第4話 被害者消失
「それは気になるわね……で、容体はどうなの?」
「腰の打ち身で二、三日ってとこらしいです。一応、検査やなんやらでもう一日泊まることになるようですが、明後日には退院できそうです」
「そう。でも念のため、一週間は療養してちょうだい。仕事の方はやりくりするから」
私が上司らしい言葉を口にすると、荻原は「参りましたね」と珍しくぼやいてみせた。
「だって事故よ? しょうがないじゃない。あなたにしては割り切りが悪いわね」
「七年間、この仕事をやってきて初めて有休を消化する羽目になっちまいましたよ」
「あなた、サボり魔のくせに一度も有休を取ったことないの?」
「ええ。幸い、法事が発生するような身内もいませんし。こう見えても精勤が自慢でしてね」
「じゃあいい機会だから、たっぷりと骨休めしてちょうだい。その代わり、ギャンブルも一週間預けよ。いい?」
「はあい」
荻原のおざなりにしか聞こえない返事に、私は言わずもがなの苦言を呈したくなった。
「テディ、大体あなたこの仕事を始めた時から、今みたいに賭け事まみれだったの?」
「とんでもない。先代に誘われた時にはまだ、無趣味の風来坊でしたよ。最初の何週間かはね」
「最初の何週間かって……じゃあほとんど仕事を始めたのと同じくらいじゃない。呆れた」
「始まりなんて、そんなもんですよ。何かきっかけくらいはあったかもしれませんが、そんな物いちいち覚えちゃいられません」
「タイムマシンがあったら、その頃のあなたに言ってやりたいわ。もう少し真面目に生きたら、上司からも一目置かれるエースになれるわよって」
「ああ、私も一言いってやりたいです。「止めるなら勝ってるうちだぜ」って」
荻原のとことん呑気な返しに、お小言を言うのも面倒になったその時だった。不意に病室のドアが開き、紙袋を携えた短髪の中年男性が姿を現した。
「すみません、荻原さんって方の病室は……あっ」
「やあ、わざわざすみません。来て下さらなくても大丈夫ですよ」
やって来た男性は会釈すると私と荻原を交互に見た。
「こちらは私の上司で汐田さん。心配して飛んできてくれたんです」
「それはどうも、私の不注意で部下の方に怪我を負わせてしまいました」
「いえ、お話は伺いました。うちの部下も急に交差点に飛び込んでいったようですから、避けようのない事故だったと思います。軽傷で済んだのがせめてもの救いです」
「じゃあ、骨を折ったり頭を打ったりはしていないんですね?」
「幸いなことに。日ごろの熱心な仕事ぶりを神様が見ていてくれたんでしょうね」
水増しの自己評価をすらすらと口にする荻原を見て、私は神様に「この部下の口数をもうちょっと減らすよう頼みます」と祈った。
「それは何よりです。……実はこうして駆け付けたのは、ちょっと見て貰いたいものがあるからなんです」
「お……私に?」
「はい。実は事故の直前、妻がその風景を動画で撮っていたんですが、そこに奇妙な物が映っていたんです」
「奇妙な物?」
「はい。これを見て下さい」
そう言うと男性は、荻原の前に動画再生の準備をした携帯を差し出した。
「――あっ」
画面を覗きこんだ私と荻原は、十秒ほどの動画の最後の方を見て思わず叫んでいた。
減速しながら交差点を曲がってゆく車のフロントガラスに一瞬、少女の姿が映り込んだかと思うと次の瞬間何かで拭ったように「消え」たのだった。その直後、荻原らしき影が横から現れ、画面が揺れて動画が終了した。
「どうです?」
「いましたね、一瞬。女の子が」
「しかも、編集アプリで消したみたいに本当にいなくなっちゃったんです」
「そうですね。でも信号が変わるまではちゃんといました。だから飛び込んだんです」
私はしきりに首を捻っている二人に「じゃ、私はオフィスに戻ります」と言い置いて病室を後にした。
――あの女の子……「消えた」石さんの娘さんのお友達と同じ人だった――
私はにわかに速まった鼓動を宥めながら、考えを整理すべくオフィスへの道のりを急いだ。
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