第11話 襲撃

 次の日、ターシャとイゴールはいつものように連れ立って登校した。教室に入ると、昨日転校してきてラナの姿を見つけ、ターシャは少し緊張しながら声をかける。


「ラ、ラナ。おはよう」

「……」

「昨日はごめんなさい、ちょっと無理矢理すぎたかなって思ってるよ。でもお友達になりたいって気持ちは変わらないから、もし許してくれるなら、お話してね……」

「……ナフトライト。もう出来たっておじいちゃんが。」

「あ、ありがとう。放課後取りに行っていい?」

「……」


 ターシャは昨日、知らなかったこととはいえラナの気持ちをあまり配慮せず強引に接近したことの謝罪と、今も友達になりたいという気持ちをラナに伝えた。ラナは机に突っ伏したまま、登校間際に祖父からターシャに伝えてほしいと頼まれた要件だけを素っ気なく伝え、黙ってしまった。ターシャは未だにラナが怒っていることを感じ、しゅんとしながら自分の机についた。



 昼休み――基礎教育が無償で提供されるこの国では、学校での昼食も校内に附設された食堂で無償提供されている。普段はそれぞれ仲の良い同性のグループで昼食を摂ることが多いターシャとイゴールだったが、この日は珍しくイゴールがターシャを昼食に誘った。おやおや遂に愛の告白ですかお幸せにと、からかう友人達を適当にあしらうと、二人は適当な空席につき、パンとスープに小さなサラダがついた昼食を食べ始めた。


 パンにかじりつきスープをかき込むイゴールは、虚ろな表情でパンをちぎり口に運ぶターシャを見る。


「全然進んでないじゃん」

「うん……今日はちょっと食欲ないや」

「ラナのことだろ?」

「……うん」

「だろうな」


 ターシャは、自分がラナと友達になろうとして、それがラナには不愉快なものだったことを気にしていた。その一方で、ナフトライトの秘密を共有できるラナとの関係を築くことを諦めきれないという感情の間に立たされていた。


「わたし、笑ってお話すれば誰でもすぐお友達になれると思ってたんだ。でも、ちゃんと相手の気持ちも考えないと相手を嫌な気分にさせたりしちゃう。急にじゃなくて、少しづつ仲良くならなきゃだめなんだな……って」

「珍しいな、ターシャらしくもない」

「え……」

「確かにターシャって結構強引に事を進めようとするところあるけどさ、日曜に坑道に行ったのだってそうだろ。でもそのおかげで、ナフトライトのことを知ることができたんだ。だからさ、直さなきゃならないとこはそうなんだろうけど、ターシャの押しの強さはそのままでいいと思うぞ」

「イゴール……」

「ま、あんなのがずっと隣の席ってのもキツいしな。ターシャが何とか友達になってもらうことをおれは祈るよ」


 イゴールは、彼なりの言葉でターシャを励ましたつもりだったが、何か恥ずかしそうに、皿に残っていたスープをかき込みはじめた。


「うん…!やっぱりわたしラナとお友達になりたいし、ナフトライトのことも……ありがとうねイゴール!」

「ほら、早く食わないと昼休み終わっちまうぞ!」

「本当だ、早く食べよ!」


 そんなイゴールの気持ちを察したターシャは、いつもの笑顔を浮かべて、自分の心境を伝え、イゴールと同じようにスープをかき込んだ。



 午後の授業が終わり、終業のベルが鳴り響くと、ターシャはラナの元に近寄り声をかけた。


「ラナ、今日わたしのナフトライト取りに行くね!」

「……好きにすれば」


 相変わらずラナは素っ気なく、外套を着込み通学鞄を持つと、ターシャを置いていくようにスタスタと家路につきはじめた。彼女の家に向かう必要があるターシャも、置いていかれまいと彼女の背中を追った。


「あっ、ターシャ!ちょっと待てよ!おれも行くから」


 その時、クラスメイトとじゃれていたイゴールがターシャに気付き、彼女を呼び止めた。


「えっ、今日はイゴールは別にいいよ!来るなら早くしてね!」

「いや、ちょっとな。とにかくおれも行くから!」


 ターシャとイゴールは慌ててラナを追ったが、二人が少しもたついた間にずいぶんと距離が離れてしまった。


 ラナは二人など気にせずスタスタと歩き続ける。その時、一台の自動車が二人を追い抜いていった。自動車は、配送や人員の移動に使われる、この国では広く普及しているワンボックスカーだった。ワンボックスカーは雪解けの水溜りを跳ね飛ばし、車道側にいたイゴールに盛大に泥水を浴びせた。


