第15話 想像

 ターシャとイゴール、そしてラナは、ランタンの灯りを頼りに坑道の奥深くへ歩みを進めていた。ランタンの火が素掘りの坑道を照らし出し、ゴツゴツとした岩肌が暖色に照らし出される。


「かなり深い坑道なのね。これは本当に冒険だわ」

「まだまだ先があるんだよ〜、それにほら、後ろを見てみて」


 ターシャに言われたラナが振り返ると、坑道の入口の白い光は微かな点に程にしか見えなかった。


「もう結構深いところだったのね……」

「でもこの先にもっとすごいものがあるから。きっとラナもびっくりするよ!」

「それは楽しみね」


 ランタンに照らされたラナの表情は笑顔だったが、額には汗の粒が光っていた。以前この行動で、玉のような汗を流したあとダウンするターシャの姿を目の当たりにしていたイゴールは、すこし心配になりラナを気遣う。


「ラナ?大丈夫か?」

「ん?ああ、歩きっぱなしだったからちょっと疲れただけよ。ありがとう。先へ進みましょう?」


 そう答えたラナは、イゴールを見つめ少し顔を赤らめたあと、握り拳を作ってまだ歩ける意思を示した。そして、歩き続けたことによる疲れを見せまいと、自ら坑道を進むことを提起する。三人は、ランタンの灯りを頼りに再び坑道を奥へと進み始め、再び外界の白い光は遠ざかり始めた。歩きながら、ターシャはイゴールとラナに心中を話し始める。


「あのね、つい最近までわたしやイゴールはナフトライトのことなんて知らなかったし、お話の中じゃない現実の世界に、こんな不思議な石が存在するなって思ってなかったよね」

「そうだな、ナフトライトのことは本当に不思議に思うよ……まだ夢でも見てるんじゃないかっておれまだ思うんだ」

「私は小さい頃から身近だったけど……母さん以外にナフトライトを使える人間に出会ったのは、ターシャたちが初めてよ」

「でしょ?だからね、わたしたちが現実にありえない物って、実は他にもあるんじゃないかな?」


 ターシャの想像したことは、彼女らにとっては一理あることだった。しかし、それを証明するための手段や、そういった能力を持った他の者に出会うことは容易いことではない。


「うーん確かにそうかもしれないよな……思ったことを現実にするような石がこうして存在するくらいだし」

「考えたこともなかったわね。でもどんなものかしらね、例えば私やターシャが持ってるナフトライト、炎は出せるけど、水が飲みたいと思っても水が出てきたことはなかったわ」

「そう。だからね、例えば水を出せたり、急に風を吹かせたりするナフトライトもあったりするのかなって」

 

 持った人間が炎を出せと願うと、炎を出現させるナフトライト。この石の能力が、もしかしたら他にもあるのではないかとターシャは考えていた。そして、そんな不思議な石が現実に存在することを知ったことから膨らんだ想像を口にした。


「あとね、もしかしたらこの世界におっきいドラゴンが居たりとか!」

「ブっ!」

「え?ド、ドラゴン……?」

「何で笑うのよ!ほんとに居るのかもしれないでしょ!」


 吹き出すイゴールと首を傾げるラナに、ターシャは抗議する。幼い頃に読んだ、物語の世界で繰り広げられる魔法や不思議な現象。それに等しい現象を今では自分の手で起こせることで生まれた興奮が、ターシャの想像力を掻き立てて、物語の中でしか存在しないと考えられている生物が実在することを思い起こさせていた。


「くっくっく、ナフトライトは確かに信じられないけどさ、ドラゴンは話が飛びすぎだって」

「居ないって証明はできないけど……それだけの生物が居たら何かしら証拠は残るんじゃないかしら」

「う~ん、二人はどうして居るかもって方向に考えないのかなあ……」


 ターシャは残念そうに口を尖らせる。しかしながら、イゴールとラナに信じてもらうことはできなくとも、ターシャの中では、ドラゴンといった物語の中で登場する生物が、きっとこの世界のどこかに存在するという信念は揺らいでいなかった。


「まあまあ、もし本当に目の前にドラゴンが現れたら信じるからさ」


 イゴールがターシャを宥める頃、坑道は徐々にその大きさを広げていた。振り返っても、外界の白い光は全く見えることはない。ランタンの灯りだけが、坑道内を照らし出していた。



 やがて三人は、坑道の深部――体育館程の広さや高さのある空間にたどり着いた。


「これはすごいわね……人工的な坑道というよりは、まるで天然の洞窟みたいだわ」

 

 ターシャとイゴールに連れられて、初めてこの場所を訪れたラナは感嘆の声を漏らし、ランタンの薄明りの中でも周囲を見回した。そして、広い空間の奥から聞こえてくる水音に気付く。


「奥から水音がするわね」

「そう、向こうが湖みたくなってるの。きれいだよ~」


 三人は、空間の奥の水場に近づいた。壁面の穴から絶え間なく水が噴き出し、湖に流れ込んでいる。ラナが湖を覗き込むと、水が流れ込むことで発生する波紋が、水面に映る自分の顔を歪ませていた。


「深そうね、これは落ちたくはないわ」

「でもきれいな場所だと思わない?実はわたし、結構ここ好きなんだ」

「そうね……こんな国でもこんなに綺麗な場所があったのね」

「うん!ここはわたしたち三人の秘密の場所だよ!」


 地下の湖をバックに、ターシャは両腕を広げて見せる。ランタンの灯りがターシャの金色の髪を照らし出し、その光景はなにか神々しささえ感じさせ、イゴールとラナはその神秘的な光景に見入った。イゴールは、見慣れたはずの幼馴染の姿を、まるで物語の中の女神が本当に表れたかのように見つめる。


「サルグラードが……あの家が嫌でズロポラツクに来たけど、ターシャやイゴールに会えてここに来られて良かったわ。本当にありがとう」


 神秘的な光景の前に、ラナが二人に感謝の意を述べると、ターシャは微笑みイゴールは照れくさそうに鼻の下に指をやる。そして、ラナの感謝の意にターシャとイゴールが答える。


「全部運命なんだよ。わたしたちがナフトライトを手にして、ラナがサルグラードからやってきて、お友達になって……どれが欠けても、わたしたちは今ここに居なかったんだよ。だからね、わたしはラナに会えて本当に良かった。ありがとう」

「おれも…その、ターシャが行こうって言わなかったらこの坑道のこととかナフトライトのこととか知らなかったし。ラナも最初イヤな奴だなって思ってたけど、全然イヤな奴じゃなかったしさ、新しい友達が出来てうれしいよ。二人ともありがとうな」


 深い坑道の奥底で、感謝の意を伝えあう少年少女。彼女らの友情は、ナフトライトという“魔法の石”が生み出す炎のように熱く燃え上がっていた。ランタンの灯りの元で、三人は小さな手を取り合う。


「さ、それじゃあわたしたちの冒険の成功と友情に――


「お前らそこを動くな!!」


 ターシャが言いかけた途端、突然坑道に響いた聞きなれぬ怒号に、その熱は急速に冷めていった。

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