第12話 友達
(あったかい……)
ターシャが目覚めると見慣れた自室の光景ではなく、ここ最近何度か目にしていた古めかしくどこか懐かしい室内の様子が視界に入った。ぼんやりした思考で自身の状況をすぐに思い出すことができず、部屋の中を見渡す。そこは、ターシャにナフトライトの存在を明かした老人、そしてこの国の首都から、東の外れにあるこの街――ズロポラツクへ単身転校してきたクラスメイト・ラナが暮らす家だった。
「あれ?わたし……」
「あ、起きた!よかった!」
ふと、毎日のように聞いていた声が耳に飛び込んできた。顔を声の方向に向けると、幼馴染の少年・イゴールの少し心配そうな顔があった。
「あれ、イゴール?なんで?」
「おまえあんな無茶しやがって……おれがナフトライトを渡したのも悪いかもしれなかったけど、とにかくすぐに目が覚めてよかった」
「あ、そうか、わたしナフトライトで炎を出して……それで……」
「そうそう、すごかったぞ!おかげで悪党を退散させたんだ」
「そっか……ラナの技がわたしにもできたらって思って、それでイゴールがナフトライトを渡してくれて――あ!ラナ!ラナは無事なの!?」
ターシャは、記憶をたどりなぜ自分が老人の家に寝かされていたかを思い出す。正体不明の襲撃者に襲われたラナを、どうにか自分の力で助けられないかと考え、イゴールが偶然ナフトライトを持ち合わせていたこともあり、見様見真似でその力を炎弾に変え救出を試みた。しかし、原石のままの複数のナフトライトに思考を流れ込ませた結果、ターシャは急速に体力を奪われ意識を失い、救出の成果を確認することができていなかった。
「無事よ」
イゴールの背後から、どこか冷たさの漂う少女の声が聞こえた。ターシャは声の主を見ると、相変わらず無表情のラナの姿があった。
「あ、ラナ……無事だったんだ!よかった!」
一か八かの、まだ使い方もおぼつかないナフトライトを無理矢理使った救出作戦の結果が明らかになり、ターシャの顔に笑顔が戻った。ソファに分厚い毛布を掛けられ寝かされていたターシャは上体を起こし、適当な椅子に腰かけてたイゴールの隣に同じようにラナが座りターシャを見つめる。
「あんたあんな無茶やって……死んだらどうするのよ。それに炎弾だって下手すりゃ私に当たってたわよ」
「ごめんなさい。でもわたしラナが大変なことになってたから、ラナを本当に助けたいって思ったんだよ。わたしね、いつもイゴールとかお母さんに助けてもらってばかりだったの。ナフトライトを見つけた時だって、わたしが無理矢理イゴールを誘って山の廃坑へ行って……それでランタンの燃料を切らしちゃったんだけど、イゴールが励ましてくれたからナフトライトの力が使えることがわかった。そしてラナが転校してきて、同じ力が使えるからお友達になれたらなって思って。そのあとすぐにさっきみたいなことが起きて……だから今度は私が誰かを助ける番が来たんだなって思ったの」
「あんた……」
「だからね、今日はわたしがラナを勝手おに友達だと思って助けたの。だから、ラナはわたしがお友達でなくても気にしないでいいからね。さ、もう元気になったからわたし帰るね。休ませてくれてありがと。おじいさんにもよろしくね」
「……」
ターシャは、傍に置いてあった通学鞄を手に取り玄関口へ向かおうとした。そんなターシャを、ラナが呼び止めた。ターシャに続いて、老人宅を後にしようとしたイゴールも振り返る。
「待って」
「?」
「その……私あんたみたいなのに会ったの初めてだったの。サルグラードで近寄ってくる連中はみんな私をダシにしようとする奴らばっかり。だから私、そうやって純粋に友達になろうって言われたことなくて、どうしたらいいかわからなかった。だからあんな態度取って……。それに初めて声をかけてきたときに、ナフトライトが使えることにも気づいて、この子は私と同じ力があるんだなって。あんたは私に怒ってるかもしれないけど、私はあんたに友達だって言われて、うれしかったわ……」
「ラナ……」
「許してくれなんて言えないわ。でも今日あんたが助けてくれたのは、絶対に忘れないから」
ラナは栗色の瞳に涙を溜め、心中をターシャに告白した。これまで素直に気持ちを表せなかった自分の情けなさや、あれだけ突っぱねた相手にも関わらず友達と思って助けてくれたターシャへの感謝や申し訳なさを、意を決して吐き出した。
ターシャはラナに近づくと、色白の小さな両手でラナの両手を握り微笑む。
「ふふ、ラナってちゃんと素直なんだ」
「ごめんなさい。あんたは私の最初の友達だわ」
「う~ん、お友達だったらごめんなさい、よりありがとうって言ってほしいかな……あと“あんた”はやめてほしいな」
「ありがとう。……ターシャ!」
ラナは少し恥ずかしそうにターシャの名前を呼んだ。手を取り合う二人を、イゴールはやれやれと見守る。そして、別の部屋からラナの祖父が現れた。
「やあターシャちゃん、起きてたんだね。体の具合はどうだい?」
「はい、もう元気になりました!」
「話は全てイゴール君とラナから聞いたよ。ラナを助けてくれてありがとう……そして、これを。」
老人は、磨かれて鏡のような光沢を放つ赤茶色のナフトライトを差し出した。
「あ、そうだ!わたしのナフトライト!」
ターシャは早速、磨かれたナフトライトを握りしめ意識を向けてみた。スベスベとした感触も心地よく、容易く手元に炎が灯る。
「すごい、普通のナフトライトより全然簡単に炎を出せる!本当にありがとうございます!」
「ラナを助けてくれたとき相当無茶してくれたみたいだからね。でもこれなら、倒れるほど体力を使わなくても、ナフトライトの力を発揮できるはずだよ。まあ、そうそうナフトライトを使うことなんてないとは思うが……」
「はい!大切にしますね。でもまたラナが襲われたりするのは嫌だな……」
磨かれたナフトライトを愛おしげに眺めるターシャだったが、誰かを助けたいと願う反面、そういった場面に再び遭遇するのは避けたいとも願っていた。
「ターシャ、悪いけどわたしと居る以上はこれからも“あいつら”が関わってくる可能性はあるわ。それでも私と友達でいてくれる?」
ラナは少し不安気にターシャに尋ねた。ラナは、自分を襲った者の正体に薄々気付いているかのようだった。
「もちろん!ラナが大変なときはわたしが助ける!だからラナもわたしがピンチのときは――
「助けるわよ。友達でしょ」
そんな喜ばしい温かな雰囲気の中で、イゴールは、ポケットからゴツゴツとしたナフトライトの石を取り出した。
「あの〜、ちょっとタイミング外したけどこれ……」
「あ、さっき使ったナフトライト。そういえば何で持ってきてたの?」
「実はさ、おれはナフトライト使えないけど、おれのもおじいさんに磨いてもらえたらなって思ってさ……」
「だから持ってきてたんだ。じゃあラナを助けたのはわたしだけじゃなくイゴールもだね!」
ターシャの言葉に、イゴールは照れくさそうにはにかむ。何故かラナは心做しか顔を赤らめせたように見えたが、すぐに顔を逸らしてしまった。老人はイゴールから石を受け取ると、数があるから何日か預かっていいかなと尋ねた。イゴールはよろしくお願いしますと答え、老人に石を託した。
「じゃあ明日学校でね、ラナ」
「ラナ、また明日な。おじいさん、おれのナフトライトをよろしくお願いします」
「うん……ターシャにイゴール、今日は本当にありがとう。おやすみ」
「二人ともラナをありがとう、帰り道気を付けて。ナフトライトのことは任せて」
老人宅の玄関口で、4人がそれぞれこの日の別れを告げ合う。最後に、ターシャは何かを閃いてラナに声をかけた。
「そうだ、昨日もラナの家にお邪魔しちゃったから……明日はうちに遊びに来ない?友達になったしるしに、とっておきの秘密を教えてあげる!」
「ターシャの秘密?私が行っていいなら……」
ラナは少し戸惑いながら、祖父に顔を向ける。
「行っておいで、ラナ。わしは今ターシャちゃんの秘密があるなんて聞いてないから」
「それじゃあ……行ってみようかな」
「じゃあ決まりね!また明日ね!」
「うん、また明日。」
こうして、昨日までのターシャとラナの間の雰囲気は、思いもよらぬ騒動を引き金に僅か一日で一変することになった。
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