第7話 最初期にして最悪の調査


 落ちついた環境で話をしたいという雛乃の希望で私が訪ねたのは、なんと住宅地の奥にある古民家カフェだった。


「緑衣の塔?」


「ええ。私にとって最初に近い依頼は、明島所長の古い友人からの物だったの。多草教授と言うその人物は地表類の研究をしている学者さんだった」


「チヒョウ類?」


「苔なんかのことね。多草博士はある時、特殊な苔に覆われた巨大な朽木を発見したの。博士はそれをとある企業の保養所だった「研究施設」に持ち帰り、朽木を『緑衣の塔』、朽木を覆っている苔類を『サイコネフィス』と名付け密かに研究を開始したの」


「サイコネフィス? それはどんな生物なんです?」


「一言で言うと精神感応――つまりテレパシー能力を持つ地表類ね。博士は苔同士がテレパシーでやり取りをしているという現象をとらえるため、実験を繰り返していたの」


「苔にテレパシー……」


「私も最初にその話を聞いた時は、苔にテレパシー能力があるなんてにわかには信じられなかった。でも事実だったの」


「ということは、超能力を確信するような出来事があったんですね?」


「ええ。ある時、博士の頭の中に何者かが「能力を増強する変異株を『緑衣の塔』まで持ってくるように」というメッセージを送り込み、気がつくと途中までその通りに行動しかけていたらしいの。つまり、『サイコネフィス』自身が自分を強化するため博士をテレパシーで操ろうとしていたわけ」


「苔がテレパシーで人間を? まさか」


「このことでにわかに危機感を覚えた博士は、最悪の場合を想定して保管していた能力を抑制する『抑制株』と『死滅株』を使って『サイコネフィス』の感能力を無害に近いレベルにまで弱めようと決めたそうよ。ところが、ある日実行に移そうとしたところ、隠しておいたはずの場所から両方の変異株が消えていた」


「消えた?」


「ええ。結論から言うと、『サイコネフィス』に乗っ取られつつあった娘の花菜が命じられるままに父親の部屋から盗みだして隠していたの」


「じゃあ、多草親子はその時点で『サイコネフィス』の支配下に置かれてしまったということ?」


「その一歩手前だったようよ。そこで博士は若い頃一緒に超能力の研究をしていた明島所長の所に出向いて「どうにかして『サイコネフィス』の超能力を封じたい。力を貸して欲しい」とある種の調査依頼をしたの」


「そんな相談をされて、叔父さんも困ったんじゃないかしら」


「そうね。所長が少なからず困惑しているのは、同じ部屋にいた調査員たち全員が感じていたわ。でも結局、所長はその依頼を受けることにしたの。私が花菜さんの家庭教師として施設兼住居に入り、「操られていた」花菜さんの記憶を探って『抑制株』の在りかを突き止めるという方法でね」


「記憶を探る? 雛乃さん、そういえばあなたも……」


 私が大神から聞いた話を思い出しながら問いかけると、雛乃はにっこりとほほ笑んで「ええ、そうよ。私にはテレパシー能力があるの。相手に気づかれずに意識や記憶を探ることもできるわ」と言った。

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