第8話 大家さんの誠意


「『ファンガース』?」


 たまたま一人だった私はオフィスの電話に向かって、そう問いかけていた。


「そう、『ギガンティック・マルシェ』の一階にある自然食レストランを借り切って上げたの。大家の福利厚生なんて前代未聞の大サービスでしょ?」


 いつもはぼろ物件だの早く引っ越せだのとうるさい大家、大船奈津子おおふねなつこは上機嫌で言った。『ギガンティック・マルシェ』というのは巨大なショッピングモールの名前で、食材屋さんやレストランがひしめいている「食のマーケット」だった。


「あいにくと今、調査員が二人ほど怪我で休職中なんです」


「あらそう、残念。でもたまには貧乏くさいパーティーじゃなく、ちゃんとした食材のヘルシーバイキングもいいんじゃない?。今いる人たちだけでも、職員慰労ってことで空けなさいよ。そのくらいはできないと器量のない上司と思われるわよ」


「一応、全員に連絡を入れて諮ってみます。いつまでにお返事をすればいいですか?」


「そうね、今一時だから、三時までにくれればいいわ。二時間あれば通達できるでしょ?」


 私は「一応、やってみます」と言って通話を終えた。まったく貧乏くさいだの器量が無いだの、太っ腹な大家とは言い難い口の悪さだ。


 それでも、と私は思った。気晴らしをして不穏な空気を振り払うのは悪いことではない。


 私はさっそく、自分の机にあるパソコンを立ち上げた。こうなりゃミニリモート会議だ。  


 私は短い会議で使うフリーの通話アプリを立ち上げると、全員に「社員慰労会の打ち合わせなんだけど今、大丈夫?」と問いかけた。ほどなく全員分の返事が私のパソコンに帰ってきた。


「オーケーです、金剛」


「ちょっとなら 大神」


「すみません、返答遅れます 古森」


「次の機会で結構です。楽しんできてください 石亀」


「今、勝負中なんで、みなさんでどうぞ 荻原」


 最後のがちょっと気になるが、私はとりあえず金剛と大神に奈津子からの提案を伝えた。


「へえ、あの大家さんがねえ。……いいですよ。じゃあ仕事は昼までで一旦区切ります」


 金剛がそう言うと、大神も「別にいいっすよ」と特に異論を挟むでもなく同意した。


 古森からの返事はテキストで十分ほど後に届いた。中身は「すみませんボス。推しの限定グッズを落とさなきゃならないんで、今回はキャンセルです」だった。


「久里子さんも、一緒に行きますよね?」


「いや、悪いけどあたしは行かないよボス。お招きいただいたのはありがたいけどね。その代わりその日を休みにしてくれたら、ありがたいんだけど」


「わかりました。ゆっくり休んで好きな物を召し上がってください」


 ――それにしても、テディの「勝負」とはなんだろう。


 まさか療養中にパチンコでもないだろうから、ネットでギャンブルっぽいゲームでもしているのだろう。私はため息をひとつつくと、アプリを閉じてパソコンの電源を落とした。


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