第3話 お茶会
午後、終業のベルが校舎に響き渡る。退屈な一日から解放され、晴れ晴れとした表情で校舎から出てくる少年少女らの中に、足早に歩くターシャとイゴールの姿があった。
「ノートにも書いたけど、まずは情報収集!廃坑がどこにあるか調べないと」
「そうだな、お前の母ちゃんに聞いても本当に行くのかって教えてくれないだろうからな」
ターシャが昨夜立てた計画を基に、先ずは資料を集めることにした。そこで、街の中心部にある図書館を訪ねることにした。無機質なアパートが立ち並ぶ帰り道を外れ、一日に数回しか鳴らない踏切を渡ると、一軒家が多い古い住宅地に入った。無数の古めかしい屋根の向こうには、街の中心に立つ聖堂の三角屋根が見える。二人は並んで歩きながら話す。
「でもさ、この街って殆ど酪農と畜産しかないだろ?本当に鉱山なんてあったのかな」
「それを調べたいから図書館に行こうとしてるんでしょ。それに――
ターシャが言いかけたとき、少し先をヨタヨタと歩いていた老人が凍った路面に足を滑らせ転倒した。老人が抱えていた紙袋から、ジャガイモや缶詰が二人の足元に転がる。二人は老人に駆け寄り声をかけたが、見たところ怪我はないようで、頭を打った様子もない。
「だ、大丈夫ですか?」
「怪我はないですか?立てますか?」
「いやあ済まないね学生さん。やれやれ、ジジイになるとすぐこれだから嫌になるよ、ハッハッハ」
笑いながら答える老人に二人はまず安堵した。イゴールが散らばった紙袋の中身を拾い集め、ターシャが手を差し出し立ち上がるのを手伝った。老人は、ターシャの手を取ると何かに気付いたようにターシャの手を見つめたが、すぐに立ち上がり二人に感謝を伝える。
「どうもありがとうお嬢さんにお兄さん。お礼にうちでちょっとお茶でも飲んでいくかい?なに、うちはすぐそこだよ。もちろん逢引の邪魔などしないよ」
老人の誘いに、顔を合わせて思案した二人だったが、ターシャがひとつ閃いて老人に提案する。
「お茶のお誘いありがとうございます。お茶のついでなんですが、この街の昔のことについて少し教えてほしいんです!」
「街の昔のこと?わしに話せることならお安い御用さ」
老人の家に招かれた二人は、居間のテーブルにつくように促された。老人が茶の準備をしてくると言いキッチンに消えると、ターシャは物珍しそうに家の中を見渡した。暖炉の中で赤々と薪が燃え、時折爆ぜる音を立てる。暫くして、茶器が乗ったトレーを持った老人がキッチンから現れた。相変わらずヨタヨタと、今にも転倒しそうな様子に座ったまま思わず身構える。
「どうぞ召し上がれ。ゆっくりしていってくれ」
老人に勧められ、二人が茶を口にすると、続けて老人が発言する。
「こんな古い家は珍しいかな?」
「暖炉とかうちにはないし、こんなに天井が高い部屋は初めてです。素敵なお家ですね」
「ただ古臭いだけの家だよ。でもお嬢さんたちみたいなアパート育ちの世代には新鮮かもしれないね」
コンクリートに囲まれたアパートで育った二人とって、老人の古めかしい家はまるで物語の中に出てくる家のように新鮮に映った。老人がテーブルにつき、茶を口にする。
「街の昔のことを聞きたいと言ったね?」
「はい、ちょっと調べたいことがあって図書館に行く途中だったんですが、そこでちょうど……」
「わしが盛大に転んだんだね。確かに図書館に行くよりジジイに聞いた方が早い。お嬢さんは賢いな」
「あっ……わかっちゃいましたか。でも本当におじいさんに聞いてみるのも良いかと思ったんです」
「大丈夫だよ。図書館の本に書いてあることが歴史の真実とは限らない。知らないことは聞いてみるのがいいんだよ」
「ありがとうございます、実はこの街の昔の産業について知りたいんです。例えば何か鉱山とか……その坑道がどこにあったとかご存知ですか?」
ターシャは自分の母親がかつて冒険した、そしてこれから自分が冒険に臨もうとしている坑道についての情報を早速老人に尋ねた。ところが、老人は鉱山という言葉に少し驚いたような表情を見せる。
「鉱山……か。あるにはあったんだが……お嬢さんたちはどうしてそんなことが知りたいんだい?」
「僕たち今学校で物語を作るっていう課題に取り組んでまして、この街の誰も知らないような歴史があればヒントにしたいんです!是非何かお聞かせ願いませんか?」
ターシャより先にイゴールが老人の問いかけに答えた。テーブルの下ではターシャが脚でイゴールを小突いていたが、ターシャが坑道の場所が知りたい理由を率直に答えることで、冒険の計画に支障することを懸念して発言だった。
「そうだな……それなら少し話してみるのもいいかもしれないな。わしがまだ小さい頃、街の南側の山に確かに鉱山はあったよ」
老人の昔話が、冒険計画で訪ねようとしている場所が存在していたことが裏付けられ、ターシャは目を輝かせ身を乗り出す。しかし続けて口を開いたのはイゴールだった。
「そこでは何を採掘していたんですか?石炭とか……鉄鉱石とかですか?」
「いいや、そういう燃料とか原料の類ではないと思うよ。常に兵隊がいて、大人たちも鉱山のことについて触れないようにしていたようだしね」
「金とか宝石とか、そういう価値のあるものだったんでしょうか」
「それがな、ここからは信じてくれなくてもいい。でもまず聞いてほしい」
老人は神妙な顔つきになり、若い二人は固唾をのんで次の発言を待った。少し間があって、にわかに信じ難い言葉が発せられる。
「あの鉱山でな、“魔法の石”を採掘していたといわれている」
突然の素っ頓狂な言葉は、普通の感覚からすれば、誰もが自分をからかっているのが、或いは老人が耄碌しているのかと疑念を抱く言葉だったが、ターシャは至って真剣に質問する。戸惑うイゴールは、ターシャと老人を交互に見るしかできなかった。
「あの、“魔法の石”ってどんな石なんですか?」
「わからない。大人たちがそう噂していたのを聞いたことがあるだけだからね。でもわしは実は魔法が本当にあるんじゃないかと思っていたけどね、あそこまで大人たちが触れようとしないから、絶対に何か秘密があると勘繰っていた」
「その鉱山はどうなったんですか?」
「王様が代替わりして戦争が起きた。君たちも学校で習っただろう?世界中を巻き込んだ大きな戦争だ。そのあとも少し王政が続いたが、今度は国の体制が変わって、どうなってるかわからない。長い間、誰もがその日その日を生きることで精いっぱいだったからね」
「そうですか……でも本当に“魔法の石”だったら素敵な話だと思います!イゴールもそう思うでしょ?」
「あ、ああ」
老人の話はイゴールには信じ難いものだった。鉱山のその後や現状は明らかにならなかったが、一方で“魔法の石”という言葉がターシャの好奇心を掻き立てていた。二人のカップはすっかり空になり、窓の外はにわかに暗くなり始めていた。
「しかし君たちは面白いな、こんな耄碌ジジイの話をこんなに真剣に聞いてくれるとはね。そうだ、お礼に良いものを渡しておこう」
そう言うと老人はゆっくりと立ち上がり、壁際の書架から古びた地図を持ち出した。地図は、経年からすっかりセピア色に染まり、図書館や古本屋のような独特の匂いを放っている。
「この街の昔の地図だよ。わしが持ってても仕方ないからね、君たちにあげよう」
「いいんですか!?これってかなり貴重なものじゃ……ありがとうございます!」
「すごい、本当に昔の地図だ!聖堂とか旧市街は変わってないけど、さすがにおれたちの住んでる辺りはまだ何もないや!あ、南の山に鉱山のマークがあるぞ」
思わぬ収穫に二人は喜びの声を上げた。この国では現在の体勢になって以降、国防や防諜という理由で一般市民が地図を手に入れることは容易いものではなかった。そんな環境の下で育ってきた二人は、まさに宝の在り処が示された地図を手に入れたような気分になり、物語のワンシーンのような興奮に浸った。
「さあ二人とも、そろそろ暗くなってきたが夕食はどうするね、よければうちで食べていくかい?」
時間の経過を忘れて地図に見入り、想像を語り合っていた二人だったが、老人の言葉に我に返る。一言二言相談のあと、ターシャが老人に向き合い答える。
「いえ、このような貴重なものを頂いた上に夕食までごちそうになるわけにはいきませんので、失礼します。それにお母さんも夕食を準備して待ってると思うので」
「お茶、ごちそうさまでした。おいしかったです。でも本当に地図をもらってもいいんですか?」
「もちろんさ。助けてもらった上に久々に楽しい話もできた。それにお嬢さんはちゃんとお母さんのことを考えているからね、君は本当にいい子だ。良かったらまた二人でうちに来てくれよ」
二人は老人に別れの言葉を告げ、老人も満足したように二人を見送る。隣近所の家々の窓からは明かりが漏れ、電柱に取り付けられた街灯が同じ感覚で道を照らしていた。外に出て、会釈し帰り道につこうとした二人を呼び止めた。
「そうだ、最後にもう一つだけ大事なお願いがある。これだけは約束してくれ?」
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