は私の視線に気づいたのか、こちらを見て薄く微笑むとゆらりと立ちあがった。すると次の瞬間、私の目に信じられないような光景が飛びこんできた。向かい側に座っていた彼女の「父親」と思しき男性の姿がぐにゃりと歪むと、溶けるようにその場で形を失ったのだ。
――そうだ、奈津子さんは?
私がはっとして夏子たちのいるテーブルに目を遣ると、奈津子と友人がまるで麻酔薬でも打たれたかのようにぐったりと力なくテーブルに突っ伏しているのが見えた。
――うふふ、あなたは、私が「吸い取らせて」もらうわね。
、
謎の声に振り返った私は思わず目を見開いた。離れた席にいたはずの「少女」が、物音ひとつ立てることなく私の背後に移動していたのだった。
――すぐすむわ。じっとしてて。
私が不穏な気配から逃れようと本能的に身をよじった瞬間、「少女」の口が大き開かれ目と鼻が額の方にぎゅっとたくし込まれた。
「い……いや……」
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