第9話 追跡


「イゴール、今のって……」

「ああ……昨日ターシャがやったのと同じ……いやそれ以上だな」

「なんでラナが出来るの……」

「わからねえよそんなこと……」


 ラナが繰り広げた光景は、昨日ターシャが起こした石を握り念じると炎が現れる現象そのものだった。しかし、昨日のターシャのような、坑道内を照らした暖かな炎とは違う、炎の塊――炎弾が手元を離れ飛んでゆくという攻撃的なものだった。


 再び歩き始めたラナは、公園の出口に向かう。木陰に立ちすくんでいたターシャとイゴールだったが、ターシャはラナの姿を追いかけようと歩き始めたが、外套の後ろ襟をイゴールに掴まれ制止された。


「うわっ!なにすんのよイゴール」

「ターシャお前まだラナについていくのかよ、もう止そうぜ」

「でもなんでラナがあんなことできるのか知りたいよ……」

「石のことは二人で秘密にしようって言っただろ。下手に目立ちたくないのはラナも同じだと思うぞ」

「でも、わたしが同じことが出来るって知ったらラナもお友達になってくれるかもしれない!」

「おい、待てってば」


 ターシャはイゴールを振りほどいて、ラナの姿を追う。イゴールはターシャが大それた行動に出ることを懸念し、渋々その後を追った。その姿はまるで、手綱を放した飼い犬が走り去るのを追いかける飼い主のようであった。


 ラナはアパート街を通り過ぎ、踏切を渡り古くからの住宅地に差し掛かった。この日もまた、立ち並ぶ屋根の向こうに聖堂の三角屋根が聳えている。晩冬の太陽は、徐々に高度を下げ始め、古い街並みをオレンジ色に照らしはじめていた。


「あれ、ラナはアパートじゃないんだね」

「ああ。そういえばこの辺って……」

「うん、この間のおじいさんの家の近くだね」


 ラナの姿を追うターシャとイゴールは、近所に数日前に偶然招かれることになった老人宅があることを思い出していた。ラナは何度か曲がり角を曲がると、古い一軒家――ターシャとイゴールに“魔法の石”の噂話をして、地図を託した老人の家に、まるで自分の家に帰りついたかのように吸い込まれていった。


「どういうこと?」

「どういうことだ?」


 ターシャとイゴールは、別の家の塀の影で同時に発言して顔を見合わせた。



「ただいま」


 ラナは、家の中に入ると暖炉の前で本を読んでいた老人に帰宅を告げた。外套をコート掛けに引っかけると、少しだけ表情を和らげて老人の傍に近づく。


「おかえりラナ、こっちの学校はどうだい?」

「ちょっと変わった子がいたけど……でも、あとは何も面白くないわ」

「そうか……」


 ラナは学校での出来事を思い出すと、すぐに無表情に戻ってしまった。そんなラナを見た老人は、少しだけ残念そうな反応を示したが、続いてラナは老人を見据えて語る。

 

「おじいちゃん……私、あの家に居たくなかった。あの男のために利用されるのなんてもう嫌だったの。だからおじいちゃんがこっちに引っ張ってくれたのは、本当にうれしかったわ」

「わしが娘をあんな奴にやってしまったせいで……だからせめて何とか、孫娘の助けになってやりたい、そう思ったんだ。少しでもラナの助けになったのなら、本当によかった」

「おじいちゃん……」


 老人はラナをやさしく抱き寄せ頭を撫でると、ラナもそれに呼応するかのように老人の胸元に顔をうずめた。そのとき、誰かが家の扉を叩く音がした。老人は待っていなさい、とラナを椅子に座らせると、玄関口へ向かった。


「はいはい、どちら様で?」


 老人が扉を開けると、そこには金髪をおさげ髪にした少女と、その後ろで少女を引き留めようとしていたのか、右腕を前に差し出したまま動きを止めている少年の姿があった。ターシャが青い大きな瞳で老人を見据え、口を開く。


