第6話
映画にいった。
仕事とはまったく、心底嫌気がさす。
嫌で嫌でたまらないのに、やりたくないのに、職場にいけば体は勝手に動き出す。昼休みになっても手を止めるわけにはいかない。別に強要されているわけではない。が、納期を考えると手が止まらない。納期だの知ったことではない、はずなのに。全くもって度し難い。
しかし、その日は違った。忙しなく、キーボードを叩き、ひたすらに仕事を捌いていくことを躾けられた、心が急に声を漏らしたのだ。
今日は映画に行こう。
ずっと気になっていた、あの映画。公開前はあんなに楽しみだったのに、いざ公開されると、いつか見に行こうで、後回し、そして忘れていた。
メールを打つのを辞め、上映時間を調べると、(昼休みだから許してほしい)、仕事終わりでも間に合うらしい。
正直、その時はまだ乗り気ではなかった。仕事が終わったらクタクタだ。その状態で、映画館に行くのは億劫だ。でもなぜか、その日は行かなければならない気がした。半ば使命感に手を引かれ、数年ぶりに映画館に向かった。
人間には、食事、睡眠、運動が必要らしい。僕は、それなりに気を遣っている。それなりに。
でも、毎日イライラしていた。責任の押し付け合い。相手が噛み付いてくるなら、こちらも噛みつき、威嚇し続けなければいけない。
僕は獣になっていた。
しかし、その日映画を見終えた僕は、人間だった。スクリーンの向こうの架空の登場人物に感情移入し、美しも切ない物語に感動していた。体が軽く、頭も冴え、澄み渡っていた。
そして、心底安心した。僕は確かに、人間だった。
どんなに忙しくても、嫌味を言われても、むかついても、ボーナスが少なくても、心の豊かさだけは奪われたくない。
現実は、映画のストーリーのようには上手くいかないし、僕は映画の主人公みたいなできた人間ではない。
けれども、せめて、自分の人生に美しさを見出したい。自分の人生の主人公になりたい。
そんなことを思って、スマホを見ると、大量のメールと不在着信が残っていた。仕事でミスをしたようだ。
僕は、牙を剥き出し、鋭くそれを睨んだ。
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