湯之原

 以上がナツキさんからの投稿になります。

 これ見た時に、なーんか似たような話を前に見たなと思って。最初にお話したカエデさんからのDMを確認しました。でも、そのDMは見つからなかったんです。

 確かに読んだ覚えがあるのになーとスタッフに確認したら。ね。うちのスタッフは優秀ですよ。スクリーンショットを残してくれていました。アカウントは現存するものでしたが、投稿だけでは恐らく男性のアカウントかなということしかわかりませんでした。

 気になっちゃって。すぐにナツキさんとコンタクトをとって、直接Aさんも交えてお話しする機会をいただいたんです。以前、このアカウントらしきものからこんな話が送られてきていたと。Aさんは驚いていました。それはAさんのアカウントだったんです。

 Aさんのアカウントから、カエデさんが僕にDMを送ってきた……いや、マジだったらすごくないですか?

 ナツキさんの投稿の話もありましたし、僕から直接確認しました。この話を動画にして良いか、と。Aさんは「お願いします」とはっきりおっしゃったので。それで今日は、投稿怪談回という形になったわけですね。


 Aさんはカエデさんと一緒にこの動画を見ることになるでしょう。

 その後どうなったのか。カエデさんからでもいいので、必ずご連絡ください。



『幽霊からのDM!? 二つの投稿が絡み合う衝撃の怪談!!』

 湯之原が動画をアップロードして三日。動画の伸びはいつも通り。良くも悪くも安定している。

 しかし、コメント欄は大いに盛り上がっていた。幽霊がDMなんてするのか、過去に幽霊が掲示板に書き込みした話なかったっけとか、カエデさんはなぜ都合の悪いことを見ない、聞かないのかとか、二面性についてなど様々な考察を巡らせる者。創作を疑う者。Aさんから連絡がきたら絶対動画にしてくださいという者。

 ユーチューバーにとってコメントが増えるのは非常にありがたい。コメントはユーチューブからの評価に繋がる。評価が上がれば、おすすめ動画に表示されやすくなって新規視聴者層を開拓に――つまりは自身のチャンネルの発展に繋がるのだ。


 湯之原自身はこの話を創作半分、実話半分程度に受け取っていた。

 怪談に登場時する人物、Aこと宮田みやた まもる。そして投稿者のナツキこと夏木なつき 雄二ゆうじ。この二人の合作怪談だったとしても、湯之原にとっては「面白い」から良いと考えている。

 確実に採用されない相談じみたDMをきっかけに発展していく。二つの点と点が結ばれるタイプの構成の怪談。最初の点が『幽霊からのDM』だというのも魅力的に思えた。

 ただ、完全に創作だと言い切れないのには理由があった。

 宮田と夏木に電話取材をした時のことだ。二人の口ぶり――特に宮田の話し方は、努めて「元気に聞こえるように」話しているようにしか聞こえなかった。本当は憔悴しきっていて、この状況から解放されたい。そう願っているのではないかと思わせるほどに。

 夏木は本気で宮田を心配していることがわかった。宮田が動画にしてくださいと言った時も、後ろから「本当に良いのか?」と何度も確認しているのが聞こえたからだ。

 電話越しにでも伝わる張り詰めた空気感。あれを演出できるなら、彼らは会計方の仕事をやるより、営業職に転身するか俳優や声優になった方がよほど良い。

 Bなる人物が川に流されて亡くなった件についても、宮田は彼の実名から事故の日時、場所まで丁寧に教えてくれた。スタッフが調べてみれば『夏休み中の悲劇。中学生が川遊び中に流されて溺死』と死んだ子供の名前、その日時や場所までぴったり一致する地方新聞の記事をデータベースから発見した。

 ――これがすべて実話だったら、どうなるのだろうか。

 じんわりとした不安が胸に広がる。先ほどまでコメントの多さに笑みすらこぼれていたのに、自分が動画にした怪談で怒るかもしれない悲劇を想像しては不安にかられる。湯之原は三日間も、ずっとこれを繰り返していた。

