ナツキからの投稿怪談

 いつも楽しく拝見、拝聴しております。ナツキと申します。

 これは私の職場の後輩、Aくんのお話です。


 Aくんが私の勤める会社に入社してきたのは半年前で、私が教育係となりました。

 しばらくして、Aくんの方から「良かったら一緒に飲みに行きませんか」と誘ってくれました。昔は飲みにケーションなんて言葉がありましたが、最近の子はそういうのを好まないことがあります。だから私からは遠慮していました。でも、彼からの誘いであればということで、ぜひとすぐに返事しました。

 その日から、ほぼ毎日というペースで彼は飲みに誘ってきました。

 私には家庭があるので、付き合えない日も多いです。断っても、彼は「仕方ないですよね、すいません」と申し訳なさそうに謝るだけでした。

 他の社員に聞いてみれば、色んな人に声をかけていたり、誰もつかまらなくても一人で飲みに行くということを知りました。健康面での心配はありましたが、彼は独身で自由が利く身です。それに無遅刻無欠勤、二日酔いで調子が悪いなんてこともないので、周りはそこまで気にしていませんでした。


 ある日。飲みの席で趣味の話をしている時でした。私が「湯之原さんって怪談話をメインにしてるユーチューバーがいてさ。ハマってるんだよね」と何の気なしに言った時。彼の顔色が変わりました。

 そういう話が得意ではなかったかと思い、怖い話をするつもりはないよと伝えようとした時。彼から「ナツキさんは、幽霊とか、そういうのを信じてますか」と、問いかけられました。冗談や馬鹿にした感じなんかではなく、本当に真剣に聞かれているのだと察しました。

 私には霊感がありません。ですが、多くの人が様々な体験をしていることから、自分にはわからない世界だが霊は存在すると思っています。この考えを私は彼に素直に伝えました。

 彼は少し考えた後「笑わないで、僕の話を聞いてほしいんです」とこんな話をしてきました。


 彼には「カエデ」という名の幼馴染がいます。

 カエデには彼に見えるものが見えないことがあるそうで、不思議だなと思っていたそうです。彼女を家に呼んで遊んでいると、母親が「気味が悪い」と毎回怒り、礼儀正しく挨拶をするカエデに目を合わせることもなければ返事もしなかったと。

 最初はわからなかったようなのですが、成長していくにつれて気付いたそうです。

 自分には他人には見えないもの、つまりは『幽霊』が見えているということ。そして、カエデはその『他人には見えないもの』の一つだということ。

 気づいた頃には手遅れでした。同級生は皆が彼を気味悪がって近寄らない。担任教師の勧めでスクールカウンセラーと話す機会があったそうですが、カウンセラーの後ろで遊んでいる幼稚園児くらいの子供のせいで集中できなかったそうです。その子のことを伝えると、訳ありだったのかカウンセラーは泣き始めてどうしようもなくなったとか。


 そんなAくんが中学生に上がると、彼のことを知らない子達も同じ学校になります。Aくんの話はすぐに広まったそうです。皆が気味悪がっていた中、Bくんという友達ができました。

 BくんはAくんの後ろの席の子でした。そして「お前にくっついてるのが噂のカエデちゃん?」と声をかけてきたといいます。Bくんにも霊感があったのです。

 二人は意気投合しました。Bくんは早い段階から自分に霊感があることを理解していたそうです。彼の両親もそれを受け入れてくれていた。だから、Aくんのように内向的にはならず「いるもんはいる。見えるもんは見える。仕方がない」と特に気にせず、普通に生活してきたようです。

「生きてるか死んでるかは別として、三人で仲良くすればいいんじゃね?」と、カエデの存在を受け入れているBくんでした。が、カエデにはBくんの姿が見えていなかったそうです。

 Bくんと話していると背後から「誰もいないところに話しかけてたら気味悪がられるよ」と、カエデが心底心配そうに言ってきたといいます。Bくんにもそれは聞こえていたそうで「人間が幽霊を見えないことがあるように、幽霊にも人間が見えなかったりするのかも」「仲良くできたらよかったのにな」と笑っていました。

 Aくんがカエデと話す時間は減り、Bくんと共有する時間が多くなっていきました。初めてできた友達で、舞い上がっていたと言います。


 夏休みに地元の川で遊んでいる時、Bくんが突然足を滑らせました。最初は何やってんだよとはしゃいでいたそうなのですが、その体が浅瀬の方から流れの激しい深い方へ『引きずられていった』そうです。

