第17話 未知へ踏み出す(4)
「え! ……それってどういう意味、ですか?」
「「……」」
おずおずと静香が尋ね、旬と令子は成り行きを見守る。
「あ、いや。そこまで深刻な話なんかじゃないっすよ」
気まずそうに剛大は、自らの発言の火消しを図る。
顔を見られたくないのだろう。剛大は足を止めずに、前を向いたまま話を続ける。
「俺の実家は、日本人なら誰でも知っている大企業の創業家なんすよ。無双重工って聞いたことあると思うんすけど」
「ああ、無双重工の名前ならもちろん知っている。バイクから造船、果ては飛行機まで製造している企業だろ」
「そうっす。俺はそこの三男坊として生まれましてね。……今までの人生に自由なんて1ミリもなかったんす」
剛大は淡々と語る。
それは子供っぽさの欠片もない、ここにいる誰よりも達観している声だった。
「習い事はおろか、通う学校すら自由に選べませんでした。得意の空手だって、文武両道が家訓だから許可されたんですよ」
「……凄まじいな。聞いているだけで息が詰まりそうになる」
「本当にあるんですね。そんな話が」
旬の言葉に続いて、令子が嘆息混じりに言った。
好きだからこそ旬は、自分の意志で料理人となった。
自分の人生を他者や、しきたりなどに決められる。
考えただけで閉塞感を覚える旬だった。
「そんな俺にとって小説投稿は唯一、俺の意志で言葉を選び、自由に文章を書ける時間でした。俺の小説の主人公は、俺強えなキャラなんですけど、出来ればこの世界に行ってスカッとしてみたい。そんなアホみたいなことを思っていたんです」
「いいや。アホじゃないさ」
旬は即答した。それも力強く。
「旬さん?」
掛けられたその言葉に剛大は、足を止めて振り返る。令子と静香も同様だった。
「頭の中だけで思う分には、何の問題もない。現実の行動に移して、人に迷惑を掛けたり警察の厄介にならなければ、いくらでも想像して夢見ればいいさ。……アマチュアの俺が言うのもなんだが、それが作家という人種の頭の中身だ」
だからこそ! と、念を押すように旬は続ける。
「剛大の念願が叶った今だからこそ、それをむざむざ手放さないようにしろよ。他でもない。自分の為に」
人の心を無理に抑え込んだところで、反発されるだけ。最低限の釘は刺すが、後は剛大の自主性に任せる方針を旬は取った。
「……そんなこと俺に言ってくれたの、旬さんが初めてっすよ」
「……参ったな」
一時の放心状態の後で剛大は、感極まったように喜びを言葉にする。
旬としては、他人を尊重するという当たり前のことをしたに過ぎないのだが、剛大にはそれがかなり新鮮に映るようだ。
「ま、とにかく。俺はリーダーとしてはあれこれ言うけど。余程のことが無い限り、個人の生き方にまで口は出さない。……さ、移動を再開させよう。疲れたのならいつでも言ってくれ。無理はしないように」
「うす!」「「はい」」
それまで令子と静香は、剛大に一線を引いていた印象だったが、生い立ちを知ってから距離が縮まったように思う。
魔物については歩く樹木の怪物と、大蛇のモンスターの襲撃を受けたが、四人はかすり傷一つの被害も出さずに討伐。
日没間際になってエンブルムを見下ろす高台に到達。フラフラになりながらも、夜になって四人は城門を潜った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます