第19話 未知へ踏み出す(6)

「ベッドがある部屋で泊まりたいっす!」


 根が単純な剛大は即答する。


「そうそう。遠慮なんて要らないからね。まだ仮のギルドメンバーではあるけれど、メンバーは家族も同然なんだから」

「……」


 見切り発車が過ぎないか。旬は内心で思ったが、彼女の純粋な善意を無碍むげに扱うのもどうか。

 それに剛大と同様、令子と静香もベッドで眠りたいだろうし、旬も出来るならそっちの方が良いに決まっている。


「連れもこう言っています。私もベッドで寝たいですし、きっと彼女らもそうでしょうから。お言葉に甘えさせて頂きます」


 言って旬は女性に頭を下げた。

 旬が横目に見た令子と静香は、未だ夢の中の住人だった。


「礼儀正しいのね貴方。気に入ったわ……あ、そう言えばまだ言っていなかったわよね。私はパトリシア・オルテス。この街のギルドマスターよ」


「飯島旬です」

「無双剛大っす」

「で、金髪の彼女が悪原令子で。眼鏡の彼女が湯栗静香です」


 まるで姉妹みたいだなと思いつつ、眠っている二人の代わりに、旬がパトリシアに紹介する。


「分かったわ。旬くんに剛大くん。令子ちゃんに静香ちゃんね」

「パトリシアさんはギルドマスターでしたか。道理でギルドに融通が利く訳ですね」

「そうなのよ。立ち話もなんだから、令子ちゃんと静香ちゃんをおぶって、ついて来てちょうだい」


「……じゃあ、あんまり疲れていない剛大が悪原さんをおぶって、俺が湯栗さんをおぶる」

「了解っす」


 二人で話し合った結果、旬が体の小さい静香を。剛大が令子を背負っていくこととなった。


 パトリシアに手伝ってもらいつつ旬は、無心で静香を背負う。

 よほど疲れたのか。

 旬の背中で静香は、安らかな寝息を立て続けていた。

 静香より胸が大きい令子を背負っている剛大は、若さもあって、旬以上に己の煩悩と戦っているように見えた。


「それじゃ、静かにね」


 言った後でパトリシアは、唇に立てた右人差し指を当てる。旬と剛大は、その後で歩き出したパトリシアに続いた。

 道すがら、一つの料理店の前に差し掛かった。


 よりによって、大衆向けの肉料理をメインにしている店なのか? 空腹の旬と剛大にはたまらない、肉を焼く匂いが立ち込めている。

 当然の如く、旬と剛大の腹が鳴った。


「「……」」

「あらまぁ」


 ギルドはその肉料理店の近所だった。

 建物は三階建て。レンガ造り。

 窓から光は見えず、人が中にいる気配はない。


「さ、どうぞ。入って」


 パトリシアが観音開きの木の扉を開け、旬たちを招き入れた。


 無人の室内は暗かった。

 暗闇に目が慣れていないせいで、足元すらろくに見えない状態だったが、パトリシアが無詠唱魔法で光源を作ってくれた。


 臨時でギルド職員が寝泊まりする部屋に二人を寝かせた後「二人はこの部屋を使って」とパトリシアは説明する。


 その後、何十人も座れるだけの机と椅子を備えた、ギルド一階の大広間に二人は案内された。


「お腹も空いているようだし、これでさっきのお店で食事でもして来なさいな。あ、別に返さなくても良いわよ」


 机の上でパトリシアが旬に差し出したのは、一枚の紙幣だった。一の後にゼロが四つ並んでいる。


「いや、寝泊まりする部屋を用意して頂いた上に、食事代まで頂けませんよ」

「良いのよ。ギルドマスターとして高い給料を貰っているのは、こういう時の為でもあるのだから。貴方たちはギルドメンバーになって、仕事をしてくれれば良いわ。それが私への返済になるのだから」


 主導権は完全に、パトリシアが掌握していた。

 寝床の世話になり、施しを受けた上、ここまで言われ絵、もはやギルドメンバーになって、恩に報いる以外の方策は思いつかなかった。

 そうしないと後味が悪い。

 駆け引きで彼女に敵わないすんたみと旬は、心中で白旗を揚げた。


(やっぱり大人ってずるいな……)


 そんなことを大人の旬は思うのだった。

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