「こんにちわ!」

「やあやあ、この前の学生さんか。もしかしてラナに御用かな?」

「そうなんです――あっ、ラナ!」


 ターシャは老人の背後にラナの姿を見つけ、笑顔で大げさに手を振る。ラナは引きつった表情でターシャを見たが、観念したかのようにため息を一つついた。ターシャとイゴールは老人に促され、居間のテーブルについた。老人はお茶を淹れてくるから、とキッチンへ向かう。並んで座る二人の向かいにラナが座り、二人を睨みつけるようにして見据える。


「一体何しに来たの?」

「ごめん、ついてきちゃった」

「……見たのね」

「うん……ごめんなさい。でもね、ラナにどうしても見てほしいものがあるんだ」


 ターシャは外套のポケットから、“魔法の石”を取り出すと、右手に握り思考を手のひらに集中させる。前日と同じように、石が光り出すとターシャの手元に小さな炎が灯った。


「驚いたわね……やっぱりあんたも使えるんだ。でもどうして?」

「君たちはあの坑道へ行った。そうなんだね?」


 昼間、学校でやけに絡んできた少女が、手元で炎を灯す……自分が先ほど起こした現象と同じことをターシャが起こせることに驚いたラナは、ターシャになぜそれができるのか尋ねた。しかし、ターシャが答えるよりも先に、4人分の茶器をトレーに乗せてキッチンから戻ってきた老人が推し量った。そのときターシャの手元にはまだ小さな炎が灯っていたが、老人はその光景に驚くようなこともなかった。

 

「あの――

「おじいさん。実は学校の課題っていうのは……嘘だったんです。本当にごめんなさい。実はおれたち、冒険する場所を探そうとして、それで冒険に行くことを止められるのが嫌で嘘をつきました」

「イゴール……!?」


 ターシャが老人の推測に答えるよりも先に、先ほどから黙っていたイゴールが答える。あの日、学校の課題のために昔話を聞かせてほしいと頼んだ真の目的が偽りだったことを自白すると、ターシャ俯き加減で目を泳がせながらイゴールの方を向いたが、イゴールはテーブルの下で脚でターシャを小突いて黙っていろと促した。


「何があったのかしらないけど……あんたたち私のおじいちゃんに嘘ついたわけ?」


 向かいのラナは不快感を滲ませながらイゴールを睨みつけたが、イゴールはラナを真っすぐ見据え、目をそらすことはなかった。これがイゴールなりの、嘘をついていたことに対する誠意の見せ方なのかもしれない。老人はティーポットから4人分のカップに茶を注いで、まず3人の前にカップを差し出すとラナの隣に座った。テーブルを挟んで、ターシャとイゴール、ラナと老人が向き合う形になる。


「ラナ、いいんだよ。嘘をついていたのはわしも同じなんだ。だから君たちだけが悪いということはないんだ」

「おじいちゃん……」


 老人は、隙あらばイゴールかターシャに掴みかかりそうなラナを制すると、静かに続ける。


「わしは、あの鉱山で何が採掘されていたかを知っていた。それを“魔法の石”などという言葉でごまかしてしまった。でもあの場ではまだ、そう答えるのが適切かと思ってしまったんだ。本当にすまなかった……えっと」

「あ、おれはイゴール。イゴール・ステファノヴィッチです」

「わたしはナターシャ・ユリエヴナ。みんなはターシャって呼んでます」

「イゴール君にターシャちゃん、それにラナも。いい機会だから、その石のことを少し話してあげよう」


 老人は椅子に座りなおすと、茶を一口口に含んだ。ターシャとイゴールは、石のことを話すという老人の言葉に反応し、座ったまま身を乗り出す。ラナはそんな二人を、昼間学校で浮かべていたのと同じ無表情で見つめる。


「教えてくれませんか、“魔法の石”のこと」

「お願いします。これだけ不思議なことを起こしてたら、これは現実の話なんです」


「そうだな……。では何から話そうか」

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