「クッソ!また泥だらけかよ!」

「ラナ〜!待ってよ〜!」


 そして、ワンボックスカーはラナの傍で急停車した。急停車したワンボックスカーから、3人の男が降りてくると、ラナの前に立ちはだかる。


「何よあんたたち……!まさか――


 ラナが言いかけると、男の一人が腕を掴み、ワンボックスカーに引き込もうとする。


「離してよ!!」


 ラナは四肢をばたつかせ、腕を掴んだ手を振り払おうと抵抗していた。


 道行く人々は、そんな光景を横目に何もなかったかのように通り過ぎる。この国では、国家からあらぬ疑いをかけられた者が街中でで国家機関――国家保安省に突然連行されるということは、珍しいことではなかった。特に職場や家庭のある大人は、こうした光景を見て見ぬふりをすることが、社会通念として蔓延していた。


 少し離れた場所にいたターシャとイゴールは、突然目の前で繰り広げられた光景に驚愕する。


「ラナ!な、何で!?」

「やっばいぞ……あれ、でもなんか変な感じが……」

「イゴール何とか出来ないの!?」

「いや、あれだけ抵抗すると、大抵警棒で頭殴られて気絶させるのに……」

「じゃあ国家保安省じゃないってこと!?」

「わかんねえけど……」

「でも相手が誰でもラナを助けなきゃ!」

「でもどうするんだよ」


 正体不明の男たちは、徐々にラナをワンボックスカーに引き込みつつあった。ラナを助けたいというターシャの望みは本心だったが、この国で最も恐ろしい行政機関である国家保安省という存在が脳裏によぎる。


 噂で耳にした数々の恐ろしい尋問方法を思い出し、ターシャの脚をすくませる。しかし、そういった非人道的な仕打ちを、これから友達になろうとしているラナが受けることを想像するのは耐え難いものだった。


(そうだ……わたしいつもみんなに助けてもらってばかり。今度は、わたしが誰かを助ける番なんだ……!)


 ターシャは、うろたえるイゴールを横目に外套のポケットをまさぐる。しかし、思い描いた救出方法を行使するために必要なものがそこにはなかった。


(わたしのナフトライト……?あ、昨日……そんな……!)


 昨日、ラナの祖父に預けたナフトライト。それを受け取りに行く最中にこのトラブルに巻き込まれたことに気付き青ざめた。


(わたしまた何もできないの?どうして!?)


 その時、イゴールが自分の通学鞄からそれを取り出した。いくつかの、赤茶色をした石。日曜に、ターシャと冒険した洞窟で拾い持ち帰った“魔法の石”――ナフトライトの原石だった。


「ターシャ!これ!」

「あ!ナフトライト!でもどこから――

「いいから早く!」


 イゴールはターシャに、拾ったままの姿のナフトライトを手渡す。ターシャはゴツゴツとしたいくつかのナフトライトを握りしめ、意を決したように目を閉じ、意識を集中させた。


(そう、今日のわたしはラナを助けるんだ!だから頑張らなきゃ!)


 ターシャは、前日ラナが人気のない公園で放った炎弾を思い浮かべる。わたしもラナみたいに、あんな炎の球を飛ばせたら、きっとラナを助けられる。わたしだってナフトライトが使えるんだ、いつも助けられてばかりだったけど、今日は私が助けるんだ。そう思い、握りしめたナフトライトに意識を込める。


 ナフトライトは光を放ち始めると、ターシャの手元に炎が灯った。


(私が悪い人をやっつけるんだ!!)


 ターシャがそう強く思った途端、人間の頭部ほどもある炎弾が生まれ、ラナを襲う男たちに目掛けて炎の尾を引きながら矢のように飛翔する。炎弾は、ラナの腕を掴んでいた男に命中し男の外套を燃え上がらせた。


「クソッ!急に何だってんだ!!」


 突然の事態に男は慌てふためき、掴んでいたラナを腕を離す。抵抗していたラナは、引っ張られていた方向の力を急速に失い、身体を支え切れず地面に倒れ込んだ。取り囲んでいた男の一人が、仲間を包み込む炎を消そうと自分たちの外套で燃え上がる男を叩く。


「熱い熱い熱い!早く消してくれ!」

「馬鹿野郎、外套を脱ぐんだよ!!」


 ラナを掴んでいた男は、仲間に言われた通り燃え上がる外套をどうにか脱ぎ捨ててワンボックスカーに乗り込んだ。仲間の男も、ターシャとイゴールを一瞥したあと乗り込むと、ワンボックスカーは黒煙を吐いて急発進した。路上には、まだ燃えている外套と地面から身体を起こすラナだけが残された。


「ターシャやったぞ!あいつら逃げてった!」


 イゴールは目の前の光景に歓喜し、ターシャの肩を叩きラナに駆け寄ろうとする。しかしターシャは脂汗を浮かべ、肩で息をするばかりだった。


「はあ、はあ……うん、よかった……わたし、がんばれたよ……」


 ターシャは、純度の低い複数のナフトライトを使い、まして炎弾を飛翔させるという技を始めて成功させた。しかしその行為は、まだナフトライトの使い方を捉えきれていないターシャの体力を大いに奪うことになった。


 脚が震え、深く息を吸えなく、頭から血の気が引いていく。


 「あ――


 言葉にならない声を一言絞り出すと視界が真っ暗になり、ターシャは地面に崩れ落ちた。

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