第14話 再びの旅立ち

 次の日曜日の早朝、同じ時間でも先週よりもすこしだけ空が白むのが早まった街の広場。雲一つない群青の空の下、金髪のおさげを揺らしながらターシャがやってきた。


 少年団の制服の上に外套を纏い、大きな背囊を背負った、遅くなっても多少汚れても言い訳が効く、ターシャの中では冒険用といえる装いだった。


 暫くすると、ラナが広場に現れた。ナフトライトの坑道を訪ねることを決めてから、ターシャとイゴールは、初めて冒険に加わるラナに休み時間や放課後を使い入念に打ち合わせを行っていた。ミーティングで決めたとおり、ラナはターシャと同様の少年団の制服姿だった。


「おはようターシャ。今日はよろしくね」

「おはよう、ラナと冒険に行けてうれしいな!でもまだイゴールが来てないの」


 先週はターシャよりも先に広場に着いていたイゴールだったが、この日は彼の姿はまだ見えなかった。やがて、出発を決めていた時間ギリギリになって、息を切らしながらイゴールがやってきた。


「ごめん!遅くなった!」

「遅いよ〜、やっぱりイゴール冒険が怖いんでしょ!」

「違うって、母ちゃんに捕まりそうになったんだよ!」

「イゴールって怖がりなの?」

「あっ、ラナまでおれの男を下げるようなこと言うな!」


 早朝の広場に、楽しげにじゃれ合う三人の声が響く。やがてターシャたちは目的地へ歩き始めると、広場に面した建物の陰から一台のワンボックスカーが静かに現れた。ワンボックスカーは、離れた位置からターシャたちを追い始めた。


 

 三人は牧草地を抜け、山に分け入っていく。先週よりも雪解けが進み、路肩からはすっかり雪が消えて、いよいよ長い冬も終わりを感じさせる。日もだいぶ高くまで登ってきた頃、三人は街を一望できる高さまで山道を登り進んでいた。


 青空の下に広がる街並みと、遠くに連なる白い山々を前に立ち止まり、それぞれ水筒の水を飲んで一息つくと、ラナが口を開いた。


「この街は綺麗な街ね」

「でしょ?わたしこの街だいすきなんだ!ここからの眺めは、先週初めて知ったんだけどね」

「おれは将来はもっと大きい街に出たいよ……ラナはサルグラード生まれでうらやましいな」

「綺麗なことはいいことじゃない。サルグラードなんて同じようなアパートばかり立ち並んで日当たりは悪いし、工場や車の排気で空気は汚いし、街中プロパガンダとスローガンばかりよ……」

「そうなんだ……でもラナがズロポラツクを気に入ってくれたみたいでうれしいな」


 ターシャは嬉しそうにラナを見ると、ラナも同じように微笑み返した。つい先日までのラナとは別人のような反応は、まさに雪解けの季節を表しているようだった。


「さ!坑道までもう少しだぞ!」


 イゴールの号令で、三人は再び坑道へ向けて歩き出す。石橋を渡り、川に沿った細い道を登る。ターシャとイゴール、そしてラナは程なくして、坑道前の広場にたどり着いた。


「ここだよ。ナフトライトの坑道」


 山の斜面に面した坑道は、先週ターシャとイゴールが入口に立て掛けられた板をどかした状態のまま、黒黒とした坑道が口を開け三人を出迎えていた。


「いかにも“魔法の石”が眠ってそうな坑道ね……私のナフトライトもここで採れたのかしら」

「まさかまた来ることになるとは思わなかったな……」

「わたしがナフトライトを拾って、ラナがやってきてまた坑道に来られた。やっばりわたしたちってここに来る運命だったのかな」


 そのとき、ふと風が吹くと、まるで三人の発言に答えるかのように坑道の入口がボウッと音を鳴らす。その音は、坑道がまるで何かの生き物で、その鳴き声であるかようだった。


 突然の不気味さに、イゴールとラナはぞわりと身震いする。しかしながら、ターシャは相変わらず青い瞳をキラキラと輝かせて、新たなる冒険への期待を膨らませていることが伝わってきた。


「それじゃあ、もう一回冒険へ出発!」

「待て待て、灯りを点けろ灯りを」

「あ、忘れてた!ランタン!」

「ナフトライトを灯りにして坑道に入ったら、きっと力尽きて帰れないわね」


 ターシャの勇み足をイゴールが制し、ラナが突っ込んでゆく。ターシャは背囊からランタンを取り出しガラス製の覆いを取り外すと、外套のポケットから磨かれたナフトライトを取り出し、ランタンの芯に近づける。


「えい!」


 ターシャが気合いを入れると、ナフトライトが反応しランタンの芯に火が灯った。



 ランタンの灯りが坑道の暗闇に吸い込まれ、徐々に遠ざかっていく。それを見届けるように、離れた位置から気づかれないようにターシャたちを追跡してきたワンボックスカーが広場に現れた。


 ワンボックスカーが停車すると、ドアが開き三人の男が降り立った。運転席から降りた男が、坑道の暗闇を見ながら二人の男に話かける。


 そのうちの一人は、先日ラナのターシャが放った炎弾が外套を燃やし、危なく丸焦げになりかけた男だった。


「何だここは……?こんなとこで何する気だ?」

「こんなところに“標的”を連れてきて、“標的”に何かあったらどうする気だ……俺たちがタダじゃ済まないぞ」

「だからこそさっさと捕まえてサルグラードに帰るんだよ。こんな任務ウンザリだよ」

「まあこんな人気のないところならかえって動きやすい。この洞穴の中に入って“標的”を確保するぞ」

「あとの二人はどうする?」

「無視しても構わない、民警に言ったところで相手にされないし根回しはされている。下手に抵抗するようなら、最悪殺してしまえばいい」

「了解。でもあの金髪おさげのほう、いいんだよなぁ……」

「……好きにしろ」


 三人組は暫く不穏なやりとりをした後、小さなライトを手にして坑道に入っていった。

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