第16話 未知へ踏み出す(3)
原作の通りであるならエンブルムは、この地方を治める領主の屋敷がある、かなり大きな街であった筈だ。
陸路の交易も盛んだし、城塞都市かつ領主が率いる軍隊も保有していると物語にはあった。
となれば選択肢は一つ。
「次の目的地はエンブルムだが、距離は分からない。野宿することになるかもしれないから、そのつもりで」
「うし! ようやく冒険らしくなってきたっすね」
地図を入手し、大きな街が存在すると分かった今、寝る場所があるだけの廃村に留まる理由は無い。
旬の提案に、三人から反対意見が出ることはなかった。
特に武者修行の旅をしている。あるいは格闘ゲームのキャラであるかのような出で立ちの、剛大の士気は異様に高い。
やる気があるのは良いのだが、それは適正範囲内に収まっていてこそだ。
(若気の至りというか、暴走しなければいいいけどな……)
過去の自分がそうだったからこそ旬は、一抹の不安を抱く。
抱く願望に対して、現実との釣り合いが取れていないというか。
未来ある若者を、黒歴史に
リーダーというより、長く人生を生きている先達として見守ろう。
そう決意する旬であった。
「方針が定まったからには、善は急げだ。湯栗さんがいれば、魔物に襲われる心配は無いが、食事の問題だけはどうにもならない」
「そうっすよね。肉は確かに美味いですけど、そればかりが続くのは、流石に避けたいところっす」
「守りに関しては任せて下さい」
この地図では、マリバルとエンブルム間の距離までは分からない。何より、この世界には魔物という脅威が存在している。
ピクニック気分で、景色を楽しみながら歩く余裕は無い。
「リスクの高い野宿は、出来たらしたくないからね」
令子の言葉に反論する者はいなかった。
一泊した家に戻った四人は、迅速に準備を整えた。
廃屋とはいえ、世話になった家が不始末で火事になるのは忍びない。
かまどの完全な消火。これを旬が確認してから四人は、マリバル村を後にする。
「考えるべきは、この世界でのお金よね。食べるにしても泊まるにしても、先立つものがないと……」
先頭は剛大で、進行方向右に令子。左は静香。
右側の警戒に当たっている令子の、現実的な物言いに答えたのは旬だった。
「……主人公たちが、魔物の使える素材を売っている描写があった。いくらになるかは分からないが、エンブルムに着いたら買い取る店に行ってみる価値はある」
「そうですね。それにエンブルムには冒険者ギルドがあった筈です。登録自体は無料でしたし、依頼達成の報酬も即払いでしたから。着いたらまず、全員でギルドに登録しに行きませんか?」
「いいっすね。静香っち。なおさら冒険ぽくなってきた!」
「た、剛大くんが楽しいのなら良かった」
引き気味に言う静香は、実際に上体を後ろに傾けているように見えた。
そんな静香の顔を見ながら令子は「私も同じ気持ちだから」と言わんばかりに、静香の右肩に軽く左手を添える。
令子の同調に静香は、無言かつ二連続で頷いていた。
アフタヌーンドレス姿の令子と、農業女子を地で行く服装をした静香とのやり取りは、使用人の庭師を労う貴族の令嬢を思わせる。
「……やる気があるのはいいが、剛大。猪突猛進にはなるなよ!?」
出会ってまだニ日しか経っていないとはいえ、すでに四人は、同じ長距離バスに乗り合わせただけの、見知らぬ客同士の関係ではない。
本気で旬は、三人の平穏無事を願って止まなかった。
その考えが口を衝いて出る。
たが、偽らざる思いを吐露したのは旬だけではなかった。
「分かってますよ。……でも、皆には悪いかもだけど、叶うはずがないと思っていた俺の夢が叶ったんだから。喜ぶなと言う方が無理っすよ」
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