第6話 探偵年代記


「羽月さん?知ってますよ。最初期のスタッフで前所長が凄く買ってたらしいんですけど、その……「能力」を使ってしまうと具合が悪くなるらしくて、やむなく転職したそうです」


 大神の言葉に私はまたも絶句した。前所長が高く買っていた?そんな人のことを私が知らなかったなんて。


「じゃあ羽月さんも何か超能力を持っているのね?」


「ええ、透視能力と予知能力を持ってるんですが、さっき言ったようにあまり頻繁には使えないので現場で具合が悪くなることが多かったそうです」


「予知能力。そうなの……」


 大神の口調からすると、総じて印象の悪い人ではなかったようだ。でも……


「確かにそんな能力があったら調査も楽よね。でも手がかりにはなっても証拠にはならないわ。逆に不法侵入を疑われちゃう」


「そうなんですよ。念写もできるらしいんですが、今はCGがありますからね。普通に調査をすればいいだけの話なんですけど、超能力が思ったほど使えないことに引け目を感じたらしくて、辞めていかれたそうです」


「そんなこといったら私なんてどうなるの? 超能力どころか人としても並み以下の能力しかないのよ」


 私は複雑な気分になった。話だけ聞いていると、なんだかとても真摯で謙虚な人柄に思えてくるからだ。


「ボスにはボスの役割があるじゃないですか。超能力なんてちょっとした「足し」ですよ」


「じゃあ、具合が悪くならなかったら羽月さんが二代目だったのかも知れないわね」


 私は自分でも嫌なことを言ってるなと思いながら、さりげなく大神たちの反応を探った。


「ボス、えらそうなことを言うと思われるかもしれないけど、俺はボスが所長になって良かったと思ってます。ボス以上に向いてる人なんていませんよ」


 そう言って身を乗り出したのは、金剛だった。


「ありがとう。私はもっと適任な人がいたら譲る覚悟はできてるつもり。でも――」


「でも?」


「今は私がここの所長。どんな調査でも逃げずに最後までやり遂げるのが仕事よ」


「その意気です、ボス。ピンチになったらたとえボスがどこにいても飛んで行きます」


「そう言ってくれると心強いわ。……でも、ピンチにならないで済むのが一番だけどね」


 私がそう言うと、ささやかな笑いがフロアに満ちた。でも――


 ――本当はこんなポンコツじゃなく、ピンチを招かない所長だったらもっとみんなも楽だったのかも。


「だめね、もっとしっかりしないと」


 私は頭を振ると、ともすればネガティブになりかねない自分の悪い癖を振り払った。


                  ※


「ああっ、またやられたっ」


 エコバッグからレンジで温めるパスタを取り出した私は、思わず椅子の上でのけぞった。


 昼食はいつも前日仕込んだ惣菜とおにぎりなのだが、今日は何ひとつ用意できずコンビニのパスタを購入したのだった。そして新人店員がパスタに添えて寄越したのは――一本のスプーンだった。


 ――待てよ。前に使うことなく引き出しにしまった、コンビニフォークがあったはずだ。


 私はフォークを入れた二番目の引き出しを開け、お目当ての物があったにもかかわらず「あれっ、ない」と声を上げていた。


 コンビニフォークなどとは比べ物にならないほど重要な物品が、忽然と消え失せていたからだ。


「確かここに……入ってたはずなのに」


 ある物とは皮のケースに入った小型端末と、高級ボールペンを思わせる筆記具だった。


 私は物品の存在を知って以来、情報を見ることはおろか出して触ったことすらない。それが引き出しから消えているのだ。


 ――仮に不注意で紛失したのではなく、誰かが故意に持っていったのだとしたら?


 私は嫌な予感を覚えるとともに、「ある人物」の顔を頭に思い浮かべた。考えたくはないが、もし「彼女」なら理由を聞いてみたい。間違いだったら正直に謝ればいいのだ。


                ※


「あの、羽月さんですか? 私『絶滅探偵社』所長の汐田といいます」


 事務所に残っていた書類とネット情報で調べた羽月雛乃の連絡先に、私は思いきって電話をかけた。


「ああ、所長さん。よく私の連絡先がわかりましたね。何かお知りになりたいことでも?」


「はい、あの……実はうちの事務所に前所長が残した物品があるらしいんですけど、目に付くところにはなくて……羽月さんならご存じかなと思いまして」


「明島所長が残した物品?」


「小型端末らしいです」


 私が思い切って言うと、電話の向こうで雛乃が沈黙するのがわかった。やはりこの賭けは私の独り相撲だったのか?


「ごめんなさい、その端末は今、私が持ってるわ」


「羽月さんが?」


 ――ビンゴだ。でも、でも……どうして?


「あのペンはメモリースティックで、端末につなげて極秘のファイルを見る時の物なの」


「あなたはなぜ、そんなことをしたんです?」


「あれを事務所に置いておくのは危険だと思ったから」


「危険?」


「あのメモリーの中には七年前、初代所長の友人から受けた仕事の記録が入ってるの。でも決して良い首尾だったとは言えないから、いましめのために取っておいたというわけ」


「それをなぜ、こっそり持っていったんです?」


「それはあなたの事務所に、すでに職員の誰かに「化け」た敵が紛れていると困るから」


「敵とは誰のことです?」


「前所長の友人の娘――通称『フローラ』と呼ばれている女の子のことよ」


「フローラ?」


 私は絶句した。やはり石さんとテディの前に現れた女の子は同一人物だったのか。……しかし、なぜうちを狙うの?


「七年前、何があったかあなたは知っているんですよね、羽月さん。現所長として依頼の経緯をうかがわせてもらえませんか」


「いいわ。もとはと言えば私のミスで残してしまった遺恨だし」


「ミス?」


 私は雛乃の整った顔を思い返しながら、「先輩」の過去に今までとは違う興味をそそられていた。


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