 ぶーと低い振動音。スマートフォンを見れば、メッセージなどではなく着信を受けていた。表示されているのは『折立おりたちさん』という名前。一人で不安に支配されているよりよほど良いと、躊躇なく応答ボタンを押す。

「おつかれさまでーす」

 いつものようにそう言うと、折立の方からも「おつかれさんです」と関西訛りの言葉が返ってきた。

「どうしたんですか。この前の怪談イベントの件断っておいて。今更出たいとか、大歓迎ですよ」

「ああ、それはマジで無理なやつなんで。すんません」

 折立の苦笑交じりの言葉に「そんなこと言わずに~」と返してみる。折立からは「ほんまに、前々からいれてる取材の予定があるんですわ、すんません」と返してきた。この平凡な会話が、胸に広がる不安を和らげてくれる。そんな気がした。

 折立はえっとですねーと本題に入ろうとし、少し間を空けてようやく口を開く。

「妹が、湯之原さんの動画について言ってほしいことがあると」

「え、ああ、例の妹さんね」

 折立の妹、というのは彼の話す怪談でよく登場する人物だ。類いまれなる霊能力の持ち主らしく「そういう」経験が多い。だから折立のネタは彼女にまつわる話が非常に多かった。

「俺はちょっとまだその動画見てへんので」

「いつも見てないでしょ」

「まあそれはええやないですか。わけわからんのですけど、伝言そのまま言いますね。Aさんはちゃんと力のある人にお祓いしてもらった方が良い。ナツキさんも念のためした方が良いと思う。じゃないと連れて行かれる。だそうです」

 その言葉に体がひやりとした。先ほどまで不安を吸収していたスポンジが、突然ぎゅっと絞られて溢れ出し、全身を支配する。

「ま、またまたあ。そんなこと言って」

「妹の言うことなんで、早めに言うた方がええかなって。いうても三日前に聞いたんですけど取材でバタバタしとったもんですから」

 三日前。ちょうど動画を上げた日だ。

 特別な力を持っている折立の妹が言うことなのであれば、本当にAさんを――宮田さんを危険に晒してしまったのかもしれない。いくら本人の希望だからと言って、自分が面白がって、許可をとれたからといって動画にしてしまったせいで。

 その時、耳にあてているスマートフォンがぶん、と短く振動した。ちょっと待ってください、と折立に断りをいれて画面を確認する。SNSからのDMの通知だった。迷わず開いた。それが宮田のアカウントからであることを祈って。

 湯之原の祈りは届いた。宮田のアカウントからのDMだ。


楽しく動画拝見しました。

信じてくれた湯之原さんには申し訳ないですがこれは作り話です。

また何か思いついたら送りますね。


 湯之原はDMをここまで読んで、素早くスマートフォンを耳に当てる。不安も憂いもないもない。思わず口角が上がる。

「大丈夫ですよ、折立さん」

「どうかしたんです?」

「例のAさんからDM届いたんですよ。あの話は作り話だったって」

「あの話がどの話かわからんのですが」

「まあそれは動画見てくださいよ」

 折立は「まあそういうことなら。妹にも伝えておきます。動画も見ときますね」と言って電話を切った。

 いくら折立の妹の霊能力をもってしても外れることもあるんだなと、湯之原は再びDMに目を通す。良かった良かった。作り話だなんて。全然かまいませんよ。


霊感なんて僕にはないです。

カエデというのは昔飼っていた犬の名前からとりました。

いい評判みたいなので、動画をどうするかはお任せします。

丁寧に動画にしてくださってありがとうございました。

連日お疲れ様です。

追伸 これからも応援しています。さようなら。


 DMの続きの文章に眉を潜める。今どき追伸なんて使うんだ、と違和感を覚えた時。画面の上から通知のバナーがぬるりと降りてきた。自然と視線がそちらに動く。

 路線情報アプリからの通知で、山手線が遅延しています、と表示されている。

 それは大変だ。しかし今日は電車を使う予定はない。ラッキーだなと、湯之原はバナーを指先で上に消し飛ばした。

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