第6話 炎


「えっ!?な、なに!?なんで!?」


 目の前に現れた、夏の太陽のような炎が坑道の二人を照らした。突然目の前に現れた炎に驚き、ターシャは思わず石を手放す。炎が消え、地面に落ちた石は暫く光を放っていたが、二人は再び暗闇の世界に溶け込む。


「み、見た?」 

「あ、ああ。石が光って……火が点いた」 

「握ると光る石ってあるの……?」


 暗闇の中で起きた、かつて経験したことのない現象に二人は戸惑い混乱する。イゴールはターシャの手を繋いだまましゃがみこむと、石が落ちた付近を弄り石を見つけ出す。自分で石を握ってみたが、石は掌の中で沈黙するだけだった。


「どうやったんだよ……?」

「わかんない…でもイゴールが言ったとおりに、助けてください、光をくださいって。石に伝わるように心の中で思ったの。そしたら石が光って……」

「ふん!ふん!」

「イゴールなにしてるの…?」

「ターシャみたいに石に気持ちを送り込んでるんだ!ふん!ふーんっ!」


 イゴールがいくら力んでも、その気持ちは石に伝わらないのか、そもそも石が気持ち次第で現象を起こすわけでないのか、相変わらず石は拾ったただの石のままだった。


「もう一回借りていい?」


 イゴールはターシャに石を手渡すと、ターシャは小さな手で再び石を握りしめた。そして先程と同じように、光がほしい、火よ灯れという意識を石に向ける。石は光を放ち、手元に火が灯る。


「なんでターシャだけできるんだ……」

「わかんない」

「危ないものじゃない……よな……?」

「ど、どうかな?でも、おじいさんの言ってた“魔法の石”って、ひょっとしてこの石のことなんじゃないかな?」

「そうだ!こんなの本当に“魔法の石”じゃん!すごいお宝だよ!」


 ターシャの仮説は理にかなっていた。科学の授業でも教わることもなく、図書室の鉱物図鑑にも載っていない、持った者の石に従い現象を起こす石は、まさに“魔法の石”と言える代物だった。


 正体はわからないが、不思議な現象を起こす“魔法の石”の発見は、ここまで慎重な態度を見せていたイゴールに年相応の少年の無邪気さを呼び戻させた。


「それに、この灯りで外まで出られるんじゃねえか?」

「あ、そうか!じゃあ火が消えないように頑張るね!」

「石、何個か持って帰ろうかな」

「それはいいのかな……?」


 不思議な石の存在は、つい先程の二人とは裏腹に、イゴールの気持ちをすっかり高ぶらせターシャを冷静にしていた。ターシャの手元の灯りを頼りに、イゴールは地面に落ちていた同じような石を拾い集め背嚢に仕舞う。


 ターシャは石を握ったまま手元に不思議な炎をともし続けていた。手のそばで燃える炎は、熱すぎる感じることはなく、むしろ季節と坑道内の冷えた空気で冷たくなった手を心地よく温めていた。しかし、ターシャは若干の気だるさを感じはじめ、石に向けていた集中を切らしかける。手元の炎が揺らぎ、一瞬辺りが暗くなった。


「……っ」

「?、おい、大丈夫か」

「だ、大丈夫……ちょっとくらっとしただけ」


 少し具合の悪そうなターシャの様子を見て、イゴールは我に帰る。ターシャが体調を崩した原因は定かでなかったが、まず最優先で取るべきだった、坑道からの脱出を目指すことにする。


「出口近くまで頑張れるか……?」

「まだ大丈夫、やれるよ」

「無理するなよ」


 ターシャは再び気持ちを石に向け火をともした。イゴールはターシャを気にかけながら坑道の出口を目指した。行く手には徐々に白く光るの点――坑道の出口が見えはじめたが、点が徐々に大きくなると比例するように、ターシャは徐々に額に玉のような脂汗を浮かべはじめ、その数を増やしてゆく。


「本当に大丈夫かよ……?」

「わたしは大丈夫……明かりがないと、イゴールが外に出られないもん」

「少し休んだ方がいいんじゃないか?」


 外の光がすっかり見えて、ターシャが手元に火を灯す必要性が少なくなり、イゴールがもう大丈夫だぞ、と声をかけた。ターシャは気持ちを掌の石に向けるのをやめると、十数年の人生で感じたことのない猛烈な疲労感に襲われ足元がふらつき、小さな身体をイゴールに預けた。


 イゴールは倒れ込んできたターシャをあわてて両手で支えながら、白い光の中へ歩みを進めた。やがて岩肌の坑道が途切れ、はらはらと雪が舞う地上に帰還した。


「やったぞターシャ!頑張ったな!」


 思わぬ発見や予期せぬ困難に見舞われながらも、驚くべき不思議な力に助けられた二人は数時間ぶりの地上の光を浴びる。


 ターシャはそのまま脱力し、薄っすらと積もり始めた雪の上に膝から崩れ落ちた。イゴールが身体を支えながら、大声をかける。


「おい、どうしたんだよ!しっかりしろよ!」

「ごめん。やっぱりちょっと疲れちゃった……」


 ターシャはイゴールを心配させまいと、ぎこちなく笑顔を浮かべる。しかし、石を手にする前と明らかに顔色は悪く、体力を消耗しているのが目に見えてわかった。


 イゴールは足元がおぼつかないターシャ支え、何度も転びそうにながら、晩冬の雪が積もり始めた山道を降り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る