 Bくんは驚いたような表情でAくんを見ていました。しかし、助けを求めることはなく、そのまま流れの激しい深い場所に飲みこまれ、流されてしまいました。

 水場に何か良くないものがいたのか、何も見えなかったのに。そう思った時、Aくんは気づいたんです。そこにいて当たり前の、誰にも見えない者が一人、ここにいることに。

 振り返ってカエデを見ると、笑っていたそうです。川の流れに呑まれるBの姿を、確かに見ながら。きっとBくんは引きずられていっている最中、Aくんではなく、その背後にぴったりと憑く邪悪な笑顔のカエデを見ていたのではないかと、想像してしまいました。

 Aくんはすぐに通報しました。Bくんは捜索されて、数日後に下流で遺体となって発見されたそうです。Aくんは落ち込みました。彼の机に飾る花瓶も花も自分で買って、供えていたようです。他の教師や生徒からは何も言われなかったと聞きました。でも、自分がその場にいても声をかけられなかったと思います。周りからしたら、唯一の友人を失ってしまった子ですから。どう声をかけていいかわからないでしょう。

 カエデは「大丈夫だよ」「私がいるから」と励ましてきたそうです。

 学校でも、家でも。どこにいても。ずっと。


 Aくんいわく、カエデは成長しているそうです。

 最初は子どもだったのに、自分と同じペースで成長して、今は自分と同じくらいの年齢の女性の姿で家にいるのだと。接し方からして夫婦のような感覚でいるのではないかとのことでした。Aくんのことを「あなた」と呼び、そばを離れない。

 しかし、仕事に行くと言えば外についてくることはないと言っていました。妻としての自覚からくるものなのでしょうか。それを利用して、Aくんは休みの日も仕事に行くと言って家を出ると言っていました。


 お祓いをした方が良いのではないかと提案しましたが、Aくんは首を横に振りました。

「Bが流された時、カエデは確かにBのことを見ていたんです」

「なのに、僕が助けを呼ぼうとしたら「そんなことしたらいたずらだって怒られる」「Bくんなんていないんだよ」って」

「多分、彼女には二面性があるんだろうってBが言ってました。独占欲が強い悪霊としての面と、本当に生きていると思い込んでいる面が。あの時のカエデちゃんは、悪いものの顔をしていた、と」

 ここまで話すと、Aくんは悲しそうに笑いました。

「Bは、たまに会いに来るんです。今でも俺のことを心配してくれてる。相変わらず、カエデには見えていないようなんですが」

「俺が浮かれて、カエデをないがしろにしたからBが犠牲になった」

「謝る僕に、気にしなくていい、しょうがなかった。俺とお前じゃどうにもできないことだったって」

 Aくんは今にも泣きだしてしまいそうでした。

「もし俺がお祓いに行って、自分が死んでいるんだって自覚してしまったら、カエデは何をするかわからないでしょ?」

「あの時、Bが流されていく時の笑顔が頭から離れないんです」

「自分だけが連れて行かれるなら、それで構いません」

「でも、自分の行動のせいで人が死ぬのはもう見たくないんです」と。


 以上が、Aくんから聞いた話です。

 Aくんはこの話をぜひ湯之原さんに投稿してほしいと言いました。二人で動画も生配信もチェックするから、と。

 怪談なんて聞かせたら、カエデという存在が自分が『幽霊』であることを自覚させるかもしれないので止めました。でも、彼はそれでいいと言ったんです。

 二人きりの時でないとダメなんです。何かあった時に、他人を巻き込みたくない。でももう、終わらせたい。正直疲れているんです、と。


 カエデは自分にとって都合の悪いことをなかったことにする。周囲の人々の存在や発言を。Bの時もそうだったように。

 一度、Bを殺したくせにと怒鳴ったことがあるそうです。それについてはまるで聞こえていないようで、明日も仕事でしょなどといつも通りにしていたと。

 でも、ネットの動画越しに、全く関係のない人から聞かされたらどうなるかは試したことがなかった。それにはこの方法が良いのではないかと思ったようです。


 この話は三ヶ月ほど前に聞かされたものです。

 彼は日に日に弱っていきます。不摂生もあるのだと思いますが、この話を聞いた以上はそれだけではないと思ってしまうのです。カエデの存在が影響しているのではないか、と。

 私は改めてAくんに「あの話を投稿しても良いか」聞きました。

 Aくんは「まだしてくれてなかったんですか? ずっと動画見てたのに」と苦笑いして、もちろんと快諾してくれました。

 長いこと一人で悩んで苦しんできたのだと思います。

 だからどうか、この話をAくんと一緒に聞いたカエデが、理解を示してくれて、彼から離れてくれることを願います。

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