第5話

 短髪にした。

 その日、僕は散髪屋に来ていた。髪型とは、本当に面倒くさい。

 髪は生きているだけで勝手に伸びていくので、定期的に手入れしてやらなけばならない。


 僕は超がつくほどの直毛である。僕の髪は、重力に逆らい、針のように鋭く生えている。整髪料での抵抗も虚しく、前髪は進行方向へ、横髪は水平方向へ、猪突猛進していく。

 なので、僕は髪を長めにするようにしていた。そうすれば、多少なりとも重力の力で髪が首を垂れてくれるからだ。マッシュヘアーというスタイルに近い。


 しかしながら、僕は長髪が好きではない。   シャンプーは大変だし、暑いと蒸れるし、前髪が視界に入るのもうっとうしい。そもそも、顔がでかい僕には、似合っていない。(確かに、マッシュヘアーは流行ってはいたが、この世の全てがそうであるように、「ただしイケメンに限る」が注釈としてついた。)


 しかも、最近、生え際が怪しい。額は不恰好なM時型に造形され、油断すると前髪がぱっかりと割れ、その虚しく枯れた生え際を強調させる。

 なんとか整髪料で上手く覆い隠そうとするが、前述の通り、確固たる意志をもった僕の直毛達の前では無力である。


「いつもの感じでいいですか?」


席に案内されると、開口一番に尋ねられた。いつものなら、はい。と簡単な返事をするだけだが、その日は違った。

 自分の髪の毛への嫌気が頂点に達したのか、謎の破壊衝動に狩られたのか、


「思いっきり、短くしてください。」

 と僕は言った。


店主は驚き、何かあった?とか、失恋でもした?とか興味津々に尋ねてきたが、僕は適当に返事をしていると、何かを察してくれたのか、すぐに仕事に取りかかってくれた。


 バサバサと切られ、落ちていく髪を見るのは爽快だった。いつもは税金や政治の話ばかりをする店主だったが、その日は自分の昔の苦労話を聞かせてくれた。僕を励まそうとしてくれたのだろう。実際その話は興味深かった。  


 そうこうしている内に、新しい髪型は出来上がった。

 お金を払い、外にでると、店主から「ありがとうございます。」でも、「ま他のご来店をお待ちしています。」でもなく、「頑張って!」という言葉をかけられた。ここまでくると正直、少しモヤモヤした。


 帰り道。涼しい風が吹き、僕の頭を吹き抜ける。

 短髪にしたからと言って、顔までは変わるわけでもなし、似合ってるのかもよくわからない。しかし、確かに頭は軽くなり、視界は広がり、そしてなにより心が潤った気がした。

 生え際はより目立つようになったが、以前の虚しくさはなく、どこか自信ありげに、光を反射していることだろう。

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