第18話 未知へ踏み出す(5)

 魔物の素材を引き取る店は軒並み閉店していた。所持金ゼロの四人は、都市内の公園で野宿する羽目となった。


 公園の広さはサッカーグラウンドほどあり、四分の一は樹木が占めている。

 ベンチは八つ備えられているが、夜だけあって利用者は旬たちしかいない。


『ブレイブファンタジア』の世界は、中世ヨーロッパをモデルにしている。これは作者自身の言葉だから間違い無い。

 マリバル村もそうだったが、エンブルムの建物は全てがレンガで構築されていた。


 光の魔法の街灯はあるが、自動車やネオン看板の明かりは無い。建物内部からの照明も、カーテンで遮られている。

 人工の明かりはほぼ街灯しかない。なので、マリバル村ほどではないけれど、現代日本の都市とは比べ物にならない星空が頭上にはあった。


「大丈夫ぅ? 静香ちゃぁん……」

「令子さんこそぉ、大丈夫ですかぁ?」


 今日一日で、一ヶ月分はゆうに歩いたのではないか?

 徒歩での長距離移動という、普段では考えられないことをした三人の体力は、底を突きかけていた。


 お互い寄り掛かるような状態で、木のベンチに座る令子と静香は、半分ほど夢の中にいる。


 隣のベンチに座る旬も、目を閉じれば数分。下手すれば一分以内に深い眠りに落ちるかもしれない状況にあった。


「三人ともまだまだっすね。体力は資本すよ」


 そんな中、剛大だけは平然と、空手の突きや蹴りの動作を繰り返していた。


(脳筋……)


 もはや口を開くことすら億劫な旬が、脳内で反論した時だった。


「あら。……こんなところで何をしているの?」


 日本語で話し掛ける女性の声に、眠気が吹き飛んだ旬は顔を上げ、剛大は正拳突きの姿勢で振り向いた。

 外国語しかない場所で途方に暮れる中、母国語で話し掛けられる。そんな感じを旬は覚えた。

 令子と静香はついに眠気が限界突破したようだ。そのままの体勢ですぅすぅと寝息を立てている。

 しかもすでに夢の中にいるようで、


「もっと……もっとあたしを褒めてぇ」

「これが伝説の、ゴールデントマトなんですねぇ」


 奇天烈な寝言を口にするのであった。

 話しかけて来た赤髪の中年女性は、そんな二人にちらりと金色の瞳を向けた。柔らかく慈しむように微笑んだ後で彼女は、旬の顔を見た。


「こんばんわ」

「こんばんわ」

「もしかして旅の方かしら?」

「……貴女のおっしゃる通り、我々は旅の者です。ですが、恥ずかしながら財布を無くしてしまいまして」


 WEB小説の中の世界に転生したので、お金はありません。などと説明したところでまず信じてもらえない。

 それならいっそ、恥ずかしい嘘でも現実味のあることを口にしたほうが、変な方向に話は転がっていかないだろう。

 旬はそう判断した。


「あらあら。それは一大事だわ」


 馬鹿にすることなく女性は、我がことのように言った。


「宿に泊まるお金すらなくて」

「それで今日は公園で野宿という訳ね」


「明日になれば魔物の素材を売ることで、お金を工面するつもりでいますので。少なくとも今日のところは野宿で凌ぐつもりです。あと、ギルドに登録も」

「あらまあ! 貴方たちはこの街のギルドに登録してくれるの」


 旬がギルドに登録する話をした途端、女性の金色の目が爛々らんらんと輝く。


「なら、今日はギルド職員が臨時で寝泊まりする部屋にいらっしゃいな。部屋は余っているから、四人くらい泊まれるわよ。遠慮なんか要らないからね」

「えっ……しかし……」


 突然の提案からの展開に旬は、困惑が心の中で先行する。


「君も固いベンチか地面で寝るよりも、フカフカのベッドで眠りたいよねえ」


 女性の矛先は剛大にも向けられる。


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